コラボ番外編

第622話 いつものニコルとエルフさん

とりまる先生の『TSエルフさん ~ボクとご主人さまの異世界イチャイチャ冒険生活~』の発売を受け、単発コラボ企画をお受けしました。

下記サイトでソラちゃん視点のストーリーも展開されていますので、そちらもぜひお楽しみください。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894662723

https://ncode.syosetu.com/n8144gb/


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 その日、俺たちはラウム魔術学院の地下図書館の整理の仕事を受けていた。

 かび臭い地下で本に埋もれて仕事をするのは、暗殺者としてどうかと思わなくもない。

 しかし、先の世界樹倒壊阻止事件の立役者として名が広がってしまったため、人目を避ける仕事を受けるしかなくなってしまったのだ。


「ああ、お日様が懐かしい」

「ニコルちゃん、手が止まってるー」

「そう言うミシェルちゃんだって、ここは飲食禁止なんだよ?」


 積み上げた本に腰掛け、溜息をつく俺に、ミシェルちゃんが注意を飛ばしてくる。

 しかし彼女も、その口に干し肉を咥えているところを見ると、珍しく仕事に乗り気ではないようだ。

 まぁ、専門知識を持たない彼女からすれば、地下図書館で本の整理なんて仕事は、向いていないこと甚だしい。


「読めないなら読めないなりに、本を運ぶとかそういう仕事もあるだろ」

「クラウドのくせに正論言うな」

「理不尽!?」


 生意気にもショックを受けた顔をするクラウド。その頭を撫でて慰めているミシェルちゃんを見ると、つくづくこいつに彼女はもったいないと思う。

 まぁ、ミシェルちゃんが選んだのだから、異論は唱えないけど。


「ニコル様、この本はどこに仕舞いましょう?」

「ん、なになに……高位召喚術編纂書?」


 フィーナの魔薬によってキングサイズの兵器を持つショタと化したフィニアだったが、翌日には元に戻っていて安心した。

 さすがに本気で怒った俺に『調子に乗っちゃいました!』と必死に謝っていくれたので、今回は水に流しておいた。もっとも一目散に逃げたもう一匹のネコは絶対に許さん。

 というか、フィニア……なんて本を見つけてくるんだ?


