第346話 密閉作業

 俺とマクスウェルはラウムに戻ると早速コルティナの元へ向かった。

 もらったエリクサーは六つに砕いて、六英雄それぞれが持つことにする。

 そのためには俺は一工夫しておく必要があった。


 それは俺がニコルであるときに匂いが漏れないような容器を用意しておくことだ。

 同時にレイドに戻った時、匂いが漏れるような容器にする必要もある。


「つまり、密封と開放を切り替えられる容器が必要と言うことじゃな」

「そんな都合のいいもの持ってるか?」

「いや、じゃがアスト殿を見て思うところはある」

「というと」

「ないものは作ればいいのじゃよ」

「うん?」


 そういうわけで俺はマクスウェルの指導の元、お守りタリスマンの中にエリクサーの欠片を封じ込める細工をすることになった。

 もちろん、そんなにすぐに加工できるはずがないので、俺はマクスウェルの屋敷に居残って加工をすることにする。

 その間マクスウェルは、他の仲間の元を訪れ、事情を説明することにした。


 マクスウェルがいなくなったところで俺はお守りタリスマンの加工を始めていた。

 まず上部を切断し、切り離した下半分の中をくり抜いていく。これは振動短剣の機能が非常に役立ってくれた。

 上下に切断したため、保持するのに糸を巻き付けて固定する必要があるが、硬いファングウルフの牙でもバターのように切り裂けるのは実にありがたい。


 手首まで響く振動を堪えながら、切っ先を使って中を慎重に抉っていく。

 内部に収めるのは欠片一つなので、それほど深くくり抜く必要はない。その後合わせ部分を抜け落ちないように加工してきっちり蓋が閉まるように加工した。


「このままじゃあっさり抜けちゃうよな。なにかないかな?」


 俺は前衛をこなすので激しく動くことが多い。うっかり抜け落ちて匂いが漏れたら、事情を知る者には正体がバレてしまう可能性がある。

 そのためには抜け落ちないように、しっかりと固定できる細工が必要だ。


「と言っても、俺のだけ外見に違いが出たら問題あるしなぁ……魔法でどうにかできないかな?」


 俺が使える魔法は干渉系一つだけ。すでに中級までは使用できるようになっているが、モノを固定する魔法となると――そこで一つ思い出した魔法があった。

 それはジーズ連邦郊外の奴隷商の屋敷に押し入った時、マクスウェルが使っていた魔法だ。


「たしか……閉鎖ハードロックだったか?」


 閉鎖ハードロックの魔法。施錠ロックと違い、鍵を掛けるだけでなく、完全に扉と壁を閉鎖してしまい、さらに構造物質すらも強化してしまう干渉系魔法だ。

 構造に干渉する魔法なので、状況によっては使い道はある。

 だが干渉するのは開口部だけであり、その周辺の壁までは影響が及ばないので、屋敷のように、横の壁を抜かれるなどという状況がよく発生する。

 今回はお守りタリスマンを密封するだけなので、その心配は必要ない。


「確か俺も学んだっけ。えーっと……」


 記憶の隅に放り込んだ、あまり使用しない術式を引っ張り出し、詠唱を開始した。

 閉鎖ハードロックの魔法は一度封鎖すると、その効果は術者が解除するまで永続してしまうため、今後の維持に魔力などは必要ない。

 今回の目的のために使用するならば最適と言えよう。


 内部の窪みに欠片を封じ、蓋をして術式を発動させる。

 カチリとしっかりと密着したのを確認してから、外れないか試してみたが、俺の力程度ではびくともしなかった。


 問題は匂いが漏れているかどうかを確認するべきなのだが、現在部屋の中にはすでに匂いが充満しているため、それがわからない。

 俺は作業していたマクスウェルの居間を出て、匂いの届かない範囲まで移動する。

 途中で玄関前を通った時、急に不審な男が屋敷に入ってきた。


「うぉ?」

「うぉとはなんだよ。来てたのか、ニコル嬢ちゃん?」

「なんだマテウスか。死ねばいいのに」

「いきなりひっでぇな!?」


 酷いも何も、当初は命のやり取りをした仲である。この程度の罵倒は罵倒のうちに入らない。

 それより、作業中に戻ってこなくてよかったというべきか。


「それにしてもなんだ、この匂い。めちゃくちゃ草臭ぇんだが?」

「それ、マリアにケンカ売ってるからね?」

「ひぇ!?」


 この匂いは世界樹の樹液を濃縮したものと言っていい。確かに濃密な植物独特の匂いをしているが、臭いというほどではない。

 むしろ不快になるギリギリの、濃厚かつ絶妙な芳香と言えた。

 先の罵倒を世界樹教徒のマリアがきいたら、それこそ懇切丁寧に『癒して』もらえたことだろう。

 だがこれはこれで、ちょうどいいタイミングとも言える。


「そうだマテウス。わたし臭くない?」

「お嬢ちゃんはいつも乳臭ぇよ?」

「ブッコロス」


 俺が短剣を引き抜いたことで、マテウスは飛び退いて手を上げていた。

 そこまで怯えるくらいなら冷やかさなければいいのに。


「まあ、冗談じゃなく答えると、屋敷ん中の匂いがきつすぎてさっぱりわからん」

「むぅ、それもそうか」


 先ほどまで剥き出しで欠片を放置していたため、屋敷内はエリクサーの匂いで充満していた。

 そこで俺は、玄関の外に出て再度マテウスに確認してもらった。

 匂いというものは意外と慣れてしまいやすいため、俺の鼻では微妙な違いが判らなくなっているからだ。


「ふむ? 多少草っぽい匂いがしているが、それほどキツイもんじゃねぇな?」

「じゃあこれは?」


 俺は欠片を封印したお守りタリスマンを、マテウスの鼻先に差し出した。

 奴は鼻を鳴らしてその匂いを嗅ぎ、再び首を振った。


「それほど特別な匂いはしないぞ?」

「よし、成功!」


 マテウスは暗殺者をやっていただけあって、感覚は鋭い。

 その彼が気にならないというのなら、密封には成功したと見ていいだろう。


 なお、この光景を目撃した口さがない近所の主婦が、『マテウスがマクスウェルの屋敷前で、うら若い乙女とイチャついていた』と噂を流されることになるのだが、それは俺には関係のない話だった。

 いや無関係というわけじゃないけど……

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