第505話 屋敷前の騒動

 俺はさっそく寮の自室に戻り、小瓶の中身を精査してみた。

 とはいえ、詳しいことがこの部屋でわかるわけではない。せいぜい少量の飲み残しが小瓶の中にあることがわかるくらいだ。

 デンも帰宅した俺に気付き、そばに控えて万が一に備えている。


「外見はそこいらで売ってるポーション瓶と変わらないな。学院で使ってるのと同じ物か?」

「一見すると違いはなさそうに見えますね」

「陶器製で、材質から遡るのも難しそうだね。中身は……数滴だけ残ってる」

「検査なさいますか?」

「ここじゃ大したことはわからないよ。といっても学院の施設を使うことはできないし、わたしに詳しい知識があるわけでもない」

「では、無駄足ということに?」

「それはないね」


 俺にわからないなら、わかる奴に聞けばいい。

 例えばレティーナ……は、俺とどっこいどっこいの知識しかないので却下。なら教員はどうだろうか?

 そこまで考えて、あまりのバカらしさに首を振った。誰が抱き込まれているかもわからない状況で、教員を頼るのは危険すぎる。


「レティーナもダメ、教員もダメとなると、やはりマクスウェルかな?」

「そうなりますね」

「さいわい今日は魔力も残っているし、ちょっとラウムまで跳んでくるよ」

「護衛は必要ですか?」

「それこそ逆に目立つから。悪いけど、またお留守番してて」


 ただでさえ俺の目立つ風貌のせいで注目を浴びやすいのに、ここでデンまでついてきたら目立って仕方ない。

 逢引きかと変に勘繰られると、呼び寄せてはいけない奴まで呼び寄せそうだ。


「隠密のギフトを使っていくから、デンがいると余計目立つ。悪いけど、お願いね」

「非才の身が恨めしいですね。承知いたしました」

「人には向き不向きがあるってことで」

「私はオーガですけどね」


 デンが軽く冗談を飛ばしながら、俺を見送ってくれる。

 ここで俺が部屋を出ようとしたのは、この学院施設の一部である寮には、魔法の発動を妨害させる設備があるからだ。

 マクスウェルくらいの熟練者ならかいくぐる手段を持っていそうだが、俺程度ではその効果に引っかかり、うまく魔法が使えなくなってしまう。

 だから一旦、学院の外まで出る必要があった。


 俺はデンに留守番を申し付けると、またしても寮を抜け出すことにした。

 一晩に何度も抜け出すと、それだけ人目に付く可能性が高くなってしまうが仕方ない。

 小瓶に残されている薬はごくわずかで、この量だと栓をしていても、蒸発してしまいかねない。

 少しでも早く、成分を鑑定する必要があった。


「ここまでくれば、魔法妨害の影響もないかな?」


 両から少し離れた街路の路地裏に入り込み、周囲に人目が無い事を確認する。

 この辺は貴族が出入りする魔術学院高等部の近辺だけあって、さすがにゴロツキの姿は見当たらない。

 なので、俺のような一見するとか弱い少女が一人で路地裏に潜んでいても、見咎める者はいなかった。


「これなら落ち着いて術を発動できるな」


 俺はマクスウェルやマリアほど魔法に堪能ではないため、大掛かりな魔法は落ち着いた状況でないと発動できない。

 転移テレポートもその一つで、戦闘に使うにはいささか心許ない程度だった。

 光を放つ魔法陣を描き出し、術式を起動。直後、俺の視界がモザイク状に崩れ、再構築されていく。

 そこはすでにメトセラ領ではなく、首都ラウムにあるマクスウェルの屋敷の前だった。


「よし、つい――うひょあ!?」


 上手く発動することを確認し、安堵の息を漏らしかけた直後、俺は背後に鋭い殺気を感じ取り、横っ飛びに回避行動を取った。

 そして身体ギリギリのところを通り過ぎていく剣。


「な、なんだ!?」


 ここはラウムの首都で、ましてやマクスウェルの屋敷の前。

 荒事とはもっとも疎遠な場所のはず。だというのに、周囲をよく見てみれば、黒衣の男たちが屋敷を包囲しており、それをマテウスが一人で押し留めるという、まるで活劇のような光景が繰り広げられていた。

 そこに俺がヒョイと登場したわけなのだから、そりゃ襲撃者からすれば問答無用で斬りかかっても、仕方ないだろう。


「それはそれとして、一体どういう状況なんだよ!?」

「お、ニコルの嬢ちゃんじゃねぇか?」


 混乱の最中に上げた俺の声に、マテウスが耳聡く反応する。

 俺に注意を向けながらも、襲撃者を一人切り捨てているところを見ると、腕に衰えはないらしい。

 相変わらず、俺には羨ましいほどの攻撃の重さをしていた。


「おい、説明しろ! これはどうなっている!?」

「再会して第一声がそれとは、色気ねぇなぁ?」

「そういう問題じゃないだろ!」


 俺は斬りかかって来る襲撃者を躱し、足を払って地面に転がす。そのまま腰のカタナを引き抜き、男の首を薙ぎ払った。

 俺の力では、大人の首を刎ねることはできないが、それでも動脈を裂かれた男はのたうち回って息絶えた。


「どうやら爺さんの締め付けが強すぎたらしくてな。自称改革派カッコ笑いって連中が逆ギレして襲い掛かってきたのさ?」

「そうかよ。それでマクスウェルは?」

「今は大物ぶっ放す準備中」

「は?」


 マクスウェルの口にする大物とは、範囲殲滅魔法だ。

 それも邪竜のトドメを刺したあの魔法レベルのモノである。


「やっべ!」


 俺は即座に踵を返し、その場からの離脱をはかった。

 最初からいたマテウスならともかく、今の俺は飛び込みの、いわば計算外の存在だ。

 マクスウェルが俺を攻撃対象から外してくれると期待するのは、いささか都合が良過ぎる。

 案の定、俺が離脱した直後、屋敷の方角から閃光が迸り、男たち悲鳴が轟き渡った。


「まったく、無茶しやがる……」


 タイミングが悪ければ、俺も巻き込まれていただろう。そう考えれば運が良かったとも言える。

 とりあえず命拾いしたと安堵の息を漏らし、再び屋敷へと向かったのだった。

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