第410話 当面の目標
クファルは仲間と共にフォルネウス聖樹国へと向かっていた。
大陸中央に存在する、この大陸でも最も大きな国であり、折れた世界樹ユグドラシルを擁する世界樹教の総本山。
そこで不足している生贄を確保し、ついでに魔神を使った騒動を起こし民心に不安を煽る。
その目的のために歩を進めていた。
「しかし予想以上に進まないものだね」
「徒歩の旅だからな。暢気な旅なら風景を楽しむ余裕もあったのだろうが」
「目的があるからね。こうなると干渉系魔法の転移魔法が欲しくなってくるよ」
「あれは一度訪れて、脳内に位置情報を刻み込む必要がある。どのみち一度は歩いて向かう必要がある」
「やれやれ。魔法も万能ではないということか」
肩を竦めて歩を進めるクファル。そこに町にいたときの不機嫌な様子が無いことに気付き、仲間の男たちはこっそりと胸を撫で下ろしていたのだった。
心なしか軽い足取りで進むクファルの後に従い、フォルネウスを目指す。
だがそんな彼らに追いすがる、一騎の騎馬の姿があった。
「く、クファル様! 伝令です、お待ちください!」
先を行く彼らの姿に気付き、そう声をかける騎馬の男。
クファルたちは彼の顔に見覚えがあった。北部に残してきた同志の一人である。
歩みを止め、彼が辿り着くまで待ってから声をかけた。
「どうした、なにかあったのか?」
「は、はい。タウの村の襲撃が……失敗しました!」
「なに?」
タウの村の襲撃は、消耗した魔神を補充するための生贄確保に選択した村だ。
近くにはライエルの住む村もあるが、前もって小物のニードルビートルを配置しておき、その調査に向かった隙に近隣の裏を襲撃する予定だった。
わざわざライエルの村のそばを選んだのは、彼の勢力範囲内でも騒動を起こすことで、民衆の不安を掻き立てる目的もあった。
そのため彼の村を狙っているように見せかけ、その近くの森に引っ張り出し、連絡を取りづらくするなどの細工も労していた。
だというのに、襲撃を失敗したという連絡を受け、クファルは驚愕を隠せなかった。
「まさか奴は、ニードルビートルの襲撃に気付かなかったのか?」
「いえ、前日に一匹を発見させ、これを倒させましたので、存在は知っていたはずです」
「なら、村の危険に気付きながら放置したというのか。なぜだ――?」
驚愕から復帰し、今度は疑問に首を傾げる。
そんなクファルに伝令の男は追加で情報を寄越した。
「はい、それが前日の夜には、ニードルビートルの群れは討伐されたと、召喚主は申しておりました」
「村のそばに魔神の一種が現れたんだ、その夜のうちに討伐に出る可能性はもちろんある。だが夜の森で行動するとは、なかなか大胆だな。それに素早い」
「それが、ライエル本人は村から出なかったようです。監視の者によると自警団を待機させただけで、その夜は村から出ておりません」
「なら、誰が?」
問いを返すクファルに、伝令の男は言いづらそうな様子を見せる。
「どうした? 何か情報があるなら、遠慮せず言えばいい」
「ハ、その……これは推測なのですが、翌朝にマクスウェルが訪れております。これ自体は前日の夜にライエルが連絡しておりますので、おかしい物では無いのですが……」
「つまり、ライエルではなくマクスウェルの手の者がニードルビートルを殲滅し、森の調査を済ませておいた、と?」
「あくまで私見ですが、その可能性もあるかと」
「なるほど、またか。なんとも疎ましい爺さんだ」
そこでクファルは顎に手を当て、しばし考え込む仕草を見せる。
十数秒考えたのち、再び伝令の男に問いかけた。
「タウの村での収穫は皆無なのか?」
「いえ、三名ほど確保に成功していますが、予定の量には遠く及ばず……」
「派遣していたのはソクラムだったか? それはどうした?」
「駆け付けたライエルとマクスウェルに撃破されました」
「またマクスウェルか。自在に各地に現れる分、ライエルよりも厄介だな。それに三名……これではニードルビートルとソクラムを補填したら、それでおしまいになってしまうか」
クファルの言葉を聞き、仲間の男たちも声を荒げていた。
「我らの計画に
「だが、あれほどの使い手、そう簡単には」
「しかし、このままではあの老いぼれ一人に引っ掻き回されてしまうぞ。下手をしたら、フォルネウスにも現れるやもしれん」
「いや、ここは無理する場面じゃないな。まずは僕たちが先行することを考えよう。北部はとりあえず、現状維持で頼む」
「いいのか、クファル?」
「ああ。一応騒動は起こしているから連中の眼は北に向いているはずだ。フォルネウスにまで現れる可能性は少ない。ならこっちだけでも成功させよう」
「わかりました。生贄の方は?」
「所定の手順を済ませた後は、速やかに戦力の補填を行うように」
「了解しました」
クファルの指示を受けて伝令の男は馬首を巡らせ、駆け戻っていった。
それを見送るクファルに、仲間の男は不満そうな声をかけていた。
「いいのか、マクスウェルを放置して?」
「今の段階では、何をするにしても戦力不足さ。それに僕も……ね」
「確かに我らではマクスウェルの相手はできんか。切り札になる魔神が必要だな」
「……そういうこと」
ニタリと、底冷えのする笑みを浮かべ、クファルも踵を返す。
視線の先には天に向かって伸びる巨大な木の幹。それは雲を貫き、いくばくかの枝を伸ばしたところでポッキリと折れていた。
神話によると、破戒神が魔王討伐のためにへし折ったとされているが、真偽は不明だ。
しかし折れたりとはいえ、それが信仰の象徴であることは変わりない。
クファルは鼻を鳴らして不快そうな表情を浮かべると、再び足を進め始めたのだった。
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