第485話 転入生のお約束
翌日になって、本格的に高等部に登校する日がやってきた。
今回は錬金術の単位もある。これはレティーナの強力な薦めによって取得することにしたものだ。
レティーナが目立つ行動をし、俺がその隙に調査するという体制を想定している以上、同じクラスにいるというのは悪くない状況といえた。
そしてなにより、錬金術の単位を取っておくと、薬品管理の関係者に話を聞きやすいということもあった。
登校してまず職員室に顔を出し、担任教師に挨拶をする。
男性のその教師は一瞬俺に見惚れたような気がしたが、その後は転校に関する注意点などを告げ、教室に向かうことになった。
今回は眼帯を着けたままなので、魅了の効果はないはずなのに。
朝の朝礼が始まり、まずは教師が先に教室に入り、しばらく廊下で待たされた後、中から声がかかる。
その声に答え、俺はできるだけお淑やかな足取りで教室に入った。
マクスウェルに仕込まれた淑女モードのスイッチを入れ、やや緊張した面持ちで教卓の横に立つ。
「彼女が今日から一緒に学ぶことになった、ニコル君だ。皆も知っていると思うが、六英雄のライエル様とマリア様のご息女であり、本人もベリトの英雄でもある。彼女からも学べることも多いだろうから、仲良くしてあげてくれ」
「せ、先生、その辺で……」
俺が言うべきことではないが、こうして聞かされると気恥ずかしさがとんでもない。
俺はアワアワと手を振って、教師の言葉を遮った。正直見世物になった気分で落ち着かない。
しかし、クラスの反応は良好だったようで、そこかしこから、『すごい』とか、『かわいい』とか、『大きい』という声が聞こえてきた。
最後の奴、どこを見て大きいと思ったのか正直に答えろ。
あとレティーナは、なぜドヤ顔をしているのか?
「え、えっと……ニコルです。今日からよろしくお願いします」
さっさとこの苦行を終わらせるべく、ぺこりと勢い良く頭を下げる。
俺の行為に教師も意図を察知したのか、紹介を早々に切り上げてくれた。
「ではニコルさんの席は……ヨーウィさんの隣の席で。彼女とは幼馴染なんだって?」
「はい、そうしていただけるとありがたいです」
教師も俺とレティーナが顔見知りなのは知っているようだった。
元々王都ラウム出身の生徒はあまり多くない。ラウムにも魔術学院の高等部があるため、ここまで出張ってくる必要が無いからだ。
しかしレティーナはカインの調査のため、ここまで留学している。それは非常に目立つ行為だった。
だからこそ、彼女は自分が囮として動くことを提案してきたのだ。
「よろしく、ニコルさん」
「うん、よろしく。レティーナ」
久しぶりの再会を演出するために、俺たちは白々しい握手をしてみせる。
そして教師が伝達事項を告知したのち、教室から退室する。
それを待っていたかのように、俺の周りには他の生徒が群がってきた。
「ニコルさん、ベリトのお話を聞かせてください!」
「すごい綺麗な髪ね。いったいどんな手入れを?」
「その眼帯、目が悪いのかしら? 綺麗な瞳なのにもったいないわ」
「おっぱい大きいね、揉んでいい」
男子生徒だけでなく、女子生徒まで集まってくる。
魅了を抑制する眼帯を着けているが、前日の入寮の際に裸眼を晒していたことと、先ほどの教師の紹介で否応なく注目を浴びてしまった。これでは魔道具の抑制効果も意味がない。
それと最後の男子生徒、貴様は近寄るな。
「はいはい、ニコルさんが混乱してるでしょ。授業もあることだし、自分の席に戻ってくださいまし」
「えと髪は特に手入れとか……目は光に弱くて」
「それとサリヴァン君はあとで校舎裏折檻コースですわ」
「ありがとうございます!」
なんとなくラウムの冒険者と似たノリのバカがいるが、これは放置しておこう。レティーナが後でしかるべき処置をしてくれるはずだ。
それより、これから授業が始まる。それはつまり、カインの部屋を調査するにはもってこいの時間とも言える。
どうにかして授業を抜けたいところだが、転入初日から授業を抜け出すのは、なかなかに難しい。
それをレティーナに相談することも、この状況では不可能だ。
「うーん、どうしたモノか……」
「ほら、ニコルさんが困惑してるじゃないですか。彼女は昔から身体が弱くて目を離すとすぐ気絶してたんですから」
「へー、そうなんだぁ」
「深窓の令嬢っぽい。見かけ通りなんだね」
「でもベリトでは、教皇様を襲おうとした暴漢を取り押さえていたんでしょ?」
「俺も取り押さえられたい」
「誰かサリヴァン君をつまみ出してくださいまし」
レティーナが治めようとしても、年頃の子供というのは騒々しいモノだ。一向に解散するそぶりを見せないまま、最初の授業の鐘がなってしまった。
「あなたたち、なにしてるの! 高等学院の生徒たる者が嘆かわしい」
ガラリと教室のドアを引き開け、最初の授業の教師が入室してくる。
細長い眼鏡を着けた、四十絡みのヒステリックそうな女教師だった。
コルティナも眼鏡を着けることもあったので、どことなく懐かしい。もっとも彼女はそれほどヒステリックではなかったが。
「今日は新入生が来ているのでしたわね。教科書は届いているかしら?」
「えっと、まだ届いてません」
「そう? では隣のヨーウィさんに見せてもらいなさい」
「はい」
俺が教師の質問を受けている間、他の生徒たちはこそこそと自分の席に戻っていった。
もちろん教師もその動きに気付いているが、自分の席に戻るのなら叱る必要もないので、見逃していた。
俺はレティーナの席に自分の席を寄せ、教科書を見せてもらうことにした。
こうして俺の転入行事は終わったのだった。
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