第539話 新たな公爵

 その日は、俺が北部の村に帰省する日だった。

 ライエルはともかく、フィーナに会える貴重な一日であり、最近ではコルティナとも会える日でもある。

 まだコルティナのレイド禁止期間中なので、前世の姿で現れるわけにはいかないが、それでも彼女と会えるとなれば、心が弾まないわけがない。

 冒険に明け暮れる俺としては、心身ともに癒される、貴重な日でもあった。

 だというのに……


「なぜ、いる?」

「開口一番失礼ですね! フィーナさんもそう思いませんか? 思いますよね?」

「むー、ケンカはダメ」

「あ、はい。ニコルさんとは仲良しデスヨ?」


 俺の挑発的な疑問の声に、あっさりと噛み付いてきた破戒神ユーリだったが、フィーナにたしなめられてあっさりと手の平を返す。

 さすがフィーナ。神すら手の平で転がすとは、実に大物だ。


 ライエルとマリアとコルティナがくつろぐ居間で、フィーナの世話を焼く破戒神とカーバンクル。

 その光景を目にして最初に口にしたのが、先の言葉である。

 それともう一人……


「で、なぜ、いる? その二」

「失敬じゃな。昔の仲間と旧交を温めに訪れたというのに」


 居間の片隅にある揺り椅子に身を委ね、夢の世界に片足突っ込みかけていたマクスウェルに、俺は疑問の視線を向けた。

 俺の声に反応するようにマクスウェルは目を覚まし、反論の声を上げる。

 しかし、揺り椅子に乗って子供を見守りつつうたた寝するとか、最近急速に老け込んでないか。そんな調子で、レティーナは大丈夫なんだろうな?


「若い許嫁ができたんだから、そっちの世話をしときなさいって」

「最近は冒険に精を出しておってな。マテウスとサリヴァンを付けておるので、問題はあるまいて」

「普通、婚約者が男と出掛けるとかしたら、心配するものでしょ?」

「ふふん、ここは大人の寛容さを見せるところじゃな。それに常にべったり張り付いておるばかりが、愛情表現とは言えんよ」

「言ってくれるわね」


 そんなマクスウェルの言葉に反対の声を上げたのが、コルティナだ。

 まあ、その辺は男と女の思考回路の違いもあるのかもしれない。

 賑やかに口げんかを始めたコルティナとマクスウェルを見ていると、先ほどまでの老け込み振りは一気に影を潜めていた。


「まったく、その辺にしておいてくれんかの。ワシもここ最近疲れが溜まっておるんじゃ」

「疲れ? ああ、メトセラ領の……」

「それだけでなく、レメク公爵家もな。大物貴族が減った分、その後釜に座ろうとする連中が増えてのぅ」

「大変ね。あ、そうだ。ならレティーナちゃんを後に据えればどう?」

「む? レティーナ嬢を?」

「ほら、マクスウェル。あんたは一応王族の血を引いてるわけだから、公爵の資格はあるわけでしょ?」

「元公爵じゃがな」


 俺たちと組む前のマクスウェルは、王族の血を引いていたため公爵家の当主でもあった。それどころか王位を継いでいた時期すらある。

 しかし、世界の危機となり、邪竜に挑むためには家を捨てざるを得なかった経緯があった。

 冒険を終えてラウムに戻ったものの、一度家を捨てた身の上のため、公爵位に返り咲きはしなかったが、それでも血縁という事実は歴然としてある。

 そのマクスウェルと結婚するということは、レティーナの産む子には公爵位を継ぐ資格があることを意味していた。


 それを推し進めるために、一代前のレティーナを新たな公爵に据えるというのは、悪い手ではない。

 唐突に公爵家が出来上がるより、レティーナとマクスウェルの婚姻によりヨーウィ侯爵家とマクスウェルの血筋を融合させ、新たな公爵家を生み出す方がよほど周囲の反対は少ないだろう。

 実質的にはヨーウィ家の陞爵しょうしゃくになる。


「確かに、ヨーウィ家はゴブリン襲撃の際には積極的に動いておったし、その後見を認めるという形にすれば、反対も少ないか?」

「でしょ? それにヨーウィ侯爵なら、人格に問題はないし」

「レティーナちゃんを心配して、密偵をメトセラに送り込んでいたんでしょ? なら能力面も悪くないわね」


 コルティナの尻馬に乗るように、マリアも賛同の声を上げた。

 あの一件でヨーウィ侯爵が民衆の保護に動いてくれたおかげで、貴族への風当たりはかなり緩和されている。

 その提案を聞き、マクスウェルはヒゲをしごいて思案していた。


「フム、悪くはない……のぅ」


 小さく絞り出すような声。それを聞きつけて甲高い声が割り込んできた。


「あーやだやだ。フィーナちゃんはあんな生臭い世界に首突っ込んじゃダメでしゅよー?」

「あーい」

「生臭いってなんだ。そもそもなんでいるのか、聞いてないよ?」

「わたしはフィーナちゃんの家庭教師なんですよ。尊敬してください」

「尊敬はしないでもないが、余計なことを教え――」

「なんでみんな、そう疑り深いんですか!?」


 こう見えて一応、魔法の中興の祖とも呼ばれる破戒神だけあって、彼女の知識は深い。それに彼女にはいろいろと世話になっている事情もあった。

 その技術の高さには、確かに尊敬すべき部分は多々あった。問題はそれを吹っ飛ばすような、破天荒な性格である。疑われるのも、むべなるかな。


「ほら、フィーナちゃんは薬学のギフトがあったでしょう?」

「まあ、確かに」

「あなた方の人脈では、薬学に特化した人はいません。だからわたしが教えているんですよ」

「そりゃありがたいが……」


 確かにマクスウェルやコルティナは深い知識量を誇るが、薬学が専門というわけではない。専門知識があるというのなら、こちらからもお願いしたいくらいではある。

 しかし、この神様、性格が……と懊悩おうのうしていると、唐突に当の本人が立ち上がった。

 珍しく険しい目をして中空を睨み、その後こちらに向けて謝罪の言葉を口にした。


「すみません、どうやら急用ができたみたいなので、帰らせてもらいます」

「えっ!? あの、何か気に障ることでも?」

「いえいえ、マリアさん。そういうことではなく、本当に急用なんです。誠にすみませんが、フィーナちゃんへの教育は少し中断させていただきますね」

「え、はい」


 言うが早いか、白い神はその場から姿を消した。何を感知したのかは知らないが、せわしない話だ。

 少々モヤッとしたものが残るが、彼女が唐突に現れたり消えたりするのはいつものことなので、気にしないでおくことにした。

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