「こんなの、地下の地下にある禁書庫行き」

「あー、やっぱりですか?」


 ちょっと中を覗いてみたら、『高位魔神召喚法』とかも載ってるじゃないか。誰だ、こんなの書いた奴。

 こんな危険物は、そういった類を封印する秘密の禁書庫に放り込んでおくに限る。


「あ」

「フィニア、どうかした?」

「その、著者が……」

「ん?」


 指摘されて裏表紙を見てみると、そこには『魔術学院生、クファル』の名前が。


「お前かい!」


 反射的に本を床に投げつけてしまったが、それも致し方ないことだろう。奴には散々迷惑を掛けられたのだから。

 その様子を見て、フィニアが呆れたように注意してくる。


「もう、ニコル様、本は大事に扱いませんと」

「いや、つい反射的に」


 どうやらこの本は、奴が学生時代にこの魔術学院で執筆した物らしい。確かにフォルネリウス聖樹国では、教育を受けることも難しかっただろう。

 ならば、ラウム森王国の魔術学院を頼ることは、想像に難くなかった。


「まぁ、書いたあいつに恨みはあれど、その本にまでは罪はない――」


 自分を納得させるかのように、そう口にした直後、床に叩きつけられた本から眩い光が漏れ始める。


「はぃ?」

「な、なんだか、召喚術が起動してないですか、ニコル様!?」

「わ、わたしはなにもしてないから!」

「絶対ニコル様のせいですよ」

「ちょっと、フィニア。その発言には問題があると思うんだ!」


 叩きつけたことが発動する鍵となったのか、日頃から魔力駄々漏らしの俺が手に取ったことがきっかけだったのか。

 原因は不明だが、召喚の魔法陣は自動的に起動して、周囲を光で埋め尽くし――やがて消えていった。

 そして光が消えた後は、本は消え、代わりに小さなエルフの少女が一人、そこに現れていた。




 現れた少女は、金髪を腰まで伸ばした、非常に愛らしいエルフだった。

 年の頃は俺たちよりも少し下? 十をいくつか過ぎたところという年頃だ。

 胸の膨らみはまだ少なく、フィニアより遥かに肉付きは薄い。

 だがそれが、妖精のような儚さを彼女に与えている。

 少し下腹の辺りが膨らんでいるようにも見えるが、あれは子供特有の体型故、だろうか?

