第352話 最後の身体測定

 持ち帰ったイノシシ肉は、それぞれの家庭で処理されることになった。

 今回の量は七キロ程度なので、家族で食べるにはそこそこのボリュームがあり、ほどほどに日持ちする量だ。

 クラウドの孤児院ではシチューを作り、それをおすそ分けしてもらった。

 正直言うと、ウチが一番肉が余るので、処分に困った面はあるが、お返しにフィニアが煮込み肉を大量に作って押し付けて、事なきを得ていた。

 この間受けたミクスス茸の余った分をこっそり持ち帰っていたので、煮込み肉にピリリとした味付けが付いており、好評だったようだ。


 そうして残る学院生活も日数が少なくなっていき、教室内が少しずつざわめきだしてきた。

 卒業間際となると、それなりにイベントも多くなってくる。

 この日に行われる身体測定なども、その一つだ。


 入学時の測定結果を合わせて、この学院に在学中にどれくらい成長したかを、生徒とその両親に報告するのが目的らしい。

 俺たち生徒にも入学時の数値が記入された用紙が配られており、それを確認することができる。


「うぬぅ、我が事ながらすさまじい寸胴具合」


 入学時の自分の数値を見ると、やはり子供体型と言わざるを得ない。いや当然なのだけど。

 だがそんな俺の隣で、もっと渋い顔をしている人物がいた。

 言うまでもなく、レティーナだ。


「うぬぬぅ……」

「レティーナはあんまり変わってないね?」

「し、身長は少しは伸びてますし! ちょっとスリーサイズの比率が変わらないだけで……」

「で、でもほら、レティーナ様も少しだけ胸の数値が増えてますわよ」


 俺の隣からひょっこり顔をのぞかせて、マチスちゃんが指摘する。

 彼女もこの数年で大きく成長し、胸のふくらみなども目立つようになっていた。

 彼女の場合は生活が裕福なせいか、全体的にふっくらとしてきている。おそらくはフィニアが言うプニプニ感をもっとも表現できているのは、彼女だろう。

 なお、彼女が指摘したレティーナの増加分は、ほぼ誤差と言って差し支えない。


「それより早く着替えませんと、遅れますわよ」

「あ、そうだった」


 さすがに高学年ともなると、男子と同じ教室で服を脱ぐわけにはいかない。

 教室の一部には仕切るためのカーテンが設置されており、その向こうで女子が着替えることになっていた。

 測定する医務室までは、ここから上着を羽織って向かうことになっている。

 女子が一塊になってその一角に集まり、カーテンを引いて視線を遮る。

 そこで各々が着替えを始めたところで、外がざわめくのを感じ取った。


「おい、お前行けよ」

「え、ヤだよ。でも……」

「これが最後のチャンスだぞ」

「じゃあ俺が……」

「どうぞどうぞ」


 どうやら男子諸君はカーテンのこちら側に突入して、見納めの暴挙に出ようとしているようだった。

 俺はその気配を察し、カーテンの隙間から首だけを出して牽制する。


「ダメだよ?」

「うっ!?」

「こっちきたら、コルティナに言いつけるからね?」

「あうぅ……」


 カーテン前で群れていたヤンチャ男子一行は、その一言でしおしおと勢いを無くす。

 彼らも魔術学院に通うだけあって、大半は貴族や富裕層が多い。

 そんな権力におもねる連中が、コルティナという発言力の大きい人間を敵に回せるはずがない。

 俺の牽制に男子がしおれても、これは無理がない話である。


 だがこの時、俺は男子に気を取られ過ぎて、背後の不穏な気配に全く気付くことができなかった。

 その悪魔は俺の背後に忍び寄り、こっそりとその悪意の手を伸ばす。


「どーん!」


 そう言って俺を背後から突き押したのは、先ほど散々揶揄されていたレティーナだった。

 無論エルフで小柄な彼女の突き押しなど、大した威力があるわけではない。

 しかし完全に不意を突かれた俺は、その一撃に耐えることができず一歩前に踏み出してしまった。


 そしてカーテンの手前で首だけ出していた状態から一歩踏み出すということは、その向こう側に足を踏み出すということでもある。

 結果的に俺は上半身裸の状態を、衆人環視の中に晒したことになる。


「うおおおおおぉぉぉぉおおおううぅぅぅ!!」


 その時の男子たちの歓喜に染まった声を、俺は一生忘れることはできないだろう。

 奴ら、絶対記憶を消してやる。物理的に。


「ふっふっふ、先ほど散々弄ってくれた仕返しですのよ」

「レティーナ、これはさすがにヒドイ!」


 俺は胸元を隠しながら、レティーナに抗議する。しかしその一瞬は多くの生徒に目撃されてしまった。

 そして目ざとい生徒は、さらなる事実に気が付く。


「あれ、なんだかニコルさんの胸元、赤くなってなかった?」

「それって、ちく――いや、その、それじゃないのか?」

「いや、それとは違ってその脇というか横というか」

「まさか、ききき、キスマーク!?」

「なんだと……誰と? いや、敢えて聞くまい!」


 エキサイトする男子諸兄。いや処刑囚。

 ざわつく教室内に、さらに問題児が踏み込んできたのは、その時だった。


「こーら! さっさと医務室に来なさ――なにこれ、ニコルちゃんの公開羞恥プレイ?」

「誰がだ!?」


 反射的に手に持った上着を踏み込んできたコルティナに投げつけてしまい、更に隠すことに難儀してしまったのは、余談である。

 ちなみに結局俺に上着を掛けてくれたのはマチスちゃんだ。

 君をミシェルちゃんとフィニアに次ぐ、癒し三号に認定してやろうと思う。

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