第254話 姉としての贈り物
聞こえてきたのは陽気な、それでいて地の底から響き渡るような、明るいのか暗いのかよくわからない声だった。
マクスウェルの探知魔法にも、俺の気配察知能力にも全く引っかからず、そばまで近づき声を発する。そんな存在は……やはり奴しかいないだろう。
「神託ぅ、神託はいらんかえぇぇぇ……」
マクスウェルの居間は中庭に面しており、その一面がガラス張りの引き戸になっている。
そして縁側が設置されていて、中庭を眺めながらくつろぐこともできる造りになっていた。
その縁側から、白い小さな頭が半分だけ、ぴょっこりとはみ出している。
「何してんだよ、神様」
「むぅ、驚いてませんね? せっかく意表を突いた登場を心掛けたというのに」
そう言いながら腕を一振り。それだけでマテウスは一瞬で石と化した。
おそらく
俺たちは物言わぬ石像と化したマテウスを見て、冷や汗を流しつつ、破戒神を迎え入れた。
むしろ、容赦なくマテウスを石に変えたところに、度肝を抜かれている。
「そんな気遣いはいらん。普通に登場しろ、普通に」
「そんなのつまらないじゃないですか。それはそれとして、神様の神託です」
こちらの意見を一蹴しつつ、強引に話を進める破戒神。傍から見る分には無害で愛嬌ある存在なのだが、これでも邪神認定すれすれのちょっとアヤシイ存在である。人目に付くのはまずい。
俺が注目を集めるのは避けたいだけに、できるだけ速やかに用事を済ませてもらって立ち去ってもらいたい。
「ありがたい神様の御言葉ですから、心して聞くように」
「あの登場の仕方で全部台無しだよ」
「いや、ワシからも普通に登場してくれると助かるんじゃが?」
「あ、おじいちゃんはドッキリは苦手でした?」
「ドッキリしすぎてポックリしてしまいそうになったわぃ」
「それはタイヘン。
「うっかり死ぬこともできんのかの……」
胸を張って宣言する破戒神と、肩を落として溜息を吐くマクスウェル。
世界樹教的に、世間一般では蘇生魔法は禁止されているのだが、そんな事情は神様には関係なかったらしい。
ポックリ逝っても強制的に蘇らせられるのだから、驚かし放題である。
「蘇生に関しては次からは応相談ということで。それでですね……」
「待て、応相談ってなんだ?」
「それでですね! 今、あの人のところに行ったらエライことになりますよ? 邪竜の素材を手に入れて、発明意欲が暴走してますから」
「アストか……そうなるだろうなぁ」
あのワーカホリックが最高級の素材を目の前にして、平静でいられるはずがないのだ。
それにしても、破戒神がアストの名を聞いて妙な顔をしているのが少し気になった。
「もし話を持っていったら、邪竜の被膜で裏打ちしたミスリル製の産着とか、ファイアジャイアントの一撃を受けても傷一つ入らない
「それはすでに神器というのではないかの? いくら何でも、そこまでは……」
「正直言うと、実績があるのでまず間違いないかと」
「実績あるのか!?」
冷や汗を流しながら抗弁するマクスウェルに、びしっと指を立てて反論する破戒神。
それはつまり、過去にも邪竜に匹敵する素材を手に入れ、産着を作ったことがあるということだろうか?
なんにせよ、そんな危険な代物はさすがに……さすがに……
「うん、家族の安全には代えられないな」
「ここにもダメな人が!?」
新たな家族のために、神器の製作を決意した俺に、破戒神が頭を抱えて悶えている。
だが少し待ってほしい。一着なら誤差かもしれない。
それに新生児というのは非常に死亡率が高い。その危険をわずかでも減らすことができるのならば、邪竜の素材程度、惜しくない。
「待て待て、レイド。いくらなんでもそれはマズイ」
だがそこに待ったをかけたのは、意外なことにマクスウェルだった。
仲間思い出もある爺さんならば、俺の意見に同意してくれると思っていたのだが、異論があるらしい。
「なんだよ。どこか問題でもあるのか?」
「ありまくりじゃ! そもそも邪竜の素材なんてものは、この世界に唯一無二。それを持つものは討伐したワシら六人しかおらぬ。その素材でできた産着をお主からと言って贈った日には、正体モロバレじゃぞ」
「じゃあ、爺さんからってことにして贈ればいいんじゃないか?」
「確かにワシの分として贈れば、多少はごまかしは効くかもしれんが、その場合お主の贈り物はワシの功績ということになるな」
「む!?」
新たな家族のための贈り物。その想いが爺さんに横取りされてしまうというのは、好ましからざる事態だ。
万が一そんな状態が長く続いた日には、弟か妹にとって、よくプレゼントをくれて可愛がってくれるマクスウェルと、何もしてくれない姉という構図が完成してしまう。そんな事態はなんとしてでも避けねばならない。断固として防がねばならぬ。
「ダメだな。俺の存在が霞むような状況は避けねばならない。俺は慕われるお姉ちゃんを目指すのだ」
「ほう? 『お姉ちゃん』でいいのかの?」
「ぐぬ……だが今のままでは『お兄ちゃん』にはなれないから、しかたない。それにそんな真似をしたら、俺の正体がバレてしまうじゃないか」
お兄ちゃんになるには、
もしレイドの姿で現れ、『お兄ちゃんと呼んでいいぞ』なんて言ったら、マリア辺りに勘繰られてしまう。
いや、まず間違いなくバレるな。
「うーむ、いったいどうしたものか……?」
「そこでわたしの神託です。まず一つ、産後の健康を確保したいのであれば、病気にならないためのお守りが必要でしょう」
「それは確かに。だがその素材に心当たりがない」
「まあ一番手っ取り早いのは、カーバンクルの竜珠を使うことですが――」
「大却下だ!」
カッちゃんはすでに我が家の一員である。その額にある宝玉を引っこ抜くなど、できようはずがない。
それに弟か妹かわからないが、小さな兄弟がカッちゃんと戯れている姿を想像すると――
短い手足を振り回し、よちよちと走る赤ちゃん。それを気遣いながらも捕まらない距離を維持して逃げるカッちゃん。
やがて赤ちゃんは転んで大泣きを始め、そのそばに駆け寄って顔を舐めて慰めるカッちゃん。
そしてカッちゃんを抱きしめたまま、泣き疲れて眠る赤ちゃん。そばでやさしく見守る俺。
「やばい、これは萌える。危険すぎる」
思わず鼻頭を抑えて、うめく俺。マジで鼻血が出るかと思った。
「何を想像しているのか大体わかりますが、とりあえずその答えは想定内。そこで代わりの品を手に入れましょう」
そう言って破戒神はニヤリと、愛嬌ある笑みを浮かべたのだった。
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