 ともあれ、こんな場所にいきなり呼び出された少女は、意識を失い床の上で伸び切っていた。

 その姿は神秘的な外見と違い、馬車にひかれたカエルのような格好で、少々はしたない姿だった。


「ねぇ、フィニア」

「なんでしょう、ニコル様」

「これ、どうしよう?」

「人を『これ』っていうものじゃないですよ」


 召喚の魔法陣を起動させたのが俺なら、この少女をここに呼び出してしまったのも俺ということになる。

 このまま見捨てて立ち去り、無かったことにするのは、さすがに忍びない。


「うわー、すごくきれーな子だねぇ」

「ミシェルちゃんはブレないね」


 思ったことを素直に口にして、驚きはしても慌てふためきはしない。

 そんな彼女が、ときおり羨ましく思えてくる。


「まーいいや。とにかくこのまま床に寝かせたままっていうのもかわいそうだ。取り合えず医務室に運ぼう」

「わかりました。では、ニコル様、お願いしますね?」

「え、わたしが運ぶの?」

「わたしでは筋力的に少し不安が」

「そうだろうけどね」


 長年鍛えてきた結果、俺の筋力はフィニアを上回っている。

 ミシェルちゃんの筋力もかなりの物だけど、彼女の場合、誘惑に直面すると一直線にそちらに向かってしまいかねない。

 具体的に言うと、食堂とか屋台とか、そういうものに向かって。

 クラウドの場合、こいつに女性を触れさせるのは、何か危険な気がしていた。

 なんというか、こいつは主人公体質なのだ。それもエロトラブル系の。


 そんなわけで、俺は彼女を抱えて、医務室に移動することになった。

 羽のように軽い彼女は、俺の筋力でも容易に抱え上げることができる。

 そんな道中で、腕の中から楽器の音色のように可憐な吐息が聞こえてきた。


「ぅ……うーん……う?」

「あ、目が覚めた?」


 医務室まで辿り着かなくて幸いだったかもしれない。何せあそこは、魔術学院でも有数の魔境、トリシア医師が鎮座しているのだから。

 頼りになるが信頼はできない彼女にこの少女を預けるのは、さすがに心配だった。

 そんなわけで目的地を医務室から食堂に面したテラスへと移動。

 貴族なども通うこの魔術学院では、茶会のためにこういった施設も設置されている。

 そこで軽くお茶とミシェルちゃんのためのお菓子を注文し、エルフの少女と同席した。


 こうして正面から見ると、ますます愛らしい少女だとわかる。それだけでなく、強制的に愛でたくなるような誘惑にも駆られてしまう。

 こういった衝動は今までに、フィニアとコルティナ以外に感じたことはないのに。


「彼女、魅了系のギフトがあるみたいですね」

「フィニアにはわかるの?」

「当然です。日々ニコル様に魅了されてますから」

「その感知方法はどうなんだろう?」


 どうやら緊張して借りてきた猫状態の彼女を前に、軽口を叩いて場を賑わす。それで彼女の緊張がほぐれるなら、それでいい。


「ああ、自己紹介がまだだったね。わたしはニコル。このラウム魔術学院の卒業生で、今は外部のお手伝いとして来てる。君の名前は……いや、その前に言葉はわかるかな?」


 俺が声をかけると、少女はぴょこんと跳ねるようにして姿勢を正した。

 この子、仕草がいちいち小動物っぽくてかわいいな。


「ボクはソラというのです。あの……失礼ですけどラウム魔術学院ってどの国にあるのでしょうか? それとご主人さまはどこに?」

「あー、そういえば、召喚術の暴走でこっちに来たんだっけ」

「ニコルちゃん、ソラちゃんも魔神の一種ってことになるの?」

「異界から召喚した生物は全て魔神扱いだから、そうなるかな」

「えぇ……」


 ミシェルちゃんの問いに、俺は自己流の解釈を答えておく。実際、そういう存在も結構いるという。突如この世界に現れた邪竜や、あの白い神様もその一種らしい。


「凄く失礼なこと聞くけど、ひょっとして『人類滅べ』とか『人間ミナゴロシ』とか考えてないよね?」

「そんなロックな主義、ボクは持ち合わせていないのです」

「あ、ボクっ子だ」


 ツッコミどころはそこじゃないかもしれないが、何となくそこに反応してしまった。

 それにしても『ご主人さま』か。


「ひょっとしてソラちゃん、奴隷か何か?」

「あーー……」

「たいへん、なら解放してあげないと!」

「あー大丈夫なのです、元ですから」


 奴隷にいい印象を持ってないミシェルちゃんは、その単語を聞いていきり立った。

 クラウドも頷いて同意を表している。

 この二人は奴隷商にひどい目に遭わされたからな。主にマテウスのせいだが。



「何となく事情はわかったのです。帰る方法ってあるのでしょうか……ご主人さまが心配なのです」

「うん? 元なのにご主人さま?」

「色々あるのです」

「解放されてるんだよね?」

「そこは、はい」


 どうやら話したくない事情がありそうなので、これ以上は突っ込まない方がいいか。

 だが心配する人がいるのなら、早く帰してやらねばならないのも事実。


「わかった。召喚術とか全然専門じゃないけど、まずは調べてみよう」

「調べるって、ニコル様に心当たりがあるのですか?」

「困った時の神様頼みってね」

「……ものすっごい嫌な予感するんですけど」

「え?」

「いえ、ちょっと神様には海より深い恨み辛みがあるので……」

「それはちょっとって言わないと思う!? とにかく、帰すための手掛かりなんだから、攻撃とか仕掛けないでね?」

「ボクに攻撃力はないので大丈夫です」


