第54話 学院を見に行こう
拉致事件から学院の入学式まで、一週間以上の余裕があった。
その間、俺は知り合ったレティーナとミシェルちゃんに引き摺り回され、不本意ながらも忙しい日々を送っていた。
生前もラウムを訪れた事はあったため、基本的な地理知識は持っていたのだが、子供の視線から見る土地感というのは、中々に新鮮な感覚だ。
そうやってラウムの土地を駆けずり回っていると、さすがに顔見知りが増えてくる。
「おはよう、ニコルちゃん! 今日もヨーウィの暴れ馬に連れ回されてるのかい?」
「おはようございます、ウェッソンさん」
俺は足を止めて、声を掛けてきたパン屋の親父に挨拶をした。
俺がコルティナのところに居候しているのは知られているし、パン屋はフィニアも活用している。
そういう相手に無礼を行う事は、これから数年過ごす上で不都合が起きるだろう。
そういう訳で、街の人にはできるだけ丁寧に応対するようにしている。
それが変な方向で評判を呼んでいた。
コルティナの元に居候し始めた、ライエルとマリアの娘で礼儀正しい大人しい子、という評判である。
令嬢染みた清楚な外見と、色違いの瞳という一風変わった外見も一役買っているらしい。
そんな娘がショートパンツという活動的な格好で街を駆け回っているのだから、一際目につくというモノだ。
「ちょっと、ウェッソンさん! わたしが暴れ馬ってどういう事ですの!」
「え? 自覚なかったのかい?」
「むきぃー!」
レティーナは侯爵家という、結構な家柄であるにも関わらず、結構フランクな性格だった。
元々この王都に居を構える貴族ではなく、地方に土地を持つ有力者なので、街に来た当初は裏道に迷い込んで事件に巻き込まれてしまったらしい。
この数日でさんざん街を駆け回り、そのヤンチャ振りを発揮したせいで、既に街の名物になりつつあった。
おかげで街の人々は早々に彼女に馴染み、母親のエリザさんも安心して遊びに出せるようになっている。
街の人の目というのは、この上ない監視装置なのだ。
それに、この信頼は俺やミシェルちゃんという、歳に似合わぬ実力を持つ友人の存在もあるのだろう。
……貧弱な身体は相変わらずなんだけどな。
「おじさん、どーなつください!」
「ミシェルちゃんは相変わらずよく食うんだね……」
お小遣いから小銭を出して、早速買い食いするミシェルちゃんに、呆れた表情でドーナツを包むパン屋のおっちゃん。
彼女の成長の良さはこの食欲から生まれているのかもしれないな。俺には真似できん。
「ミシェル、ほら早く行きませんと受付が始まってしまいますわ!」
「あ、うん……もぐ」
「ほら早く!」
ドーナツを咥えたまま、ミシェルちゃんが引っ張られていく。俺もウェッソンに一礼してから、慌ててその後を追いかけた。
いつにもましてレティーナが興奮しているのも当然で、今日は学院の一般開放日なのだ。
特にこの日は入学式前の時期とあって、新入生がこぞって見学にやってくるのだ。
朝早い時間とあって、まだ他の見学者の姿はあまり見られなかった。
見学者以外、生徒が登校する姿が散見できる。
ミシェルちゃんは並立する冒険者支援学園に入学する予定なので、この魔術学院とはあまり縁がない。
しかし立地上、運動場を共有していたり、魔術訓練場が共有だったりするので、顔を合わせる機会は多いだろう。
この魔術学院における最大の価値、それは世界最大とも呼ばれる大図書館の存在である。
そこへ来て理事長がマクスウェル。この世界最高の魔法の使い手だ。
これで生徒が集まらない訳がない。
もっとも俺は調べ物があって学園に来る訳じゃない。
俺は既存の魔法が目当てでここに来たのだ。
俺単独の修行では、そこに到達するまで数年どころではない時間がかかるだろう。
だが優秀な師であるマクスウェルやコルティナに教えを乞えば、その期間は大幅に短縮できる。
俺の『元の身体に戻る』という目的の近道になるはずだ。
今日に備えてコルティナは既に出勤していた。
フィニアは掃除や洗濯が忙しいため、家から出る事ができない。
そこで学園まで、子供達だけでやってきたのだ。学園が家から近い事も、許可が降りた理由の一つである。
「ふおぉぉぉ……」
「大きい塔ですわね」
十七年前に比べて、更に高さを増した尖塔を見上げ、ミシェルちゃんとレティーナが呆けたような声を上げる。
その尖塔の高さはすでに王城の天守閣を超えている。
「ラウム第二の王城とまで呼ばれているからね」
「へぇ、ニコルちゃんはよく知ってるのね」
「え? あー、うん。ほらマクスウェル様から?」
俺は前もって魔法を習うために、時折マクスウェルの屋敷に出入りするようになっていた。
だからこういう言い訳も成立するはずである。多分。
巨大な尖塔を視界に収めようと、俺はほとんど真上を見上げながら、一歩二歩と後ろに下がる。
すると、ドスンと誰かにぶつかってしまった。
跳ね返されて地面に転がる俺。下手に踏みとどまるより、転がった方が早く起き上がれると身に染みついた反応である。
転がって振り返ると、そこには背の高い子供が一人立ちはだかっていた。
その大柄な子供は、俺を一瞥すると不機嫌そうに胸元を払う仕草をした。
「なんだ、貴様。平民がこの魔術学院になんの用だ?」
「えっと、ごめんなさい?」
取りあえず揉め事はコルティナの迷惑になる。
そこで俺はひとまず謝罪する事にした。こういういかにも貴族然とした類は、できれば関わりたくはない。
俺は起き上がって一礼し、そそくさとその場を立ち去ろうとした。
しかし、その子供はそれで済まそうとはしなかった。
「待て、平民。貴様この僕にぶつかっておいて、一言で済ますつもりか」
「え?」
「謝罪するにも態度があるだろう? パパはよく市民を土下座させていたぞ」
「ちょっと……」
なんだ、それ。市民に土下座させる? そんな貴族がまだ存在したのか。
マクスウェルの奴、チェックが甘いぞ。
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