第253話 贈り物
とりあえずその日は
その名の通り、すごい勢いでダッシュしてくる通常の鶏より一回りほど大きな鶏なのだが、その機動性が高すぎて柵で行動範囲を抑えることができないため、飼育には向いていない。得意技の突撃で柵を壊したり、その助走の勢いを利用して飛び越えたりするためだ。
ただし攻撃能力は低いから、危険度はそれほど高くないモンスターだ。
巡回している冒険者たちも、この程度のモンスターならば目溢ししているのが実情である。
戦いになると、なぜかクラウドにばかり
クラウドが羽毛だらけになりながら攻撃を引き受け、その隙に俺がカタナで足を斬りつけることで動きを封じ、そのままトドメを刺した。
いつもならばミシェルちゃんがフィニッシュを引き受けるところだったのだが、彼女は鶏と戯れるクラウドを見て腹を抱えて笑っていたのだ。
なおレティーナも同様だったのは言うまでもない。
ついでにポーションに使う薬草や、デザートに最適な木の実なども回収し、ギルドへ戻った。
鶏の羽毛まみれのクラウドを見て、受付嬢までも笑いを堪えていたのはさすがに哀れに思えてしまった。
だがそこでクラウドをかばうと、さらに他の冒険者の嫉妬が向かってしまうという、謎な状況である。つらいだろうが、ここは涙を飲んでもらおう。
一羽を四等分に解体し、各自が持ち帰ることになった。
クラウドのところは少々物足りない量だが、それでもスープやシチューなどに入れることで嵩増しにはなる。
そうして夕食を済ませたところで、俺はマクスウェルの屋敷を訪れていた。
今日はマクスウェルに用があってきたのだ。
「おっ、いらっしゃいニコル嬢ちゃん。こんな夜更けにやって来るなんて、ついに俺の求婚を受けてくれる気になったかい?」
「だまれ、ロリコン。ふざけろ。ライエルを倒してから言え」
出迎えたのは、この家の家政夫を装っているマテウスだ。
住み込みということになっているが、実際はマクスウェルの監視下にあると言っていい。
細かな裏仕事などを押し付けられているのが一見哀れではあるが、こうして俺にちょっかいをかけてくるので、憐憫の情は沸いてこない。
「そりゃ死ぬから無理だなぁ? 爺さんに用かい?」
「うん。いる?」
「おう、ちょっくら呼んでくるから居間で待ってな?」
相変わらず語尾を吊り上げる話し方が少しイラっと来ることもあるが、今のところ従順な様子なので、助かっている。
ましてやマクスウェルは放置しておくと屋敷をゴミで埋めてしまうので、内情を知るマテウスの存在はありがたい。
もっとも、内情を知ると言っても俺の正体までは知らせていないが。
いつも通される居間だが、マテウスが来る前と比べると明らかに片付いている。
だがやはり男の掃除なので、部屋の隅などに埃が残っていた。
「ま、しょせんマテウスは本職じゃないから、しかたないか」
部屋の隅にあるクローゼットを開け、そこに放り込まれていた掃除道具を取り出して、埃をかき集めていく。
ざかざかと大雑把に掃除を済ませ、目につく汚れを回収してゴミ箱に放り込む。
こういった作業は孤児院育ちの俺にとって、慣れた作業だ。実はミシェルちゃんやレティーナよりもクラウドの方が部屋を綺麗にしているのと同じである。
「つーか、なんで客人が部屋の掃除してんだよ?」
「え? つい」
この屋敷には、コルティナよりも頻繁に通っている俺である。
いうなれば第二の実家と言ってもいい。いや、第二はコルティナ宅なので、第三になるかな?
