第220話 新兵装

 アストの乱入のおかげで、マクスウェルは追及から無事逃れることができた。

 俺たちはアストの持ってきた装備の調整と偽って、マクスウェルの屋敷に逃げ込むことにする。

 無論、その口実は真実でもあったので、マリアやコルティナも疑いはしなかった。


 アストの背をマクスウェルと二人で押しながら、貯木場から一足先に退散したが、クラウドとフィニアはもう少し稽古していくらしい。

 そそくさとマクスウェルの屋敷に逃げ込んだ後、窓を閉め切って外界からの視線を完全に遮る。

 俺も気配感知を全力で行い、観察者がいない事を確認していた。


「よし、誰もいないな?」

「うむ、この屋敷を覗こうとする奴は元より少ないのじゃがな」

「なぜここまで……ああ、そうか。秘密にしていたのだったか」

「さすがに仲間の娘になってますなんて、言えたものじゃないからな」

「いつまでも隠し通せるものでもないだろうに」


 アストはボソリと皮肉気に呟くが、それ以上こちらに干渉してくる気配はなかった。

 それより先に自分の興味を優先するのがこの男だ。早速、荷物を広げ、大きめの箱の中から新しい手甲ガントレットを取り出す。


「これが新たに調整した手甲だ。外装はレイドから提供された邪竜の骨を利用して強度を上げつつ、軽量化に成功している」

「ほほぅ?」


 前回は黒光りする金属だったが、今回の手甲はザラリとした手触りの金属ではない不思議な感触をしていた。

 色は同じ黒なのだが、光沢もなく、マットな感じの黒で光を反射しない材質に見える。その表面には白……ではなく銀を溶かしこんだ線で幾何学的な文様が刻まれていた。


「以前のレイドならば指一本で自重を支えられたのだろうが、今のお前では負担が大きいだろう? だから指の部分まで装甲を付けて外側から負担に耐えれるようにしてある。


 見ると前回は装甲は手の甲までで、そこから指先までは糸を放つ管が付いている程度だったのだが、今回は指先まできっちりと装甲に覆われている。

 そして手のひら側は黒い皮膜状物質でできた手袋になっていた。そこにも銀で模様が刻み込まれている。


「手袋の部分は、邪竜の翼の皮膜を利用した物だ。その性質上、炎はもちろん生半可な魔法だって通さない上に、ミスリル糸の摩擦にも耐えられる」

「ふむふむ?」

「摩擦係数の高い素材だったので、剣などを持つときの補助にもなるだろう」


 確かにザラリとした手袋の素材は滑りにくく、剣を持ちやすいかもしれない。

 逆に言うと、持ち変えの際などのトリッキーな動きには邪魔になる可能性もある。ここは慣れが必要な部分だろうな。


「両手首の小指側には牙を利用したフックを付けておいた。これを敵の衣服にからめるなどすれば、格闘戦に持ち込みやすくなるはずだ」

「ほほぅ」


 言われてその部位に視線をやると、確かに手首の内側に一センチメートル程度の突起物が存在している。

 指でコリコリ触ってみると、想像以上に固い感触が帰ってきた。下手な鉄よりも堅そうだが、考えてみれば邪竜は鎧すら噛み砕いていたのだ。硬いのも当然だろう。


「服を絡めるのももちろんだが、身体を支える程度の強度もある。つまり牙がかかる程度に平たい壁だった場合、食いこませて壁に張り付く事も可能になるはずだ」

「なんと!?」


 壁に糸を使わず張り付けるというのは、なかなか興味深い。

 俺はさっそく壁に駆け寄り、フックを引っ掛けて体を引き上げて見せた。

 ぎこちなくだったが、確実に身体を支える事ができる。両手を交互に壁に引っ掛ける事でずるずると壁を登っていくことができた。

 しかも片腕でも身体を支える事ができる。これは戦略の幅が広がりそうだ。


「こりゃ、ニコル!? 壁が傷だらけになるじゃろうが!」

「いまさら。汚れまくってるんだから、別にいいだろ」

「壁紙を貼り直さんといけなくなるじゃろうが!」

「そこかよ」


 だが身体を支えられるとわかっただけでも充分だ。俺は床に飛び降り、アストの元に戻る。

 アストも俺の様子を見て安心した様子だった。


「うむ。一応計算では大丈夫なのは知っていたが、実際に大丈夫だと目にするまではさすがに不安だったな」

「試してないのかよ!」

「うちの嫁なら、体格的に丁度いいサイズだったのだが、今は留守にしていてな」

「ああ、逃げられたんだっけ」

「……………………」


 この話題は禁句だったのか、ジトリとした視線を向けられる。

 それにしても、嫁がちょうどいいサイズって、俺と同じくらいの体格なのかよ。こいつ本格的にロリコンなんじゃ……?


「まあいい。糸の内蔵量は一本で百メートル程度。それが各腕に五本ずつ。量としては充分だろう」

「ん、少し減ったか?」

「以前より手甲全体サイズが小さくなっているからな。どうしても短くなる」

「ああ、なるほど」

「それと、これが一番大きな変更点なのだが、その外装ある文様は強化魔術の発動陣になっている」

「強化魔術?」


 おそらくは外装に描かれた銀の幾何学模様のことだろう。

 これが魔法陣になっているのか。だが俺の知っている物とは少し違う気がする。


「魔力を流すだけで強化付与エンチャントの術式が発動する。ただし自力で魔法陣を構築するわけではないので、効果は非常に限定的だ。効果は三分、対象は自分のみ。他者にかける事はできん」

「それでも充分ありがたいよ」


 魔力を流すだけでいいなら一瞬でできる。今までの戦闘では、陣を描く事ができずに糸の強化に頼らねばならない場面が多かった。

 その負担がなくなるのならば、充分な武器になり得る。


「後、その手袋は取り外せるようになっている。そして手袋の甲の部分に描かれた模様は物品転送アポーツの魔法が込められている。つまりこの手甲を呼びつけて装着する事ができる訳だな」

「そりゃありがたい! 隠し持つ必要もなくなるのか」

「ただし呼び寄せる事ができるのは、この箱に入っている時だけだ。それに戻す事はできん」

「いやいや、充分だって。今までいざという時に武器が無くて、何度困った事か」


 アストが持ってきた木箱をポンポンと叩く。その箱の内側にも似たような文様が刻まれていた。おそらくあれが、物品転送アポーツに対応させる魔法陣なのだろう。

 先のマテウス戦でもそうだったが、俺の能力自体がピーキーすぎて、この糸を仕込んだ手甲でないと最大限に発揮できない。

 それだけに手袋を装着し、魔力を流せば手甲を呼び出せるというのは非常に大きい。


「さすがいい仕事してくれたよ。感謝する」

「俺も今回は充分趣味に走らせてもらったからな。お互い様だ」


 そう言って俺はアストとがっちりと握手したのだった。

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