第383話 活動再開

 俺たちの休暇は瞬く間に過ぎていった。

 途中、ドノバンが急襲をかけてきて、食事会に拉致された一幕もあったが、おおむね平和に身体を休めることができただろう。

 そして三日が過ぎ、冒険者として再活動する朝。


 俺たちはカウンターの前で頭を悩ませていた。


「公園のドブ攫い、迷子の犬の捜索、倉庫の屋根の修理……」

「こっちはお使いだね。パン屋さんが小麦粉三十キロ買ってきてだって」

「こちらは南門前で荷下ろしの仕事ですね。キャベツが荷馬車三台分運び込まれるそうです」

「こっちはいかがわしい店のチラシ配り……って、未成年もいるのに、こんな仕事斡旋するなよ!」

「クラウド君のえっちぃ」

「濡れ衣ぅ!」


 本格的に冒険者家業を始めるにあたり、ガドルスに仕事を斡旋してもらった結果がこれである。

 どれもこれも街から出ない、それこそ何でも屋のような仕事ばかりだった。


「ガドルス、どういうこと?」

「どういうとはなんじゃ。お前たちは第一階位だろう? だったら適当なのはこの辺りの仕事だ」

「いくらなんでも子供のお使いみたいな仕事ばかりじゃない!」

「ニコルよ。お前は確かに、ラウムではそれなりに認められていたのかもしれん。だがここはストラ―ルだ。そしてお前たちは大半が未成年の駆け出し冒険者だ。そんな連中に重要な仕事や街の外の仕事は斡旋できん」

「でも……」


 なおも言い募ろうとする俺に、ガドルスは背を向け料理を再開する。別の客の朝食を作るためだ。

 ガドルスとて俺たちの実力は把握している。彼が知らないことといえば、ミシェルちゃんの実力と俺の真の力くらいだろう。

 それでもなお無難な仕事しか仲介しないというのは、何か意味があるのかと勘ぐってしまいかねない。

 そう……ライエル辺りから過保護な干渉があったかどうか、だ。


「そうだな。仕事が気に入らんのなら、この店の給仕でもやってみるか? お前たちなら大歓迎だぞ」

「ぜぇったいヤだ!」


 別に給仕の仕事がいやというわけではない。ガドルスならば、変な服を着せられることもないだろう。

 だがフィニアは別だ。彼女は俺を着飾らせることになると、目の色を変える。

 給仕の仕事となると、俺以上に彼女が張り切り、俺を飾り立てようとするのは目に見えている。

 だから俺は、即断でガドルスの申し出を断った。


「そうか。お前たちが給仕をしてくれたらという客が何人もいるから、期待したんだがな」

「とりあえずそいつらをリストアップしておいて。後でパパに知らせておくから」

「鬼か!?」


 俺の返答にさすがのガドルスも動揺した。俺が絡んだ時のライエルの狂騒をよく知っているからだ。

 背後で残念そうな顔をしていた数人の客は、事態の切迫を知らず首を傾げている。

 彼らもやがて、ライエルの恐ろしさを知ることになるだろう。


「それより、いいかニコル。ワシもお前の力を知らぬわけではない。だが他の冒険者たちはそれを知らん。ここでお前たちを特別扱いすることは、お前たちにとってもよくないことだ」