お茶を載せたトレイを持って、マクスウェルと一緒にやってきた。
「お主、最近夜にやってくることが増えておらんか? 子供の夜更かしは感心せんのぅ」
「いまさら。直弟子なんだから住み込みでも問題ないくらい」
マテウスがいるので、少しばかり言葉遣いは気を付けておく。まあ、こいつも素の俺の口調は知っているのだが、気分の問題だ。
今日の訪問はそれほど込み入った話題ではないので、人払いはしていない。
「今日は何の用じゃ?」
「そうだ、マクスウェル。アレクマール剣王国へ連れて行って」
「はぁ? なぜじゃ?」
今日の訪問の目的、それはもうすぐ生まれてくる兄弟のことについてだ。
マリアの妊娠が発覚するまでおよそ二か月。それから半年が経過している。
あと二か月もすれば生まれてくるのだから、そろそろプレゼントを用意しておきたい。そのためにアレクマールに住む鍛冶師、アストの元を訪れたいと思っていたのだ。
「弟か妹にプレゼントをと思って」
「その気遣いがなぜコルティナやフィニア嬢に向かんのかのぅ」
「この間四十歳おめでとうって祝ったら本気で怒られた」
「当り前じゃ」
邪竜退治の頃のコルティナは十九歳。十五から天才として名を馳せていた彼女は、俺たちの中でも最も若い。
しかしそれも昔の話。俺の死から二十一年、四十歳になった誕生日にそれを祝ってやったら、本気で怒られてしまった。
長命な猫人族ならまだまだ若手のはずなのに、理不尽な話である。
「それでアスト殿に何を依頼するつもりなんじゃ?」
「ほら、今はまだ生まれてくるのが弟か妹かわからないし、とりあえず産着でもと」
「それで、なぜあの御仁に依頼するのか、よくわからんのじゃが」
「とりあえず怪我しないように、産着に
「アホかぃ!? アスト殿の付与ならば、桁外れの防御力を持つ産着になってしまうじゃろうが!」
「だから良いんだろぉ!」
アストならば、ちょっとした騎士の一撃でも止めてしまいそうな産着ができるに違いない。
なんだったら俺の邪竜の素材を提供してもかまわない。万が一すら起こりえない産着ができるならば、依頼する価値はある。
「そうだ、翼の被膜を素材に使えば、剣や槍でも防げるし、魔法にも耐性があるに違いない」
「正気になれ。そんな意味不明な産着は聞いたことがないわ」
「馬鹿やろう。世の中危険であふれてるんだぞ! 俺なんて何もしてないのに呼吸が止まってたし」
「お主基準で話すんじゃないわぃ!」
俺の意見を一蹴するマクスウェルだが、そんな俺たちをマテウスは呆れたような目で見ていた。
突如荒れだした俺の口調に、少し驚いたような目を向けていた。
「ニコル嬢ちゃんは、慌てると言葉遣いが悪くなるな?」
「これが本性なんだ」
「レディにしちゃ感心しねぇなぁ?」
「レディになるつもりはないので問題はない」
とりあえず、素材の話題は出しているが、それが邪竜の物であるとは言っていないので、まだセーフのはずだ。
俺の口調に関しても、初めて戦った時の物でもあるので、それほどおかしくはない。
「で、そのアストってのは、嬢ちゃんの装備を作ってくれた人かい?」
「まあ、専属ではあるな」
今のところ、奴と契約を結んでいる冒険者は俺しかいない。俺しかいない以上、専属と言っても問題はあるまい。
「へぇ、俺も一本、剣を打ってもらいてぇなぁ?」
「あいつの剣は高いぞ。お前、金持ってるのか?」
「現役時代の貯蓄がかなり残ってるが……」
「それに人嫌いだから、受けてもらえるのか怪しいと思うけどな」
「ふぅん……やっぱ、いきなりは無理か」
有能な鍛冶師や付与師の場合、コネがないと仕事を受けてもらえないこともある。
アストの場合、その能力が半端なく高いために、客の選別はより厳しくなるだろう。
「まあ、産着は問題外としても、
長いヒゲをしごきながら、マクスウェルは思案する。
その声をぶった切るように、陽気な声が飛び込んできた。
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