第384話 新しい仕事場

 二手に分かれて依頼を受けることになり、俺はフィニアと連れだって倉庫街の方向へ向かっていた。

 この街は北部三か国連合とラウムの交易における北部の中継点であり、その交易品を納める倉庫も相当量存在する。

 今回の依頼も、そんな倉庫街の一角にある倉庫の修復が目的だった。


「……………………」


 俺と並んで歩くフィニアだが、何かを考えるように指先を顎に当て、上の空で歩いていた。

 横を歩く俺がこっそりお尻を触っても、まったく気が付かないくらいだ。

 彼女が何を悩んでいるかは、ある程度想像できる。

 おそらくは俺のギフトのことだろう。


 レイドと同じ操糸の能力。歳に似合わぬ落ち着きと戦闘力。

 そしてレイドと入れ替わるように現れる、タイミングの悪さ。疑われるべき要素は数多い。

 しかし、操糸の能力については、一緒の冒険を行う上で、必ず知られてしまう事柄だ。変に隠して後で疑われるよりは、早い段階でこちらから打ち明けておき、納得してもらった方が何倍もいい。


「とはいえ、このままってわけにはいかないか?」


 今の状況を放置しておくと、疑惑が膨らんで再びレイドへと思考が向かう可能性がある。

 ここでどうにか納得してもらわないといけないだろう。その辺も含めての、今回の振り分けだった。


「あ、ついたよフィニア」

「ふぇ? あ、はい」


 それぞれが考え事をしているうちに、目的地の倉庫についた。

 そこでは倉庫の管理人と思しき男と、もう一組の冒険者たちが待ち受けていた。


「あ、はじめまして。大盾の守護から派遣されました、ニコルです」

「仲間のフィニアです。今日はよろしくお願いします」


 俺たちの挨拶を受けて、商人はにこやかに右手を差し出してきた。


「今日はよろしくお願いします。私はこの倉庫を管理しているラングと申します。カール交易商店にお世話になっております」

「カール交易商店……この街でも有数の大店おおだなですね」

「はい、よくご存じで」


 その時、握手を交わす俺たち他所に、もう一組の三人の冒険者が口を挟む。

 藪睨みの視線は、あからさまにこちらをよく思っていないようだ。


「大盾の派遣はたった二人、それも女子供かよ。六英雄も耄碌してんじゃねぇか?」

「おい、よせよ。気持ちはわかるけど」

「この倉庫の屋根の修理だぞ。ガキにこなせるものかよ。足手まといを送りつけやがって、やる気ねぇんじゃないか?」


 男の視線を追って、俺は目的の倉庫を見やる。

 ガドルスの宿に負けないほど巨大な建物。高さは十メートル近くあり、横幅はそれ以上。この倉庫街でもかなり大きな倉庫だった。

 だが逆にいえば、それだけ足場が大きいということでもある。


「あの、これだけ大きければ梯子を掛けて登れば楽に修理できるんじゃ?」

「ああ、いえ……お恥ずかしながら屋根の修理といっても、そう簡単にいきませんで」


 ラングさんがハンカチを取り出して、額に浮かんだ汗を拭う。季節は暖かくなってきたところとはいえ、まだまだ過ごしやすい気温だ。ひょっとすると汗っ掻きなのかもしれない。


「最初はそう思って店員を登らせたのですが、どうやら屋根から染み込んだ水分が内部まで腐食させたみたいでして」

「内部ってことは構造材からってことですか?」

「ええ。その際に屋根を踏み抜いてしまったので、迂闊に登ることもできなくなってしまい、冒険者に頼ることになってしまいました」


 屋根修理に冒険者というと変に思われるかもしれないが、冒険者の中には浮遊フロート飛行フライトといった魔法を使える者もいるので、こういった仕事ではかなり役に立つことも多い。

 今回は俺やフィニアではそこまで高度な魔法は使えないが、代わりに有用な魔法を覚えているので、足を引っ張るという事態にはならないはずだ。


「高所作業に有効な魔法ならいくつか使えるから、足手まといにはならないよ?」

「ウソつけ、そんなちみっこいのが重労働なんてできるモノか!」

「まぁまぁ。ガドルス様が選ばれた人材なのですから、間違いはありませんよ」


 ラングさんが取りなしてくれたが、この冒険者が口を荒げる理由もわからないわけではない。

 俺だって高所作業の同僚に未成年の少女がやってきたら、その実力を疑ってしまうだろう。

 ましてや俺もフィニアも、肉体労働など向いていなさそうなほど華奢で可憐な容姿をしている。


「それより、さっそく作業の説明をしましょう。まずは中へお入りください」


 険悪な空気をごまかすように、ラングが倉庫の扉を開けて中へ誘う。

 薄暗い倉庫の中はかすかにかび臭い匂いが漂っていた。


「あの辺りをご覧ください。雨漏りで染み込んだ水滴が梁を腐食させてしまってます。まずはあそこから直していただきたいんですよ」

「なんか一部がへし折れてるね?」

「ええ、最初の職員があそこから落ちてしまいまして。今は応急処置でなめし皮をかぶせて塞いでますが、やはり雨などが染み込んでしまいましてね。商品もいくつかダメになってしまいました」

「それは切実。落ちた人は大丈夫だった?」

「ええ、下に商品の干し肉が置いてあったのでそれがクッションになりました。中は見ての通り全体的に吹き抜けになっておりますので、屋根から降りて梁を直してもらうことになります。大丈夫ですか?」

「修理用の資材はありますか?」

「倉庫の裏に用意しております」


 フィニアの質問にラングさんが倉庫の一角を指さす。

 見ると奥の方に裏口が存在していた。その向こうに用意しているのだろう。


「よし、じゃあ俺たちが上から降りるから、お前らは資材を運んでくれ」

「え、わたしたちの方が身が軽いと思うけど……」

「危険な場所は男が受け持つもんだ」


 自慢げに胸を張って見せる冒険者。どうやらプライドは高いが悪い連中ではないようだった。

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