第30話 四人目の英雄
ラウムの都に近付くにつれ、その威容が次第に目に入ってくる。
以前も訪れた事はあったが、王城よりも巨大な魔術学院の尖塔が特徴的な町である。
っていうか、以前よりも高くなってないか、あの塔?
「ニコルちゃん、ニコルちゃん! すっごい大きな塔!」
「う、うん、そうだね。おっきいね。でも馬車が揺れるから、あまり飛び跳ねるのは……うぷ」
「あ、ごめんね? ニコルちゃん『また』酔ってたんだ?」
「または余計だよぅ」
怪我をしてから食っちゃ寝の生活が続いている俺だが、寝ていると言う事は床から馬車の振動を直接受けると言う事になる。
身体能力同様、虚弱極まりない三半規管を持つ俺にとって、その生活は乗り物酔いを容易に招き入れる事になったのだ。
「うーん、その寝床でもダメですか、ニコル様?」
「ううん、少しはマシになったよ。ありがとうフィニア」
今俺は馬車の荷物の間にロープを渡し、そこに毛布を張って作った簡易ハンモックの上に居た。
これで多少細かな振動をカットしてくれるのだが、その分大きな揺れが長く続く難点もある。
俺は気分転換に馬車を降りて冒険者達と一緒に歩くことにした。
脱臼間際まで行っていた右手首に多少響くが、酔ったままよりは遥かにマシな気分だ。
「ニコル様、またそんな……安静にしておりませんと」
「寝たままだと、せっかく鍛えた筋肉が落ちちゃうじゃない。フィニアも修練を怠ったら不安になるでしょ?」
「それは、まぁ……」
この旅の途中、フィニアも冒険者のレオンから剣の稽古をつけてもらっていた。
学ぶならばライエルからの方が良かったのだろうが、村を離れた今では遅すぎたのだ。
それでも彼女は、並々ならぬ熱意で剣を学び続け、メキメキとその腕を上達させていた。
ギフトでもあるのじゃないかと思ったくらいだ。
仮にも主である俺が外を歩いているのに、フィニアが馬車に居る訳にはいかない。
彼女も修練と俺の世話で疲れているはずのに、俺の横について歩いてくれた。
俺は片手が使えないため、歩くバランスが悪くなっていて、いつ転ぶか分からないからだ。
「ゴメンね?」
「いえ、勤めですし。それに元は私の――」
「それはダメ。フィニアは少し自虐的過ぎるよ?」
「そうでしょうか?」
彼女は過去の経験から、すべてを自分のせいに背負いこんでしまう性格になってしまっている。
この性格の矯正も、今回の旅の課題の一つだ。
これからどうやって直したものかと、首をひねっていると、町の門の前に一人の女性が立っている事に気が付いた。
普通は門番が来訪者のチェックに当たる物なのだが、遠目には、その門番が彼女に委縮しているようにも見えた。
「あれ?」
「どうかしましたか?」
「あそこの……もしかして――」
俺がそこまで言ったところで、向こうもこちらに気付いたようだ。
頭に大きな金色の猫耳を持つショートボブの女性は、こちらに気付くとすさまじい速度で駆け寄ってきた。
獣人族の恵まれた身体能力を活かして、土煙を挙げながら怒涛の勢いで接近してくる。
その様子を見て、レオン達冒険者が警戒態勢を取るが、その態勢が整う前に彼らの間をすり抜けてきた。
突如として目の前に現れた人間に、馬車の馬が驚いて竿立ちになる。
それと同時に彼女は魔法を発動させた。
「朱の一、群青の二、翡翠の一。彼の者に平穏を――
本来、マリア以外は結構な準備時間を必要とする魔法の発動を、到着と同時に発動させる。
これはつまり、冒険者が警戒する事も、馬が驚く事も、前もって想定した動きと言う事だ。
その猫耳美少女……いや、美女は俺を見て、両手を広げて抱き着いてきた。
「いらっしゃい! あなたがニコルね? 聞いていた通り、お人形みたいね」
戦闘時は冷徹な判断を下すわりに、平時は天真爛漫なこの態度は実に懐かしい。
かつての俺の仲間……彼女の一言で大軍が動き、千の犠牲者が生み出されたと言う軍師、コルティナだ。
だがこの身体では初対面となる。俺はできるだけ、彼女の事を知らないようにしないといけない。
前もってマリアから話は聞いているのだが、その塩梅が難しそうだ。
「コルティナさん、ですか?」
「そうよ。よく分かったわね? マリアに聞いたのかな? ライエルにそんな気配りはできそうにないし」
「はい」
「えっ、コルティナ様!? 六英雄の?」
俺の言葉に、ミシェルちゃんが驚愕の声を上げる。
考えてみると、マリアとライエルの娘である俺が訪れるのだから、彼女かマクスウェルが出迎えるのは当然の帰結と言えた。
突然現れた伝説の存在に、冒険者達も、ミシェルさんの両親も驚愕していた。
それしてもにコルティナも、俺の一言で両親のどちらから話を聞いたのか推測するのだから、実にやりにくい。下手な事を言ってボロを出さないように気を付けないと。
だがまぁ、抱きすくめられて頬に感じる柔らかさは、実に悪くない。
かつて俺は、彼女に告白した事すらあるのだ。まぁ、あっさり断られたが。
当時はマリアとライエルが結婚して、焦ってたんだなぁ……俺の黒歴史の一つだ。あの秘密だけは絶対に死守せねばならない。
「ん、右手、怪我してるの? 途中でモンスターとの戦闘に巻き込まれた?」
「あ、はい。ヴァルチャーに」
俺の言葉にジトリとした視線を冒険者に向ける。
確かに護衛対象を戦闘に巻き込んだのは彼等の不注意だが、あの状況は不可抗力に近いため、それだけで責められるのは可哀想だ。
仮にも英雄と呼ばれる存在からの追及の視線に辟易する冒険者に代わり、俺が取り成しておく。
「あれはブロブが正面に待ち受けてたところを襲撃されたから。レオンさんのせいじゃないよ」
「そうなの? まぁ、当人がそう言うなら私が口を出す事じゃないけど……」
コルティナはちらりとフィニアに視線を向け、フィニアが俺の言葉を肯定するように小さく頷く。
幼い俺の擁護だけでは正当性を判断できないので、保護者たるフィニアの判断を仰いだらしい。
そのフィニアも状況的に不可抗力である事を認めたので、ここは矛先を収めるに事にしたようだ。
「まぁ、それなら仕方ないわね。待ってて、
コルティナは身体能力こそ高いが、戦闘技術が高い訳ではない。
魔法の能力も、マクスウェルはおろかマリアにすら及ばない。
能力的には広く浅く。まさに器用貧乏を体現したような能力を持っている。だが彼女の真価は、そう言う直接的な能力ではない。
コルティナの癒しの魔法で、俺の右手の痛みは見る間に引いていった。
「はい、これで大丈夫でしょ? 私だってこれくらいはできるんだから」
「ありがとう」
「ちゃんとお礼言えるのね。偉い偉い」
「これくらいは……」
「自称育ちのいい連中には言えない子も多いのよ? そう言う連中の鼻っ柱をへし折るのが、教師の最初の仕事だし」
そう言えば彼女は学院で教師をしているのだった。
英才教育を受けて送り込まれる貴族の子弟も多いので、苦労しているのだろう。
ましてや彼女の能力は、それほど突出した物ではないのだから。
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