 魔法に関して俺の知識は当てにならない。こういう場合はマクスウェルが最適なんだけど、それ以上の知識を溜め込んだ存在に心当たりがあった。

 風神ハスタール。最初はアストと名乗っていた、あの男だ。本当は白いのの方がいいかもしれないが、所在不明な上に頼り甲斐の面で完敗である。

 奴は引き籠りなので所在もばっちり。転移魔法ですぐにでも押し掛けることができる。


「それじゃさっそく――」

「迷子のお知らせがございます。ストラールよりお越しのニコルさん、神様(笑)を名乗る白い子を保護しておりますので、至急事務室までお越しください」

「……目的地変更。事務室へ」

「……迷子放送?」


 ソラちゃんは首を傾げて不思議そうにしているが、フィニア以下ミシェルちゃんに至るまで『あー、ありそう』という顔をしていた。


「一応、放送に出てた白いのも神様なんで」

「あー、名乗っても信じてもらえないやつですか。迷子扱いとは好感度高いですね」


 なぜかソラちゃんの好感度が上がってる模様。あの白いのの好感度が上がってもご利益はなさそうだけど。

 ともあれ、居場所が分かっているなら話は早い。早速移動しようと席を立とうとしたが、ソラちゃんはどこかそわそわした雰囲気で、ぐずっていた。


「どうかした?」

「あ、いえ、お菓子もったいないなって」


 何か言いにくそうに、もじもじとしている。その様子で察せられないほど、俺も鈍くはない。


「ああ、じゃあ食べてから行こうか。クラウド、先に行って足止めしてて?」

「俺かよ!?」

「今からガールズトークするのに、一緒にいる気?」

「いや、レイド様だって男だったじゃん」

「そこでそれを持ち出すかな」

「ん、男!?」


 なぜか男という単語に反応して、挙動不審に視線を泳がせるソラちゃん。奴隷って言ってたから、実は男性不信なのかもしれない。

 そんな彼女と結婚して、しかも嫌がる様子を見せていないのだから、『ご主人さま』とやらは愛されているな。

 その挙動不審をクラウドに示し、それを察した彼は溜息一つ残して事務室へ向かった。

 ここいらの察しの良さは、前世の俺以上に良いかもしれない。




 軽くお菓子を摘まんでから事務室に向かうと、そこには口に飴を突っ込まれた白い幼女の姿があった。


「まったく失礼なんですよ! わたしは神だと言っているでしょう!?」

「はいはい、おとなしくしましょうねぇ」

「聞いてるんですか、まったく! ぺろぺろ」

「そこで飴舐めるから子ども扱いされるんだよ」


 見ろよ、ソラちゃんにまで『なんだこれ』って目で見られてるぞ。


「ああ、ニコルさん、ちょうどいい所に!」

「それはこっちのセリフ。ちょっと困ったことになってね」

「困ったことですか?」


 なんだろう、この言葉遣いといい、雰囲気といい、なぜかソラちゃんと破戒神に共通事項が見受けられる気が。


「実は……」


 なんにせよ、今は彼女を元の世界に戻してあげることが先決だ。

 待っている人がいるのなら、なおのこと一刻を争う。

 白い神は事情を聞いて小さく頷いた後、『任せてください!』と胸を叩いた。


「要は送還魔法を用意すればいいのですよ」

「そんな簡単にできるのですか?」

「問題は戻る人が自分送還魔法を使わないといけないことくらいですかねぇ。その人が元居た次元とか、その人でないとわかりませんから」

「うぅーん……魔力量ならともかく、難しい魔法の理論や行使は自信がないのです」

「そこはそれ、裏道はいくらでもあるのです。ここに外部タンクになるニコルさんもいますし」

「補助が受けられるのならなんとか……はぁ、ご主人さまがこの場にいれば話は簡単だったんですけど」


 二人で納得してくれているのはいいが、俺は体よく利用されることが決定なのか?

 いや、いいけど。

 そういうわけで俺たちは、破戒神と一緒に再び地下の図書室に舞い戻っていた。

 破戒神が図書室の床に白墨のような物で魔法陣を描き始め、その間にどこからともなく取り出した一冊の本をソラちゃんに手渡していた。


「ここに書かれている呪文を唱えてもらいます。文字は読めますか?」

「理解できますね、なんとなくですけど」

「きっと転生による能力付与でも働いているのでしょう。それでは、詠唱を始めてください」

「……なるほど、複雑な気分です。でもわかったのです」


 ソラちゃんが呪文を唱え始めると同時に、魔法陣が光を発していく。

 そして唱え終わるとその光は一際激しくなり、彼女を視認するのも難しいほどになった。


「ニコルさん、お菓子ありがとうでした、本当にお世話になったのです」


 あとは術の発動を待つだけという状態になって、彼女はそう俺に告げてきた。

 心からの感謝の言葉に、俺も手伝ってよかったと感じられた。


「このお礼はいつか、もし出来る機会があればするので――うっ」


 言葉の途中で、彼女は目が眩んだらしく、一歩前に踏み出していた。

 そこは魔法陣の外で、俺は反射的に彼女を支えようと手を伸ばす。

 そして視界は光に包まれ、俺たちは見知らぬ森の中にいた。


「ど、どこだここぉ!」

「ご主人さまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 森の中には俺たちしかいない。ソラちゃんも狼狽して絶叫していた。

 そんな二人っきりの状況で、ただ茫然と立ち尽くしていたのだった。

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