第218話 訓練開始
とりあえず、クラウドの意思ははっきりした。ならば俺にこれを妨げる道理はない。
そして、ミシェルちゃんにも俺のもう一つにギフト――操糸について口止めしておいた。
これはマリアやライエルに対しても、口外無用としておく。表向きはギフト二つと言う稀少性を鑑みてという事にしてある。
実際は三つだし、俺の正体がバレないようにする処置なのだが、素直で深く考えない二人はあっさりと了承してくれた。
そして翌日の夜、いつも鍛錬に使っている貯木場に、いつもよりも多くの人影が存在した。
俺とクラウド、ライエルとガドルス……マリアにコルティナ、フィニア、ミシェルちゃんにマクスウェルまで。
「多過ぎ」
「いや、なぜかフィニアも参加したいと言ってきてな……断り切れず、つい」
俺のジト目に、ライエルが頭を掻きながら答える。
とりあえずマリアはわかる。怪我した時に備えて彼女がいてくれるのは、非常に助かる。
マクスウェルもわかる。ガドルスを連れてくるために爺さんの転移魔術は必須だ。
しかし、コルティナにフィニア、ミシェルちゃんが来ているのがわからない。
俺の視線を受け、フィニアは手をもじもじと動かしながら答えた。
「ニコル様、その……今回の一件で私はまだまだ実力不足を知りまして……」
「ニコル、あなたが怪我したから、フィニアは責任を感じているのよ」
「え?」
フィニアの後を継いでマリアが俺に説明してくれる。
そう言えばあの時、俺は彼女の制止を振り切って駆け出していた。その結果俺は拳を壊すほどの怪我を負ったわけだが、それはフィニアの責任ではない。
彼女が責任を感じる必要はないはず。
「フィニアのせいじゃないよ?」
「いえ、少なくとも私にももっと力があれば、ニコル様一人で戦う事態にはならなかったはずです」
「いや、ミシェルちゃんもいたし。それに、あの男は半端な腕じゃむしろ危ないから」
「それだからこそです! ニコル様が歳相応を超越しているのはわかりますが、それでも守って差し上げたいのです」
「うぬぅ」
あの場面、確かにもう一人いれば、俺はマテウスとの戦いに集中できただろう。
しかしそれでも、今の身体で勝てたかどうかわからない。前世の身体くらいの身体能力があれば、引けを取る事はなかったはずだが。
「だから私も、ニコル様に肩を並べて戦えるようにならないと、と改めて思ったんです!」
ふんす、と鼻息荒く拳を握り締めて決意表明するフィニア。
彼女の今の服装はいつものメイド服ではなく、動きやすい手足を剥き出しにした運動服を着ている。
その姿は学院の生徒として高等部に通っていてもおかしくはないほど、若々しい。
いや、フィニアはまだ二十代中盤なので、エルフとしても若輩極まりないのだが。
「どっちにしろ、フィニアがやりたいと言っているのだから、させてあげないと。強くなるのは間違いじゃないでしょ?」
「う、うん」
最近ラウムでも物騒な事件が増えている。フィニアは間違いなく美少女なので、自衛手段を持つのは悪くない。
こちらに来てからは冒険者のレオンとエレンに剣を学んでいたのだが、彼らとて常時ラウムにいる訳ではない。
むしろ街にいない時の方が多いため、本格的に剣を学ぶという所まで行っていない。
それでもフィニアの熱意と、飽くなき繰り返しの訓練は、今ではそれなりの腕を彼女に与えていた。
しかしそれでも、俺の戦いの場に出るには、物足りない。
いつ俺の戦いに巻き込まれるかわからないのだから、彼女が鍛えること自体は間違いではない。
俺の逡巡を無視してマリアはライエルの元へ向かう。
そしてにっこりと笑みを浮かべ、ライエルに注意を与えていた。
「アナタ、フィニアは女の子なのですから、怪我させちゃダメよ?」
「お、おう」
「それとあんまりハードにして、マッチョにしちゃダメですからね?」
「いや、それはちょっと難しい」
「ダメですからね?」
「……はい」
相変わらず手綱はマリアが握っているようだ。と言うか、俺が家を出た時より、さらに強くなっている気がする。
そうしてライエルが冷や汗を流しながら頷き、本格的な修行が始まった。
まずお互いの実力を知るため、ライエルとクラウドが立ち会う。そして俺もガドルスと立ち合い、現状の力量を把握しあう。
これは俺がライエルと立ち会った場合、冷静な判断をライエルの奴が下せないと
「ほら、武器はもっとしっかり握れ! 戦場で武器を落としたら即死亡だぞ!」
開始早々、ガツンと剣を叩き落とされ、クラウドは手首を押さえてうずくまっていた。
しかし彼も持ち前の負けん気を発揮して、すぐさま剣を拾って立ち上がる。
ライエルの稽古が、俺の時より激しい気がするのだが……
「ライエルの奴め、下心が見え見えではないか。まったくいつになっても修行の足りん男だ」
「え?」
俺も模擬剣をガドルスに打ち込んでいるが、こちらはあっちほど鬼気迫る迫力はない。
俺がいくら歳に不似合いな実力を持っていると言っても、身体機能の強化無しでは防御の達人たるガドルスには遠く及ばない。何度斬り込んでも、あっさりとその盾によって防がれていた。
それどころか、よそ見する余裕まであると来た。さすがガドルスと、その実力を再認識させられる羽目になっている。
「最近お主が構ってやらんから、仲間のクラウドに八つ当たりしとるのだよ、あれは。まったく大人げない」
「そうなんだ?」
確かにコルティナの元に厄介になるようになってから、ライエルにはほとんど構っていない。
それがストレスになっていて、クラウド相手に発散している面もあるのだろう。
クラウドにとってはご愁傷さまとしか言いようがないのだが、それを厳しさと取って奮起する辺りは
「少し……相手してやるかな」
「そうしてやれ」
思わず漏らした俺の言葉に、ガドルスは溜め息と共に同意を返したのだった。
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