第602話 魔神たちの襲撃

  ◇◆◇◆◇



 マタラ合従国北部。数多くの小国が集まり、一つの巨大国家を形成したという来歴を持つ、南部都市国家連合に近い形態を持つ大陸西部の大国。

 入り組んだ海岸線と、無数の島、そして険しい山脈を持つ独特の地形を持つ。

 その特殊な地形から豊富な海産物と、多種多様な鉱物資源が産出され、ドワーフをはじめとした鍛冶師の聖地とされている。


 その北部の山脈地帯に双剣の魔神の群れが襲来したのは、夕刻になってからだった。

 突如現れた魔神たちは、国境の関所をその大剣で破壊し、近くにあった辺境の村を殲滅してのけた。


 魔神たちはそのまま侵略の手を止めず、さらに南にあった町に襲撃を掛けた。

 当初は蹂躙されるがままだった町の守備兵たちだったが、その守りにやがて粘りが出てきて、魔神の足を止めるに至っていた。


「突出するな! 騎士団が来るまで持ちこたえればいい。持久戦だ!」

「二番隊、街路一つ防衛線を下げろ! 住民の避難は終了した!」

「敵は三体だ、落ち着いて四人以上で当たれ! 盾役は必ず二人用意しろよ!」


 各地の指揮を受け持つ兵士の声が町中を飛び交う。そこには魔神を討伐しようという意思はなく、ただ持久に徹する意思で統一されていた。

 その町の南部にある、指揮所の一室に、緊迫する場にふさわしいとは言えない二人の少女がいた。


「南部の避難船の様子はどうですか?」

「は、現在八割が乗船し、満員になり次第出港する予定です」

「西区はやや押し込まれていますね。避難状況は?」

「そちらもすでに。当初は討伐目的で動いていましたので、避難指示が遅れました」

「ザナスティア様、南部の避難完了しました。サリカ様、新たに二隻の船を避難用に確保しました!」

「ありがとうございます。すぐに乗船指示を」


 当初は町の衛兵が指揮を執っていたのだが、徹底抗戦を指示した指揮官はその戦闘であっさりと死亡した。

 結果、この街に訪れていた下級貴族の娘である彼女たちが身分的に最高位になり、この状況で指揮を執る羽目になっていた。


「状況に応じた戦闘を肝に銘じ、勝てない相手には被害が出る前に退く。ニコルさんの教え通りですね」

「まさかここで、高等学院の教えが役に立つと思いませんでした」

「学院の教えというか、ニコルさんの教えですけど」


 状況は不利な状況を盛り返し、どうにか五分に持ち込んだところ。いまだ切迫した状況に違いないが、それでも少女二人は笑みを浮かべてみせた。

 そんな二人に、周囲の兵士たちも感化されていく。危険な状態には違いないが、なんとかなる。そんな空気が周囲を満たし始めていたのだった。



  ◇◆◇◆◇



 ラウムの王都にも、魔神の襲撃の手は伸びていた。

 クファルが呼び出した魔神は百を超え、それらが数体ずつの群れを作って各地を襲撃している。

 その襲撃範囲は広く、そして侵略速度は軍隊のそれを遥かに凌駕していた。


「くそっ、城壁がもう持たねぇ!」

「援軍はまだか! マクスウェル様は!?」


 魔神は城壁に取り付き、巨大な城門をその剣でめったやたらに斬り付けている。

 城門はすでに割れ目が大量にできており、長くは待たないことが見て取れた。

 もちろん守護兵たちも手をこまねいていたわけではない。城壁の上から矢を射掛け、どうにか撃退しようと奮闘していた。

 しかし魔神の厚い皮膚はその矢をあっさりと弾き返し、虫に刺された程度の痛痒しか与えていない。


「マジかよ、効きやしねぇ――!」

「黙って射掛けろ! 少しでも時間を稼げば、マクスウェル様がきてくださる!」

「それまでもたねぇよ!」


 上官の言葉に弓を持った兵士が叫び返す。それくらい、彼らは追い詰められていた。

 かつて六英雄レイドを倒した双剣の魔神。その話は大陸全土に伝わっていた。

 それが二体も、この王都ラウムに押し寄せてきたのだ。恐れないはずがない。

 そして弓兵の言った通り、城門はその直後に破られていた。


「うわっ、門が!?」

「ダメだ……もう、ダメだぁ!」


 どれほど矢を射掛けてもダメージを与えられない敵。それがついに門を破り、町の中へ乗り込んで来ようとしている。

 その事実に、兵士たちの顔は絶望に染まる。

 手に持った武器を投げ捨て、その場を逃げるべきか。そんな弱音が脳裏をぎる。

 しかしその時、魔神の前に立ち塞がる姿があった。


「おっと、ここから先は通さないぜ!」

「フッ、二刀流の魔神か。この俺を差し置いて、ずうずうしいことだ」


 二人の男、おそらくは冒険者であろう男たちは、剣を構え、魔神と対峙する。

 一人は柄が長めの蛮刀バスタードソ-ド。もう一人は長剣ロングソード二本を構えた男。

 魔神の威容を前にして、全く怯えた素振りを見せない。


「冒険者五階位、黒炎双刃のケイル。推して参る!」

「え、俺も名乗るの? ってかその二つ名なに? えーと、同じく五階位のレオンだ」


