第146話 転移魔法陣
そして二日後。遠足の日がやってきた。
目的地は、小さな領地とは言え辺境の田舎町。子供の足で日帰りできる距離のはずもない。
そこで冒険者ギルドが提供する転移魔法陣を利用した、ちょっと豪華な小旅行となる。
転移魔法陣は起動するのに大きな魔力を必要とするため、術に必要な魔術師も多く必要で、それに応じて料金も高い。
だが魔術学院には馬鹿げた魔力の代名詞とも言えるマクスウェルがいた。
奴ならば一人でも術式の起動が可能だ。
しかも転移魔法陣の仕組み自体も知っている。ギルドが拒否した場合、自分で陣を構築してしまうので、ギルド側とすれば金を受け取った方がマシという有様である。
そんな訳でこの旅行には、冒険者ギルドは非常に好意的に対応してくれていた。
「ハーイ、皆さんこっちに並んでください!」
ギルドの職員が丁寧な口調で俺達生徒を誘導していく。記念に飴玉までくれるサービス具合だ。
それもそのはず、本来転移には飴玉一袋分と同じ体積の銀貨が必要になる。
ところがそれを、マクスウェルがポンと出してくれているのだから、笑顔にもなろうというモノだ。
並ぶ俺達も育ちのいい貴族が多いとは言え、しょせんは十歳程度のお子様達。
久し振りの遠征とあって、テンション上がって騒いでいる子供も多い。
学院は年に一度はこういう遠足を定期的に開き、見聞を広めるという口実で旅行に連れ出している。
俺も学院では、これが四度目の旅行になる。
はしゃぐ子供をあやす職員には申し訳ないが、いい息抜きになっているとも言えた。
「そんな息抜きなのに、なぜお前はここにいるのか?」
「おや、ツレないな。私は貴方の身が心配でこうして付き添っているのに」
「必要ない。あっちいけ」
一生徒の俺にまとわりつく、非常勤教師が一名。言うまでもない、エリオットだ。
二十歳を超えているいい男がお子様にまとわりつくんじゃないよ、本当に。
「まあ、正直に言うと下心も無い事もないんだけどね」
「パパ達の事でしょ。知ってる」
「貴方と結ばれれば、それはご両親とのパイプを強固にする意味も持つ。それは当然の流れです。私にとっては、それこそが生命線」
エリオットは一度滅びた王家の生き残り。
周辺国が北方の安定のために、彼の後ろ盾になって三ヵ国連合を作り上げたと言っても過言ではない。
そのための実行役が俺達六英雄だった。
つまり、エリオットは王家の威厳も権威も、他国より劣る。
下手をすれば元他国の臣下に、傀儡にまで貶められる。
そんな情勢をかろうじて抑えていたのが、実行役を請け負った俺達だ。
彼からすれば、俺を引き入れてライエル達の協力を確固たるモノにしたい気持ちは非常によくわかる。
「素直なのは認めるけど、普通権力闘争の為って口にする?」
「なぜかあなたには、全て打ち明けておいた方が良い結果を招く気がしまして」
「それ、『あれ』から聞いたの?」
「ああ、『あれ』からは何も」
俺が視線を向けた先には、しれっと教師の振りをして護衛の仕事に励んでいるプリシラの姿があった。
教員用のスーツを着ているのだが、見掛けが年若い分、強烈に似合っていない……それはコルティナも一緒か。
俺の横になぜか非常勤教師(王族)がいるため、いつもなら当然のような顔で隣を陣取るレティーナも近寄ってこない。
マチスちゃんも、この正体不明(笑)な教師が不安で、寄ってこない。
つまり、こいつが俺のそばにいると、俺がボッチに陥ってしまう。
「友達が寄ってこないから、どっか行って欲しいんだけど?」
「いやー、私も今回の遠足は楽しみにしていたのですよ」
「話聞いてる?」
「ほら、私は城から出た事がほとんどないので」
「コルティナー、この不審者、どっかやって!」
俺はついに我慢できず、援軍を要請した。
それを聞きつけ、生徒の引率を行っていたコルティナがこちらに駆け寄ってくる。
彼女はエリオットに対して特に悪印象は持っていないが、それでも俺に近寄る『虫』には敏感に反応するのだ。
「はーい、そこの不審者、とっとと仕事しやがれー」
「ああ、コルティナ様、そんなご無体な!?」
襟首を引っ掴んで、エリオットを連行していくコルティナ。
幼少期から面倒を見てきただけに、エリオットが国王とは言えコルティナには頭が上がらない。
本当なら、俺にも頭が上がらないはずだったんだがな。
まあ見ているがいいさ。いずれお前は俺の魅力によってメロメロの骨抜きにされてしまうのだ。
いや、今の俺じゃなく、変装した俺だけど。
ともかく、やたら貴公子然としたエリオットが俺のそばから消えた事で、マチスちゃんとレティーナが寄ってきた。
正直、あいつよりはかわいい女の子にまとわりつかれた方がうれしいので、これは助かる。
「エリオット先生って変な先生よね?」
「そ、そうですわね……」
マチスちゃんはエリオットが連合の国王である事は知らない。
それを知っているレティーナは、どう対処した物かと頭を悩ませていた。幼いながらに、奴の立場を公表してはいけないことは理解しているらしい。
「あ、エリオット先生、向こう行ってくれたんだ?」
「ミシェルちゃん、どこに隠れてたの?」
「あっちの方」
今回の遠足には冒険者支援学園も参加している。なのでミシェルちゃんも、この場にいたはずだ。
だがエリオットがそばにいる間は、彼女も近付いてこない。
「あの先生、わたしもちょっと苦手で。ごめんね?」
可愛らしく手を合わせて謝罪する彼女を見て、誰が怒りを現せよう。
エリオットは年頃の貴族の娘ならば、瞬く間に恋に落ちそうな外見だというのに、彼に対する子供達の反応はすこぶる悪い。
やはり表面を取り繕い慣れた仕草に、本能的に違和感を覚えているのだろう。
子供はそういう雰囲気に敏感に反応するのだ。
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