第21話 干渉魔法の真価


 翌日、マリアは屋敷の中庭に出て、ミシェルちゃんに的である立て板に向かって矢を放つように命じて見せた。

 ミシェルちゃんも首を傾げながらも、マリアの指示に従う。


 幼い彼女に合わせた、小さめの狩猟弓を引き絞り、真剣な表情で矢をつがえ……放つ。

 力不足ゆえにやや山なりに飛翔した矢は、狙い過たず的の左下に突き刺さった。


「へぇ、この歳でこの距離を当てるなんてすごいわね。さすが射撃ギフト持ちね」

「えへへぇ」


 マリアはミシェルちゃんの頭を一撫でした後、俺達を引き連れて的の確認に向かった。

 的の左下に刺さった矢は、鏃の半ばほど埋まった状態で止まっていた。

 これでは獣を狩るまではいかない威力だ。


「うー、やっぱり浅い」

「まだ力がないから仕方ないわよ。むしろしっかり的に当てた事を誇ってもいいわ」

「そーだよ、ミシェルちゃんはすごい!」


 実際、彼女が矢を放った距離は十メートルを超えている。

 彼女のような初心者が、この距離の的に当てるというのは、意外とすごい事である。

 ましてや彼女の手にあるのは粗雑な子供用の弓なのだ。


「それじゃさっきの場所まで戻りましょう。ミシェルちゃんにはもう一回射てもらうわね?」

「あ、はい」


 元の場所まで戻り、再びミシェルちゃんが矢を放つ。

 ただし今度は、マリアが強化付与の魔術を掛けてからだ。

 後衛でサポートを専門にやっていたマリアは、干渉系も多少心得ている。無論、その技量はマクスウェルには遠く及ばないが。


 矢は先程と同じような軌跡を描き、やはり的の左下辺りに命中する。

 ただし先程と違って、的の左半分が撃ち抜かれた衝撃で割れ飛んだ。


「お、おお!?」

「これは確かめに行く必要もないわね。ね? 干渉系も凄いでしょ?」

「う、うん」

「ニコルも魔術が使えるようになれば、これくらいできるようになるわよ」


 俺はテテテテッと的に駆け寄って、砕けた的を確認する。

 破片の中には木板を貫いた矢も残されており、その威力の高さが見て取れた。

 幼い彼女が放った矢が、木の板を撃ち抜いたのだ。

 干渉系魔術による威力強化が侮れない証拠でもある。


「すごい、ね」


 俺も生前は何度も強化付与を受けた事がある。

 だが元々熟練者としてパーティを組んだので、その当時の俺は既に高威力の攻撃方法を持っていたのだ。

 なので、その恩恵を実感する機会と言うのは、意外と少なかった。


「でしょ? ニコルも頑張れば、すぐできるようになるわよ」

「うん」

「あ……消えた?」


 そこへミシェルちゃんの声が飛んできた。

 彼女は手に持った狩猟弓をしげしげと眺めている。おそらく強化魔術が切れた感覚を覚えたのだろう。


「強化付与は効果が有効な分、あまり長く持たないのよ。せいぜい数分ってところね。使う時は使いどころを考えないと」

「ふーん」

「威力の上昇もせいぜいこの程度の木板を撃ち抜ける程度。金属製の鎧相手では効果は薄いわ。それでも冒険初期の頃はとても役に立った魔法よ」

「うん、つかいみちありそう」


 木板を貫ける程度と言う事は、人体の皮膚を貫くには十分な威力を発揮できるという事だ。

 ピンポイントでこの魔術を使えれば、切り札として機能しうるだけのスペックを持っていると言える。

 先に話していた変身の魔法と言い、実に俺好みの系統だった。





 結局その日は魔術の発動をこなす事はできなかった。

 どうも俺は魔法を使えなかった前世の記憶が足を引っ張って、発動を阻害している感がある。

 魔力を感じ取るまでは問題なく行けたのだが、その先が壁になっていた。


 そしてその間、ミシェルちゃんはひたすら矢を的に放つ訓練を積んでいた。

 その命中率は子供とは思えない位に高く、しかも素早い。

 とは言え、あくまで初心者。子供にしては、という前提が付く程度だ。

 いずれは俺が彼女の弓に強化付与を施せるようになれば、実に心強いパートナーになる事だろう。


「ふへぇ……」


 訓練を終えて、俺は風呂で疲れを癒していた。

 屋敷の風呂はそれなりに広く作られており、しかもマッサージ用の寝台まで用意されているくらいだ。

 俺はそこに寝転んで、フィニアに恒例のマッサージをしてもらっている。


 正直言って、年頃の少女に全裸でマッサージさせるというのは、生前ではありえない状況なのだが、今の俺は同性の少女である。

 使用人としてここにいるフィニアに遠慮する必要など欠片も無いのだ。


「こうして、バレたらヤバい秘密がドンドン溜まっていくのであった」

「え? 疲れ溜まってるんですか? ニコル様はまだ幼いんですから、無茶しちゃダメですよ」

「いやいや、そうではなく」


 とは言え詳しく説明する訳にはいかない。

 ぐんにょりと寝台に伸びきって、フィニアの細くしなやかな指で体中を揉み解してもらう。

 暖かい湯気に包まれて全身を脱力させ、滑らかな指でマッサージを受ける。なんという至福か。


「ですが本当に良かったのですか?」

「んー、なにがぁ?」

「ラウムへ行く事です。2年後とは言え、まだニコル様は二年後でもまだ七歳ですよ」

「でもフィニアも付いてきてくれるんでしょ」

「ご両親と離れて寂しくないんですか?」

「まー、そりゃぁ、ねぇ」


 俺とて、ライエルにライバル心を持ってはいるが、別に嫌っている訳じゃない。マリアに到っては受けた恩の方が多いくらいだ。

 隠し事があるとはいえ、そんな相手と一緒に暮らして嫌な気がするはずもない。

 その二人と離れるのに、多少なりとも悲しみを感じるのは、仕方ない所だろう。

 だが、元々は既に道を違えていた仲間だ。別れることに関しては、すでに覚悟ができている。

 問題はそれを七歳児が納得できるかという所ではある。その辺りの言い訳を口にしておかねば、怪しまれるだろう。


「でも行かないとママとパパから引き離されちゃうんでしょ。休みになれば戻ってくればいい訳だし」

「そう、ですね。確かに王宮に行ってしまえば、簡単に会えなくなっちゃいますものね」

「どっちがより会う時間を確保できるかと考えたら、ラウムに行く方がいいじゃない? だからそっちを選んだの」

「……ニコル様、時折難しい言葉使いますね?」

「そ、そんなことないよぉ? ママの授業でいっぱい勉強したからかも」


 勉強したばかりの単語を使ったと言い訳すると、渋々ながらも納得してくれたようだ。


「ム……」

「ん、どうかした?」


 俺の背中をマッサージしていたフィニアが、妙に神妙な声を上げた。

 背中を上下に、何度も繰り返し指を這わせる。

 少々くすぐったい。


「ニコル様、少し筋肉がつきました?」

「ほんと!?」

「私としてはフニフニ感が減って少し残念です」

「フィニア、最近本音がダダ漏れ」


 剣も魔術も、イマイチ進歩がみられなかっただけに、筋肉の増量はかなりうれしい。

 こうして毎日、少しずつ成長しながら、俺の幼児期は過ぎていったのだ。

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