第544話 早朝の醜態
「ニコル様、なんて格好で寝てるんですか!」
「んぁ?」
翌朝、俺はそんなフィニアの声を受けて目を覚ました。
見慣れた天井、寝慣れたベッド、いつもの宿の一室だ。
いつものようにフィニアが起こしに来てくれたのだろうが、違う点があるとすれば一つ。
俺が酒瓶を抱えて寝入っていたというところだった。
「あれ、なんで酒瓶?」
「それは私が聞きたいですよ、ニコル様」
「確か昨夜は……」
ガドルスと閉店後の食堂で酒飲んで憂さを晴らし、途中でマクスウェルがやって来て、新しい仕事の依頼を提案されて?
「途中から意識がない」
「もう、立派なレディには激しく遠いですね」
「別になるつもりもないし」
「レイド様もすでに妙齢の美少女なんですから、身の守りはもう少し気を付けていただかないと」
「やめろォ、そんな現実、聞きたくない!?」
酒瓶を放り出して身を起こした俺のそばに、フィニアがそそくさと寄ってきた。
そして遠慮なく俺の身体をまさぐり倒す。ひょっとして何か誘惑されているのだろうか?
「な、なに?」
「いえ、酔い潰れたニコル様に不埒な真似をされてないか確認を……」
「あいつらがそんな真似するわけないだろ!?」
「いえ、ニコル様の眼の力も考えれば、念には念を入れておきませんと」
「ライエルが怒り狂うわ! それにマリアだってタダじゃおかない。そんな心配はするだけ無駄だって」
「ニコル様がそういうなら……でも一緒にお風呂に行って確認しましょうね?」
「それ、フィニアが一緒に入りたいだけじゃないの」
「……………………そんなことありませんよ?」
「今の間はなに?」
とはいえ、昨夜は酒を飲んでそのまま寝てしまっている。
軽く汗を流したい気持ちは確かにあった。
「まーいっか。汗を流したいから、いつもみたいにお願いできる?」
「ええ、いいですよ」
そういうとフィニアはいつものように、入浴の支度をしてくれる。
俺がレイドと知ってからも、この流れは変わらない。彼女は俺が元男だという認識が足りないのではないのだろうか?
いや、考えてみれば、俺が男としてフィニアと接したのは彼女が五歳の時だ。そして現在は女として彼女のそばにいる。
フィニアが俺を男として認識した期間があまりにも短すぎる。そのせいで俺に対しまったくの無警戒になっているのかもしれない。
だとしたら、彼女も人のことを言えた義理ではないのだが、これは黙っておくことにしよう。俺としても、美しい彼女を眺めることができるのは、眼福の極みなのだから。
ガドルスに話を通し、浴場に湯を張ることを条件に朝風呂を使うことを許可してもらった。
大人数が入浴できるように専用の浴場を完備しているこの宿だが、その大きさに比例して湯を張ることは結構な重労働になる。
そこで役に立つのがフィニアの属性魔法だ。エルフである彼女は四属性の魔法に適性があり、レティーナとは違って全てをそつなくこなす。
その分レティーナより難易度としては劣る魔法しか使えないのだが、その汎用性の高さは非常に役に立ってくれる。
ともあれ、湯を張る前に浴場全体を掃除しなければならない。
まずは俺が糸を使って複数のモップを操作し、容赦なく浴場を磨き上げていく。十本の糸がそれぞれ俺と同じ力を持ってそこら辺を磨き上げるので、効率は十倍である。
その後をフィニアが水属性魔法で洗い流していくので、風呂掃除は瞬く間に完了してしまった。
最後に上水路から直接引いている水道を使って水を満たしていく。
それだけでは時間がかかるので、フィニアも
三十分ほどかけて水を満たした後は、俺が水全体に
これで少し熱めの湯に満たされた風呂の完成である。
無論、夜までとなると湯が冷めてしまうが、それは宿のボイラーを使うなり、俺が再度温めるなりすればいい。
こうしてできた一番風呂を、俺とフィニアは遠慮なく堪能させてもらう。
「でもさ、いまさらだけど、フィニアは俺がレイドだと知っても全然気にしないのな」
「え、なにがです? もちろん気にしてますよ?」
「今だって一緒にお風呂に入ってるし……」
「エルフは基本的に解放的な種族ですし。以前行った温泉町とか、エルフ用の浴場は混浴だったりしますよ」
「え、そうなんだ!?」
しまった、その事実を前世で知っていれば、温泉村のエルフ用浴場の常連になっていたのに!
マクスウェルの野郎、そういう素敵情報をなぜよこさなかったのか。
そういえばレティーナも、初等部を卒業するころまで子供のようにあけっぴろげだった。
他の男子生徒の方が恥ずかしがっていたくらいだ。
俺がそんなことを考えているのが顔に出ていたのだろうか、フィニアは俺の横に来て膨れっ面をしていた。
マズイ、彼女の中では俺は高潔な英雄。そういった無粋な考えをしたりしないのだ。
「ごほん。肌を晒すことにあまり不快感を持たないのは、種族的特性として理解できた。でも他にも、マッサージとか普通にしてくれるじゃない?」
「それは私の方が触るのですから、全然問題ありませんし」
「じゃあ、俺から触れたら恥ずかしい?」
「えっと……すこし?」
プイッと顔を背けて、そんなことを言ってくる。こういった仕草はコルティナとは違う可愛らしさがある。
しかしせっかく彼女の弱点を聞き出せたのだから、実行してみるのも悪くない。
「じゃあ今日は俺がマッサージしてやろう。それはもう、念入りに」
指をワキワキと動かしてフィニアに迫る。
それを見て、彼女はなぜか胸元を隠しつつ、俺から距離を取った。
「え、その、ご厚意はありがたいのですが、なんだか変なこと考えてませんか?」
「変なことって、なにかなぁ?」
「に、ニコル様!?」
悪ふざけが過ぎたのか、フィニアは俺の顔にお湯をかけて抗議してきた。
さすがにやり過ぎたと俺も反省し、いつも通りフィニアにマッサージしてもらう。
もちろんその後に、きちんとお返しはしておいた。
つまり、当初の予定通り、俺が彼女を揉み解してやったのだ。最初は遠慮と羞恥で悶えていたフィニアだったが、やがて観念して大人しくなった。
さすがにフィニアにはコルティナとのような『大人の付き合い』はまだ早いと思うので、マッサージだけである。
どことなく気怠い身体を引きずるようにして、俺たちは風呂から上がった。
頭の湿気をタオルで拭いながら食堂へ向かう。カウンターの向こうにいたガドルスは、こちらに気が付くと風呂掃除の労をねぎらってくれた。
「風呂掃除、ご苦労さん」
「それより昨日、酒瓶抱えさせてベッドに放り込んだのはどっち?」
「もちろん、マクスウェルだ」
俺の言葉に露骨に視線を逸らせるガドルス。これはあれだ。絶対二人で共謀してやったな。
フロアのテーブルには、ミシェルちゃんとクラウドの他に、マクスウェルとレティーナも来ていた。
これはマクスウェルがすでに、連絡を回してくれていたに違いない。
それと同時に、他の客の視線も俺たちに集中していた。
まあ、湯上りの美少女が二人、食堂に現れたのだから、気持ちはわかる。俺も元男なのだから。
「それより、仲間がお待ちかねだぞ」
「ああ、ちょっと相談してくるよ」
昨日の依頼について、ミシェルちゃんたちに相談せねばならない。
俺とフィニアはガドルスから水を一杯受け取ってから、仲間のもとに向かったのである。
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