第263話 水底での待ち伏せ
それからコテージに戻り、夕食まで一休みしておいた。
夜に活動する予定なので、たっぷりと睡眠をとっておかないと、眠り込んでしまう危険性もある。
まだ身体が未成熟な俺たちにとって、睡眠欲というのは非常に抗いがたい欲求なのだ。
昼の海遊びで獲った魚介類で作った夕食を取り、日が落ちるまで待ってから再び浜辺までやってきた。
浮きワカメは夜に海岸沿いに現れ、船などの船底にに取り付いて木材を溶かし、その養分を食らう。
沖に出るための足は、幸いこの小島には管理者がシトリの町と往復するために、小船が用意してあったので、それを使うことにした。囮にも使えて一石二鳥である。
とはいえ、大人二人と子供四人。小船ではさすがに少々狭く感じなくもない。
特に弓を持ち込めず、代わりに
彼女は槍系のギフトは持っていないが、それを投げる時に関しては射撃のギフトの恩恵を受けることができる。
つまり、投げる時だけ高い命中力を発揮することができる。
「夜の海なんて、どきどきするね」
「だ、大丈夫でしょうか? 落ちたら危ないんじゃ……」
「レティーナは水泳の授業を受けてるでしょ? 浮くだけなら海は川より楽だって話だよ?」
実際、海は川よりも浮力を得やすい。マクスウェルもいることだし、万が一海に落ちても、浮かんでいれば彼が助けてくれるだろう。
それに、今回は海に潜って水中戦を経験することが目的である。海に落ちるのはむしろ想定内。というか海に入らないと始まらない。
それにマクスウェルに頼ってばかりでは、俺たちの訓練にならない。過剰なまでの熟練者のマクスウェルの手を借りたのでは、本末転倒と言える。
「ほれ、この辺りなら水深もそれなりにあるし、浮きワカメも寄ってきやすかろう。お主らは水中で待機しておくとよかろう」
「はーい!」
ミシェルちゃんは元気に手を挙げて返事をしているが、五本も銛を抱えているので、日頃の愛らしさよりも物騒さを感じられる。
俺はマクスウェルの言葉と同時に、
できるならばマクスウェルの手は借りたくないところであったが、どうしても補えない部分は、補助してくれることに目を瞑っている。ご都合と言うなかれ、不可抗力なのだ。
水着面積の少ないミシェルちゃんやクラウドはともかく、他の三人はワンピースなので保温魔法の効果が高い。
そこで感知能力が高く、水着面積の大きい俺が先陣を切って、水に飛び込むことにした。
まず真っ先に海に飛び込み、水中の安全を確認してまわる。
続いて近接戦がこなせるクラウドとフィニア。最後にミシェルちゃんとレティーナが続いてくる。
この近辺の水深はせいぜい五メートル程度しかない。逆に言えば、水底から船底を監視できる範囲でもある。
俺たちが海底に隠れ、頭上に浮かぶ船に浮きワカメが寄ってくるのを待ち伏せるには、もってこいの地形だ。
マクスウェルが掛けてくれた
今回は待ち伏せということもあり、六時間は潜っていられるように掛けてもらっていた。
水中の岩場の陰に隠れること三十分ほど。頭上の船底の様子に変化はない。
むしろ変化があったのは、俺たちの方である。
その異変は、唐突にもじもじしだしたミシェルちゃんに発生していた。
「ん、どうかした?」
「うひ!? な、なんでもないよ?」
あからさまに不審な動きをする彼女は、しかし、これまたあからさまにしらばっくれていた。
やや内股になって膝をすり合わせるような仕草。それは……
「おしっこ?」
「ち、ちがうし!」
こうやって水中で会話できるのも、
しゃべる度にコポコポと口元から泡が出てしまうのは、ご愛敬である。
「そんなの、その辺の岩の陰ですりゃいいじゃん」
「クラウドくんはデリカシーを学ぶべきだと思う!」
「そうだよ。ここは水の中なんだから……ひょっとして飲みたい? その歳でその性癖はやめた方がいいと思う」
「ちがうって。そんな性癖は持ってない!」
安易な解決を提示したクラウドを、俺はたしなめておいた。俺の言葉を受けて、レティーナとフィニアが一歩クラウドから距離を取る。
その様子に気付いて、慌てて言い訳するクラウド。
レティーナはともかく、フィニアに敬遠されるのはさすがに堪えるらしい。
「なんにせよ、最初なんだしこの辺で少し休憩を挟も? お腹冷えちゃうと、もっと危ないし」
「そうですわね。水の中で待ち伏せなんて、私も初めてですもの。神経を使ってますし、休み休み行きましょう」
海底とはいえ、微妙に海流は存在している。五人がばらばらにならないように位置取りに気を付け、それでいて頭上の船底も警戒する。
そんな
一時船に戻って、マクスウェルに
船で戻らなかったのは、船そのものが囮役でもあるからだ。
そんな感じの休憩をこまめに挟みながら、三時間ほど経った頃だろうか。浅い海底にまで届く月の光が、不意に陰った。
浮きワカメは聴覚を持たない。視覚すら持たない。ただ嗅覚らしき感覚で木材を感知し、日光に反応して活動を鎮める。
なので声を出しても問題はないのだが、俺たちは思わず声を潜めて振り仰いでしまった。
そこにはゆらゆらとマクスウェルが乗る小船に取り付く浮きワカメの姿が、映っていた。
もちろん、マクスウェルだってその接近には気づいているだろう。
だがあえて彼は手出しをしない。これは俺たちの冒険だからだ。
標的の姿を確認し、俺たちはお互いに頷き合う。
ようやく獲物が近寄ってきたのだから、これを逃がす手はない。俺たちはタイミングを合わせ、一息に浮きワカメに襲い掛かっていったのだった。
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