第221話 試験運転
あの後、アストはマクスウェルから代金を受け取り、早々に姿を消した。
立て替えてもらっているだけなので、そのうち俺が返さないといけないわけだが、それは例の隠れ家に行けば済む問題だ。
俺は新たな手甲を手にして、ご満悦の表情で手をワキワキさせていた。
正直言うと早く性能を試したくて仕方がない。対してマクスウェルは憔悴しきった表情をしている。
「お主は気楽じゃのう。ワシは気が重いぞ」
「ん、なんでだ? 武器も手に入ったし、戦闘力が上がるのは悪い事じゃないだろ」
「そうではないわい。マリアとコルティナのことじゃ」
「ああ……」
あの二人から詰め寄られれば、如何なマクスウェルと言えど逃げ切れない。
しかも今回はマリアという増援までいる。このままでは俺の正体も風前の灯火である。
「どうしたもんかなぁ?」
「さすがに今回は逃げきれん気がするのぅ。いっそ明かしてはどうじゃ?」
「いまさらできるかよ! バツが悪すぎるわ」
自分から明かすなんて、できようはずもない。だがごまかすためのいい口実も見つからない。
どうにも八方塞がりな感が拭えない。
「また変装してごまかすか?」
「さすがに何度もやるのは、逆に危険じゃ。コルティナが何度も騙されると思うか?」
「……無理だな」
今、コルティナはハウメアという虚像をレイドだと思っている。
それが虚像であると知られた場合、レイドの候補が誰に移るか考えた場合、頻繁にマクスウェルの屋敷に出入りしている俺が最も怪しくなるのは、自明の理だ。
「良くねぇな。身動きが取れない」
「むしろ今動くのは愚策かもしれんの。クレインとマテウスが現れたところだし、そちらを追わせることでごまかすかの」
「そう都合よく情報が入って来るもんかね?」
「来んじゃろうなぁ」
マテウスが手を引いた以上、クレイン・ストラ=サルワはもはやこの街にはいないはずだ。
街を出たらもはやどの方角に去ったかわからない。転移魔術を使える術者に伝手があるなら、どこへでも行ける。
そんな相手を追うのはさすがのマクスウェルでも不可能に近い。
「それまでは別行動という事で、どうにかごまかしてみるわぃ。コルティナたちはストラ領の調査に手一杯じゃろう?」
「だろうな。ドノバンの要請もあった事だし」
「しかし今回出てきたのは、南のコーム都市国家連合の暗殺者。そちらを調べる必要もあるのじゃないか?」
「ふむ、それをお前が調べに行くと?」
「どのみち、どちらも手早く調べる必要がある。後手に回ると取り逃がす可能性もあるからの。ならば転移魔術の使えるワシとマリアが手分けするしかあるまいて」
「なるほど、言い分としては充分か。しかし暗殺者を追うとなると、かなり危険だぞ? マテウスの奴は生前の俺とまでは行かないが、かなり危険な相手だ」
「そういうのも自画自賛というのかの? ガドルスでも連れていくわい」
守りのスペシャリストであるガドルスが一緒ならば、問題はないか? しかしエルフとドワーフは仲が悪い場合が多いのに、こいつらは意外と気が合うんだよな。
まあ、死線をくぐり抜けてきた仲だから、当然と言えるが。
「敵側にああいう連中がいる以上、俺が護衛につきたいところなんだが……」
「今のお前さんが? 堂々と街から出るのも難しいじゃろ」
「うっ、さすがに狩りも自主規制中なんだよな」
クラウドが街の外であのようなトラブルに巻き込まれた以上、しばらく周辺を警戒する必要がある。
そこで国は低レベルの冒険者の活動自粛を要請して、警戒を強めていた。
その余波で、俺たちの狩りもしばらく自粛する羽目になっている。
クラウドにとっては食糧事情的には厳しい状態だが、こればかりは仕方ない。
当面は食糧の供給は、俺たちの分を保存食にしたモノを横流しすることでごまかしていた。
「まあ、いいか。爺さんはそれでどうにか逃げ延びてくれ」
「まったく、他人事のように……」
「悪ぃとは思ってるよ。今度なんか持ち込んでやっから」
「安い肉ではごまかされんからな!」
「そこはごまかされろよ! こっちはまだ子供だぞ」
「都合の良い時だけ子供になるな」
俺の頭を叩くべくこちらにやってくるマクスウェル。俺はその手を掻い潜りながら、屋敷を後にしたのだった。
深夜。この身体もかなり夜型になってきた気がする。
俺は隠密のギフトをフル稼働して街を抜け出し、森に来ていた。これは俺の新たな能力と、装備の性能を試すためだ。
新しい武器は俺もかなり気に入っているが、だからと言って最初から使いこなせるという訳ではない。
どんな良い武器も、慣らしは必要なのだ。
「と言っても、実際のところは早く試したいだけなんだよな」
まずはマテウス戦で発見した、筋繊維を操る方法から試してみる。
跳躍、加速、そして減速。森の中を自在に飛び跳ね、駆け巡る。
その速さは糸を這わせて身体強化をした時よりも遥かに速い。
しかし――
「これは……ダメだな。負担が大きすぎる」
「マテウスの時は、よく保ってくれたもんだ」
あの戦闘で限界を迎えていたら、瞬く間に蹂躙されていたことだろう。そこで俺はふと、手甲に刻まれた魔法の事を思い出す。
アストが、これには
ならば耐久力とかも上昇するのではなかろうか? そう思って早速魔力を流してみる。
俺の魔力を受けて
その状態で操糸を使い、先ほどの同じ動きを繰り返してみると、若干ではあるが負担が軽減している。
わずかに負担を感じるのは、おそらくは
だがこの程度の負担ならば、十分程度は使用する事はできそうだ。もっとも、内蔵された魔法は三分しか持たないのだから、それ以上は意味がないかもしれない。
「次は糸の調子だな。あれだけ苦労させられたんだから……ん?」
そこで俺はがさがさと草が揺れていることに気付いた。この近辺は大きな猛獣は冒険者に駆逐されているはずなので、それほど危険な生物はいないはず。
しかし……そんな俺の考えを裏切るかのように、草むらから巨大な影が現れたのだった。
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