第537話 知らされる暗躍
マリアの身体が、上下にリズミカルに揺れる。
その腰の下には、愛する夫が身体が激しく動いていた。
全身に汗をにじませ、激しく脈動する肉体は若々しさを取り戻し、力強く律動している。
部屋の隅にはすでに力尽きたコルティナの姿もあった。
「ほら、コルティナ! まだノルマが終わってないわよ?」
「もう無理、死んじゃう……」
「腕立て百回もできないなんて、困ったものだな」
「アンタと一緒にしないで。上にフィーナまで乗っけてるんだから、これ以上は無理よ!」
「てぃなー、がんばえー」
屋敷の裏庭で、基礎体力作りの腕立て伏せを行いながら、ライエルはコルティナを叱咤する。
コルティナはすでに力尽きて床に突っ伏している。その腰の上にまたがりながら、重し役のフィーナが喜んでいた。
コルティナの鍛錬の間は放置されがちな彼女だが、今回は一緒に参加できるとあって、非常に張り切っていた。
フィーナ一人では重し役には軽いと思われていたのか、追加で乗せられたカーバンクルはすでに上から降りている。
コルティナの横に座り、
「その体力じゃ、まだまだレイドと再会させるわけにはいかないな。せめて自衛できるようにはなってもらわないと」
「くっ」
ライエルの指摘に震える手を床につけて起き上がろうとする。その仕草を見て、それほどまでにレイドに会いたいのかという、彼女の想いの強さを二人は悟る。
ライエルは背のマリアに視線を向け、同時に口元をほころばせた。
再び動き出したコルティナに、乗っていたフィーナも諸手を上げて喜んでいる。
そこへ通いの使用人がやってきた。
「ライエル様、自警団員の方がお越しになってます」
「うん? わかった、あとで――」
「いえ、急ぎの報告があるとか」
「なに?」
その言葉を受け、マリアは素早くライエルの背を飛び降りる。同時にライエルは背後を振り返ることなく身を起こした。
その連携の無駄のなさが、二人の付き合いの長さを表している。
それをコルティナは、どこか羨ましそうに眺めていた。
ライエルはその視線に気づかず、使用人の後について屋敷へと入っていく。
マリアはそんな夫の姿にそっと溜め息をついた。
「まったく、うちの男たちは……」
「え、どうかしたの?」
「レイドもライエルも、鈍感ねって言ったのよ」
「まあ、それは否定できないわね」
コルティナも起き上がってフィーナを胸に抱き上げていた。
同時にコルティナの頭に飛び乗るカーバンクル。その行為に、コルティナは迷惑そうな顔をする。
「ちょっと、アンタも結構育って重いんだから、頭に乗らないでよ。フィーナだったら首が折れかねないわよ?」
「キュー」
知らんとばかりに視線を逸らすカーバンクルを無視して、コルティナはマリアと共にライエルの後を追う。
自警団員が直接ライエルに報告するということは、それなりに重要事項という証である。
もっとも本格的に緊急事態だった場合、使用人を介さず直接乗り込んでくるので、緊急性は高くないと思われた。
「何の報告かしらね」
「私にはわからないわ。直接聞いてみないと」
「私も可能かしら?」
「コルティナも私の仲間ですもの。問題はないわ」
とはいえさすがにフィーナをそんな話し合いの場に連れて行くわけにはいかないので、使用人にカーバンクルと共に預けておく。
カーバンクルはフィーナの子守と同時に、彼女の護衛でもあった。
もちろん、その事実はカーバンクル自身も認識しており、任せろと言わんばかりに前足を上げて合図をしてから、使用人と一緒に去っていった。
自警団員はライエルの書斎に案内されており、そこでマリア、コルティナと共に話を聞くことになった。
自警団員もコルティナのことは知っているため、報告をためらうような真似はしない。
「ライエル様、先ほど入った情報なのですが、メトセラ領でライエル様の姿が目撃されたという情報がありまして」
「ハァ?」
「しかもパツパツのジャージ姿で」
「ハアァ!?」
もちろんライエルは最近村を離れたりしていない。遠く離れたメトセラ領まで足を伸ばせるはずもない。
つまり、メトセラ領には偽物が存在したということになる。
「俺を騙るとは、度胸があるな。なにをしたんだ?」
「はい。違法薬物の製造工場を完膚なきまで破壊した後、衛士に通報したと」
「……悪いことじゃないのか」
「ええ。その際に主犯で領主の息子のカイン・メトセラ=レメクを殺害してはいますが、特に。そちらは、マクスウェル様が後始末に乗り出したと報告を受けております」
「マクスウェルが? ならそれって――」
コルティナは報告から事実を見抜き、大きく息を呑む。
マクスウェルの手足になって動く人間で、ライエルに化ける度胸のある人間。そして地元のマフィアの工場を単独で破壊できる人間なんて、一人しか思いつかなかった。
「間違いなくレイドでしょうね。今度はライエルに化けたと」
「確かにあいつなら、俺のことはよく知っているだろうが……なんて迷惑な」
「そこに思い至らないのが、実にレイドらしいでしょ。マクスウェルの手駒ならマテウスってことも考えられるけど、あいつは変装とかできないし」
そわそわと身じろぎするコルティナを見て、マリアはその心中を察する。会いに行きたくてしかたがないのだと。
六英雄最年少だったコルティナは、マリアにとって妹のような存在だった。
だから彼女の想いは、できる限り応援したいと思っている。しかしコルティナは、その非力さゆえに、六英雄の中でももっとも狙われる存在でもある。自衛もままならないうちに解放してやるわけにはいかない。
「ごめんなさいね?」
「なによ、急に?」
コルティナを背後から抱きしめ、その頭を撫でる。
せめて敵から逃げ切る体力を持つようになるまで、この修業をやめるわけにはいかなかった。
「念のため、マクスウェルに確認の連絡を入れておく。万が一レイドじゃない存在だった場合は、なんらかの防衛策を講じておく必要があるだろう?」
「そうね。今後も私たちの名を騙る連中が出られたら困るもの」
「一応、世界樹の匂い袋があるんだけど、これを知っている人はあまりいないからね。世に知らしめる方法でも考えておこうかしら?」
クファルの偽物対策に作ったエリクサーから作り出した匂い袋。これが世間に広がれば、六英雄を騙る者も大幅に減る。
その周知手段は、そのうちに考えておかねばならないと、三人は考えていた。
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