第31話 居候
俺の傷を即座に癒したコルティナに、フィニアが一礼する。
「申し訳ありません、コルティナ様」
「これくらいならね。それにマリアの娘だもの、私の娘も同然よ」
六英雄の中で二人だけの女性。そういう意味でもマリアとコルティナの仲は悪くない。
マリアの結婚を誰よりも祝福し、そして引退を誰よりも悲しんだのは、彼女だ。
「だからこうして、ここまで出迎えたんだから」
「そう言えば、私達が来るのを前もって知ってたようですが……」
「マリアのいる村の距離から、馬車の移動速度と襲い掛かるトラブルによる遅れを想定して、更に天候による街道の悪化も加味――」
「い、いえ、もういいです」
自慢げに
彼女に説明をさせると止まらない癖がある。ナイスカットだ。
「む、そう? じゃあお家で歓迎の用意してるから、早く行こう」
「お家、ですか?」
「そう。ニコルちゃんは娘も同然って言ったでしょ? だから私の家で暮らすの!」
「へ……?」
これは俺も想定外だ。
察しの悪いマリアとライエルだからこそ、誤魔化してこれたと言っていいのに、神算鬼謀のギフトを持つコルティナと一緒となると、いつバレるか分かった物じゃない。
できるなら遠慮したい待遇なのだが……
「マクスウェルもそれなら安心だって納得してくれてね! 補助金まで出してくれたんだよ?」
「ぐへぇ」
ダメだ、既に補助金まで受け取っているとなれば、俺が断るとコルティナに迷惑がかかる可能性がある。
もちろん、コルティナとマクスウェルによる独断なのだから、断る事も出来るだろう。
しかし強行に反対すると、逆に怪しまれる可能性が高い。
なにせコルティナは英雄の一人。しかも能力ではなく策で貢献した一般人の希望の星だ。
その彼女との同居の要請を断るなど、普通ならばありえない。
恐らくこの待遇を売るといいだしたら、ちょっとした町の運営予算に匹敵する額が付くだろう。
「あうぅ……お世話になりますぅ」
「え、わたしもいいの!?」
「これ、ミシェル!」
ミシェルちゃんがそう主張すると、さすがに彼女の母親が窘める。
それにコルティナも珍しく困った顔をしていた。
「うーん、ごめんねぇ。貴方だけならともかく、ご家族を迎え入れれるほど私の家は大きくないし」
「そんなぁ」
「ミシェルー!?」
少々厚かましいとも言える彼女の態度に、母親は顔面蒼白になっていく。
だが俺は、コルティナがその程度で機嫌を損ねるような人物ではない事は知っている。
「大丈夫ですよ。代わりに近くに一件家を用意してあるから、そこを使ってね? ご近所さんよ」
「コルティナ様と近所ー!」
バンザイして喜びを表明するミシェルちゃんに、ペコペコと頭を下げて恐縮して見せる母親。
彼女の天真爛漫さは、貴族も集まるこの街では少々危ないかもしれないのは確かだ。
そこは今後も注意せねばなるまい。
だがその明るさは、むしろ微笑ましい雰囲気を作ってくれる。この長所は伸ばすべきだ。そこのところは兼ね合いと言う事になるだろう。
そんなやり取りを経て、俺達はラウムの街に足を踏み入れた。
冒険者としての資格もなく、後ろ盾のない俺達が街に入るには本来ならば厳格な審査が必要になるのだが、今回はコルティナの知人と言う事と、俺が英雄の娘である事が利いていて、ほとんどノーチェックで入る事ができた。
俺が通う予定の魔術学院は街の外縁近くにある。
これは授業で危険な魔法を使う関係上、街の中心部に置けないことが原因でもあるらしい。
その外縁部にある巨大な学園のそばに、コルティナの家は存在した。
英雄の住居にしては極端に小さく、質素な家。庭の広さも、馬が二頭入ればいっぱいになりそうなほど狭い。
それはマリアの家よりもさらに質素な暮らしぶりが見て取れた。
その隣には同じくらいの大きさの家が並び立っている。
「ここが私の家。ちょっと狭いけど我慢してね。となりがミシェルちゃんの家だよ」
「ここが……その、マリア様もかなり……その……」
「言いにくいのは分かるけどね。まぁ私も贅沢したくない心境と言うのがあってね。その代わりマクスウェルのお屋敷はすっごいのよ」
そりゃ、マクスウェルはこの国の王族なのだから、当然だろう。
いや、冒険者として旅立った時に位を返上したんだったか。現在は魔術学院の学院長に収まっているはずだ。
かつて国王だった訳だから、政治との繋がりも切れていない。
頻繁に国の重鎮が相談しに来る事がある為、彼の屋敷は粗雑な物であってはならないらしい。
「ま、住めば都のなんとやらってね。荷物を下ろしたら、マクスウェルの所に行くよ? 面倒な事はさっさと済ましちゃお」
俺を家の中に押し込みながら、コルティナは愛らしくウィンクして見せたのだった。
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