 強敵を前に意気上がるケイルと、そのノリについていけないレオン。そんな二人を邪魔ものと認識し、魔神は容赦なく斬り掛かっていった。


「グルアァァァァァァァァ!」

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」


 双方気合を入れて斬り結ぶ。そして吹っ飛ぶケイル。城壁を斬り破る魔神と正面から斬り結ぶなど、いかな五階位と言えど無理な話だった。


「ぐへぇ!」

「何しに出てきたんだ、お前!?」

「うるせぇ」


 思わずツッコミを入れるレオンだったが、こちらは魔神の攻撃を避けてきっちり反撃を入れていた。

 しかし分厚い皮膚に遮られ、大したダメージは与えられていない。それでも城壁の上の弓兵のように無傷ではないだけ、レオンの技量の高さが窺えた。


「しかたない。俺も封じられた力を解放するしかないか」

「いいからさっさと本気でやれよ、こいつら本気で強いぞ!」

「うるさいっての! いくぜ、魔黒双刃ダークネスツインエッジ!」


 叫びと共にケイルの二本の剣が黒い炎に包まれる。実のところ、黒いだけでただの火炎付与フレイムウェポンである。

 しかし、攻撃力が底上げされたことには間違いない。そして、五階位のケイルの攻撃力は、レオンのそれを超えていた。


「おらああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「グガアァァァァァッ!?」


 X字に斬り掛かったケイルの攻撃を、魔神はまともに喰らっていた。

 初撃であっさり吹き飛ばした相手だけに、完全に舐めてかかっていたので、油断していたのだろう。

 だが、それだけでは魔神の致命傷には程遠い。

 対してケイルは全力で斬り掛かったので隙だらけだった。


「あ、やべ」

「ガアァッ!」


 反撃の斬撃を受ける体勢も整っていない。容赦なく両断されるか、という瞬間に、魔神の頭部に矢を射掛けた者がいた。


「ガフッ!?」


 もちろん魔神はその矢ではダメージを受けていないが、目の付近を襲った攻撃に不快そうな声を上げる。

 その矢を放った者は、呆れたような声を上げた。


「ありゃー、この攻撃も効かないんだ? こりゃ厄介だ」

「エレン、こいつは矢じゃダメだ!」

「はいはい、りょーかい」


 気の抜けた返事と共に、エレンは投石紐を取り出し、そこに小袋を巻き付け投げつける。

 それは狙い過たず魔神の顔面に着弾し、中に入っていた粉末をぶちまけた。


「ガ、ギャフッ! グギャフッ!?」

「固くて皮膚が貫けないのなら、他のところを攻めればいいのよね。胡椒と唐辛子粉とその他諸々の特別ブレンドよ。とくと味わいなさい」


 視界を奪われた魔神は顔面を腕でこする。手には大剣を持っているので、そうするしかない。

 剣を手放さないのはさすがと言えた。


「よっしゃ、これなら――」

「はい、おつかれさーん?」


 その隙に攻撃を仕掛けようとしたケイルよりも早く、その横を駆け抜けていったものがいた。

 ケイルと同じ二刀流。そして異様と言えるほど長い腕。

 それを鞭のようにしならせ、魔神の喉元に斬り付けていた。

 その攻撃は魔神の首を半ばまで斬り裂き、止まる。その硬さに、剣の持ち主――マテウスは驚いた顔をした。


「かってぇな、おい?」


 言いつつも逆の剣で延髄を斬り付け魔神の首を斬り落とした。

 彼は動きの速さに難がある。故に魔神と相対した場合、速度で押し切られてしまう可能性があった。

 そこでエレンの足止めに乗じて、攻撃を仕掛けたのである。


「てめぇ、横取りとかずりぃぞ!」

「勝ちゃいいんだよ、勝ちゃ。修行が足りないぞ?」

「んだとぉ」


 睨み合う二人に、レオンは呆れたような声を掛ける。


「お前ら、敵はもう一体いるんだぞ」

「お、おう!」


 仲間を倒されたことで、怒りの咆哮を上げる魔神だったが、マテウスまで参戦した状態では、勝ち目はなかった。

 しかもここにもう一人の助太刀が姿を現した。


「おお、まだやっとるようじゃの」

「爺さん、遅いよ?」

「老骨をそう急かすでないわ」

「若い嫁さん貰って何言ってんだかなぁ?」


 さらにマクスウェルまで戦場に駆け付けてくる。彼の力量を魔神が知っていたならば、おそらく絶望の表情を浮かべたに違いない。

 マテウスの皮肉に顔をしかめながら、現れたマクスウェルは魔法を発動させた。おそらく転移前に遅延魔法ディレイスペルを仕込んでいたのだろう。

 そして魔神に直撃する落雷。その余波でレオンとケイルは吹っ飛ばされた。


「おっと、すまんすまん」

「…………いえ、大丈夫です」


 相手がマクスウェルでは、レオンやケイルでは抗弁するわけにはいかない。

 そんな微妙な気分で彼らは魔神に目を向ける。そこには黒焦げになった魔神の遺体が転がるのみだった。



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