 その説明で、ガドルスは俺たちが立場を利用して、一足飛びに活躍することを危惧しているのだと察した。

 そういう立場の濫用は、周囲の反感を買いやすい。ここで活動するのなら、そういった軋轢は避けておかねばなるまい。


「むぅ、仕方ない……でもここから選ぶってなると、難しいな」

「力仕事はまずダメだよね。クラウド君はともかく、わたしもフィニアお姉ちゃんも力はあんまり無いし、ニコルちゃんは言うまでもなく」

「言うまでもなくって何!? いや、確かに非力な方ではあるけど」

「でもさ。ニコルの強化付与エンチャントがあれば、簡単に済むんじゃねぇの?」

「クラウド、強化付与エンチャントは短時間しか効果が無いんだよ。だから荷下ろしの仕事は難しい」

「そっか。じゃあ小麦粉のお使いも?」

「それは四人で分担すれば簡単かもしれません? でもその分、報酬は安いですけど」


 提示された仕事を受け入れ、どれを選ぶかで皆が検討を始めた。

 ミシェルちゃんとクラウドはともかく、フィニアも積極的に意見を出していることが素晴らしい。

 五日の旅と三日の休日で、かなり他のメンバーに馴染んできたようだ。

 控えめな性格の彼女は、こういう場面では口籠ってしまうことが多かった。


「じゃあ、迷子の犬探しは?」

「土地勘が無い私たちでは、自分が迷子になってしまいそうです」

「となると、残ったのはドブ攫いと屋根の修理か」

「あとはチラシ配りだな」

「クラウド君のえっちぃ」

「なんでだ!」


 ミシェルちゃんの非難を受けるクラウドだが、俺としてもチラシ配りは反対だ。

 ミシェルちゃんは歳に似合わぬ成長を見せているし、フィニアは言うまでもなく可憐な美少女である。

 いかがわしいチラシなど配らせたら、トラブルに巻き込まれるのは目に見えていた。


 そして同様に、彼女たちをドブの泥に汚す仕事も、俺としては断りたい。

 その仕事を否定するわけではないが、やはりきれいな彼女たちが泥にまみれる姿は……


「ちょっとだけ見たいかも?」

「ん、なにかいった?」

「んーや、なんにも」


 俺は小さく頭を振って、煩悩を追い出した。

 泥にまみれ、身体にぴったりと張り付く服。水を弾く珠の肌。紅潮した、臭気に歪む顔。

 少しだけ、ほんの少しだけ見たかったと思わなくはないが、問題はその仕事にクラウドも同行するということだ。

 純真無垢な二人が奴の視線に犯されることは、断じてあってはならない。


「いや、待てよ……小麦粉運びの仕事だけ、クラウド一人にやらせればいいか」

「鬼畜か! いや運べないことは無いけど」

「台車とか借りれば、一人でできなくはないよね」

「その台車が壊れちまって、仕入れができずに困ってるんだと。大型の台車で軽く百キロ以上運べる奴だっただけに、すぐに修理とはいかないらしい。で、手持ちで運ぶとなると三十キロでもかなりキツい。だからこっちに依頼してきたんだとよ」

「へぇ」


 依頼の詳細をガドルスが補足する。しかしその手は調理を止めていない。奴もこの仕事に慣れたものだな。


「数日は担いで運ぶことになるんだが、それを代行してくれって依頼だ。この店にもパンを卸してるんで、ぜひ受けてもらいたいところだがな」

「むぅ、そう聞かされると断れないじゃない」

「じゃあ、こっちの倉庫の屋根の修理っていうのは?」

「でっかい商会の品を収めている倉庫の屋根が壊れちまったらしい。結構でかい倉庫だから、身軽な者に来てほしいだってよ。高さはこの宿と同じくらいはあるんじゃないか?」

「ふむ……」


 確かに三階建ての建物に匹敵する大型倉庫ならば、ちょっと登って修理とはいくまい。

 身軽な者か特殊な技能が無いと、危なくてしかたない。しかも高所となると足がすくむものも出てくるだろう。


「じゃあ、仕事を分けよう。クラウドと……力がありそうなミシェルちゃんは小麦粉運びをお願いできる?」

「え、わたしも三十キロ運ぶの?」

「さすがにそれは無理でしょ。でも二人で三十キロなら、できないこともないでしょ。クラウドが二十キロ、ミシェルちゃんが十キロくらい?」

「それくらいなら、まあ……できなくもないかな」


 二十キロというのは結構な重さだが、日頃から大盾を振り回しているクラウドなら、無理な重さではない。

 ミシェルちゃんも支援学園の訓練で、十キロくらいなら充分運べる体力はある。


「で、わたしとフィニアは屋根の修理ね」

「わかりました」


 エルフのフィニアは基本的に身が軽い。俺も前世からの身の軽さが自慢だ。

 それに俺の操糸はこういった作業でこそ真価を発揮する……かもしれない。


「別々に行動するのは少し心配だけど、ここは効率を優先して動こう」

「そうですね。どちらも報酬は高いとはいえませんから、複数受けるのは悪くないかと」


 フィニアも俺の意見に同意する。

 ミシェルちゃんも異論はないようなので、ガドルスにその旨を告げた。

 クラウドの意見? 奴の発言力など、このメンバーの中では無いも同然なのだ。

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