第486話 授業開始

 教室が落ち着きを取り戻した段階で授業が開始された。

 最初の授業は、くだんの錬金薬学。ポーションなどを作るための授業だ。


「では、この前の続きから始めます。まず薬草になる植物の種類は……マクシミリアーノ君、答えなさい」

「は、えっと……殺菌のためにキハダの樹液を混ぜたミルドの葉の粉末を混ぜて完成?」

「ミルドの粉末は消炎作用のためです。肝心の切り傷に効く薬が抜けているじゃないですか。ヨーウィさん、答えて」


 サリヴァンと呼ばれていた少年が、どうやらマクシミリアーノだったらしい。彼が立ち上がり、しどろもどろに答えていたが、どうやら不完全な答えだったようだ。

 その補足をレティーナに求める女教師。

 レティーナは音もなく椅子を引き、颯爽と立ち上がる。こうやって見ると彼女も美少女に育ったものだ。ミシェルちゃんやフィニアとはまた違う系統の美少女である。

 もっとも胸はさほど育っていないようだが。


「ガマの花粉の効能を補助薬に浸して取り出し、それを先ほどの二種と混ぜて魔力を注ぎ、即効性を上げれば完成になります」

「はい、正解。マクシミリアーノ君はもう少し復習をきちんとしとくように」

「はーい」

「他にも鎮痛と強壮の効果のあるナツメを混ぜるのもいいですね。ですがそれらを混ぜるのは加減が難しいので、最初は教科書通りに作るといいでしょう」


 それからも女教師は一般的な傷薬や毒消しの処方を生徒たちに教授していく。

 俺はそれをノートに書き写しながら、レティーナに囁きかけた。


「授業の時間にカインの部屋を調べたいから、何とか抜け出す方法はないかな?」

「え、難しいですわね。生徒に勉強させるのが教師の役目ですから、どうしても監視の目はきつくなりますもの」

「そこをなんとか。フィニアやミシェルちゃんじゃ、隠密行動は難しいし」

「ウッカリ者のミシェルさんやクラウド君では調査は難しいですもの。フィニアさんではダメですの?」

「フィニアも元はメイドだからね。鍵のかかった部屋に潜り込むのは難しいと思う」

解錠アンロックの魔法があるじゃないの」

「それは干渉系の魔法だよ。フィニアには使えない」


 精霊の力を借りる四属性を得意とするフィニアだが、俺とは逆に干渉系の魔法は使えない。

 彼女の魔法は汎用性は確かに高いのだが、さすがに魔法だけで侵入調査を行うのは無理だ。

 そういった技能は俺の専売特許である。フィニアだけで室内を調べるとなると、さすがに不安があるので、俺が行かねばならないだろう。


「確かにニコルさんなら侵入も調査も簡単にできるでしょうけど……そうね」


 そこまで言うとレティーナは考え込んでしまった。

 生徒である以上、授業には出なければならない。それは上級生でも同じで、カインも今頃は授業を受けているはずだった。

 そして教師の目が届かない課外時間も、カインと同じ時間帯になる。つまり奴のいない時間は、俺も拘束されてしまう状況だった。


「ニコルさんお得意の気絶でもすれば、保健室に行く口実で抜け出せるんですけど」

「気絶っていうのは、自由自在にできるモノじゃ無いんだけど?」

「それは理解してますけど、それに近い頻度でできるのがニコルさんじゃありませんか」

「その認識は大きく違う」


 学生時代は確かに頻繁に気絶していた。しかし体質が改善され、修行に明け暮れた結果、今の俺はそう簡単に気絶したりしなくなった。

 レティーナの認識は昔のままで止まっているんだろう。


「わたしもあれから三年、冒険者として鍛えているんだから、そんなことないし」

「そうかしら? 本質なんて変わらないものですわ?」


 そんな話をしているうちに、最初の授業は終わってしまった。

 そして次の授業への休憩時間。おそらくいつもなら転入生の俺の周りにまた人だかりができるのだろうが、次の授業は実際に調合する調薬の授業だった。

 調薬の授業は特別な教室に移動する必要がある。

 換気のいい場所じゃないと、空気中に蒸発した薬効成分に中毒になってしまうこともあるからだ。


 俺もレティーナに案内されて、調薬室へと移動する。

 そして先ほど授業で受けた傷用のポーションを作る授業に備えていた。

 ポーションでは魔力を使って薬効を圧縮し抽出する必要がある。

 そのために使う魔晶石などを用意する必要もあった。

 他の生徒も、さすがに俺にかかずらっている場合じゃなかった。


 それぞれが席に着き、授業に備えて乾燥させた薬草や魔晶石を用意している。

 俺やレティーナもまた、同じように準備していた。

 そして次の授業の鐘がなる。ほぼ同時に教師も入室してくる。

 教卓に立ち、全員が参加していることをチェックした教師は、さっそく調薬の授業を始めた。


「前回はミルドの粉末を作りましたので、今日はガマの花粉から薬効を取り出し、補助薬に浸透させる作業を学びましょう」


 この授業の教師は気の弱そうな男性教諭。事務的に調合手順を説明し、作業に入った。


「キハダの樹液は薬品倉庫にあります。ガマの薬効を抽出した人から傷用のポーションの調合に入りましょう。ニコルさんは前回はいませんでしたので、ミルドの粉末はヨーウィさんから分けてもらってください」

「わかりました。レティーナ、余分ある?」

「多めに作っておいてよかったですわ。三本分くらいはあります」


 俺はレティーナから予備の粉末を貰い受け、ガマの薬効抽出を開始した。

 まるで棒状のお菓子のような形状のガマの穂をから、表面の花粉を小皿に削ぎ落としていく。

 粉末が空気中を漂い、換気のための穴から吸い出されていく。


「ケホッ、意外と舞い上がっちゃうね」

「制服にまで臭いが付いちゃいそうですわ」


 ヘラを使って削ぎ落とした花粉を、補助液に浸して魔力を通す。

 こうすることで薬効成分が補助液に染み出し、ポーションの基礎薬になる。

 しかし魔力を通している最中、俺は軽いめまいを覚えていた。


「な、んだ……?」


 俺の魔力量は人より遥かに多い。この程度の魔力消費では、ビクともしないはず。

 なのに視界が歪み、足元がふらつきだす。

 そこで俺は気付いた。

 俺は花粉を集め、そのまま補助液に流し込んだ。その時に舞い散った花粉が、俺の放った魔力に反応している。

 それを俺は大量に吸い込んでいたということに。


 魔力を吸い込み、薬効を大量に放出し始めた花粉を大量に吸い込み、中毒を起こしていた。

 だからといって、呼吸を止めるわけにはいかない。口元を押さえる手も覚束ない。


「ニコルさん?」


 そんな俺に気付き、身体を支えようとするレティーナ。

 しかし成長した俺は彼女の腕力で支えられるような体重ではなかった。

 もつれ合うようにして倒れ込む俺たち。

 こうして俺たちは、めでたく授業を抜け出すことに成功したのだった。

 俺の意識はなかったけど……

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