第219話 追及
俺とクラウドが立ち合いを終えた後は、クラウドがガドルスと、フィニアがライエルと立ち会う事になった。
クラウドは連戦になるのだが、彼はパーティの中でも最もタフさを要求される役割を担っている。そのスタミナを見るための意味もあるらしい。
ライエルはフィニアを相手にするとあって、クラウドほど乱暴にできないため、非常にやりにくそうだ。
そんな様子を眺めていたところ、妙な光景が俺の視界に入った。
それはマクスウェルがコルティナとマリアに詰め寄られている場面だ。
「で、マクスウェル。『彼女』はどこにいったの?」
「彼女って誰のことかのぅ?」
「ハウメアとかいう、レイドの生まれ変わりと思しき女よ!」
「私もその話は初めて聞いたわ。詳しく話してくれないかしら?」
「いや、その……彼女はレイドの生まれ変わりなんかじゃ――」
「いまさらそんな言い逃れが通用すると思う? タルカシールの屋敷に残された痕跡はごまかせないからね」
「いや、あれは……」
しどろもどろのマクスウェルと言うのは珍しいのだが、それを楽しんでばかりもいられない。その内容があまりにも問題だ。
あのままでは俺のことを白状するのも近いかもしれない。
ここはどうにかして矛先を逸らさないといけないのだが、いい口実が思い浮かばない。
マクスウェルは俺に向けてチラチラと視線を投げかけ助けを求めているが、俺だってそんな簡単に言い訳を考えつくモノではない。むしろ考えるのは苦手な方だ。
俺は何とか引き延ばせと、手を左右に広げて伸ばせと言うジェスチャーを送るが、コルティナたちの追及も厳しい。
「その、実はの……」
ダラダラと脂汗を流すマクスウェル。牙城が崩壊するのは目前というところだ。
血気盛んに詰め寄るコルティナももちろんだが、肩に手を置いてしっかりと捕まえ、うしろからにっこりと笑うマリアも恐ろしい。
正直あそこに足を踏み込む勇気は、俺にはない。邪竜コルキス相手にした時より怖い。
「レイドは……その……ああ、もう!」
「なんだ、取込み中か?」
ついにマクスウェルの我慢が限界に達し、俺も覚悟を決めそうになった瞬間、そこに飄々と割り込む声があった。
緊迫した雰囲気をものともせず踏み込んできたのは……アストだった。がっしりした体型をすっぽりと覆い隠すローブ姿に、小脇に包みを抱えている。
彼を初めて見るコルティナたちは胡散臭そうな視線を送っていた。
「注文の品を持ってきたのだが、後にした方がいいか?」
「いやいや、とんでもない。いいタイミングでしたぞ!」
「ちょっと、何がいいタイミングなのよ? それに誰よ、この人」
「知り合いの鍛冶師じゃ。いや、その話はまた後でな。ほら客人も来た事だし?」
ビシッとアストを指さすマクスウェル。コルティナはまだ何か言いたそうだったが、マリアはさすがに客人の前で尋問を続けるほど傍若無人ではない。
渋々と言う風情で、マクスウェルの肩から手を離し、マクスウェルに同意を示す。
マリアがそういう態度を取ったので、コルティナも続けるという訳にはいかなくなった。
「仕方ないわね……マクスウェル、この話はまた後でね? 絶対よ?」
「うっ、そ、それはもちろん。そうじゃ、この後ニコルを借りてもいいかの? アストはこう見えてなかなか腕がよいでな」
「正確には細工師なんだがな。いやそれも違うか」
「細工師? そうなの?」
「そうとも! ニコルは成長期じゃからな。装備の調整はこまめにやらんと」
「そう言えばかなり背が伸びてるものね。剣はともかく、革鎧なんかは調整した方がいいわね」
マクスウェルの意見に、マリアは同意を示す。
そこでようやく、ライエルたちの稽古が終わった。ライエルは平気な顔をしているが、フィニアは汗だくで足元がカクカクと揺れている。クラウドの方も似たような状態だ。
「フィニアは筋は良いがやはり体力不足だな。クラウドの方は基礎体力はあるから後は技術の問題か」
「うむ、この少年、なかなか良い素材をしておるわ。さすがお主の娘が目を付けただけはあるの」
こちらに戻ってきながら互いの生徒を寸評する二人。
悪い評価ではないと聞いて、クラウドもフィニアも満更ではなさそうだった。
そこで俺は、先ほどガドルスから聞いた話を思い出す。ライエルが俺に構ってもらえていないせいで、ストレスを溜めているという話だ。
俺にとって、ライエルは嫌っている相手ではあるが、憎んでいるわけではない。
目指す目標に一足先に到達しているライバルなのだから、好意を抱けと言うのも無理がある。俺はそこまでお人好しではない。
しかし憎んでいるわけではないため、『娘との関係がぎくしゃくしている』という状況も可哀想だ。
俺はマリアの用意したタオルを手に取り、ライエルの元へ駆け寄った。
「おつかれ。はい、パパ」
照れもあるのだが、少しぶっきらぼうな口調でタオルを差し出す。
同じようにガドルスとフィニアにもタオルを渡してやる。ライエルとガドルスはほとんど汗をかいていなかったが、フィニアは運動服がぐっしょりと濡れるほどの汗を掻いている。汗で濡れた運動服身体に張り付いて、なかなかに色っぽい。うん、悪くない眺めだ。
「おう、スマンの、ニコル嬢ちゃん」
「ありがとうございます、ニコル様」
ガドルスは鷹揚に、フィニアはいつものように丁寧にタオルを受け取ってくれたが、ライエルは固まっていた。
ふるふると震えること、しばし。俺が不審に思って首をひねっていると、唐突にライエルの手がこちらに伸びてきた。
「うおおおぉぉぉ、ニコルぅぅぅ!」
「みぎゃあああぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「どうだガドルス、うちの娘は可愛いだろう?」
ぶっとい腕に引き寄せられ、身動きが取れないほど固く抱き締められる。
汗をほとんど掻いていないとはいえ、まったく掻かないわけではないので、少しばかり汗臭い。
しかも薄めの服の生地の下から、躍動する筋肉の動きが如実に感じ取れた。
俺は全身を総毛立たせて抵抗するが、無駄に終わる。
「わかったわかった。わかったから早う放してやらんか。そんなじゃから敬遠されるんじゃぞ」
「な、なんだって? ニコルはそんな事で嫌ったりしないぞ」
「だいっきらい」
ちょっと隙を見せれば、すぐこれだ。俺は容赦なく切って捨てて、ライエルの拘束から脱出する。
俺の言葉に硬直した奴から逃げることくらいはできる。そしてすぐさまフィニアにしがみついて、安全を確保した。
ライエルはがっくりと地面に手を付け、うなだれてしまった。だが俺としては、自業自得と主張したい。
「えっと、ニコル。俺のタオルは?」
「自分で取れば?」
別にクラウドにまで愛想を振り撒く必要はなかったため、彼の分のタオルまで持ってきてはいない。
俺の言葉を受けて、クラウドもライエルの隣で同じ格好でうなだれたのだった。
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