第209話 黒幕の気配

 俺たちはやってきた治癒術師の治療を受け、最小限の治癒だけ施されて、街に戻った。これは現場でできる治療では限界があるという意味であって、決して衛生兵が手を抜いたわけではない。

 クラウドは孤児院に連絡だけ入れておき、その容態は衛士詰所で見続ける事になる。

 ラウム首都の詰所は仮にも軍事施設の末端。下手な施療院よりも設備が整っているため、緊急の事態に対応しやすいからだ。


 そうこうしている内に、コルティナとエリオットが詰所にやってきて、俺たちの容態を知った。

 最初、コルティナは悲鳴を上げそうなほど驚き、そしてすぐさまマクスウェルに連絡を入れてくれた。

 彼女ほどの知名度になると、冒険者組合が専有している通信魔法についても、ほぼ無条件で利用する事ができる。


 連絡を受けたマクスウェルは、その足でマリアを迎えに行き、その夜には俺たちは傷一つない身体に戻る事ができていたのである。

 無論、タダとはいかなかった。俺の仲間とあって、金銭を取るような真似はしないが、その代わりお説教という名の厳罰が待っていたのである。


「まったく、ニコルは目を離すとすぐ危険に突っ走っていくんだから!」

「ごめんなさい」


 今回、俺は間違った判断はしていない。ただそれは子供の範疇からは大きく逸脱した行為であることは否めない。

 ここは大人しく、マリアの説教を受け止めるしかなかった。


「クラウド君も! 怪しい物を見つけたからって功を焦って……それは冒険者として、一番死因の高い行為なのよ?」

「はい、申し訳ありません……」


 クラウドも再生リジェネーションの魔法を受け、夜には失われた血液まで再生してもらい、平静な状態へと戻っていた。

 結果的に功を焦り、俺を巻き込んだクラウドも、反論のしようがない。

 二人並んで床に座らされ、悄然しょうぜんとうなだれて反省を態度に表す。

 そんな子供の姿に、マリアもそれ以上の小言を重ねるわけにも行かず、意外とあっさりと矛を収めてくれた。


「おう、まだ集まっておったのか? いい加減子供は寝る時間じゃぞぃ」


 詰所の仮眠室で正座させられていた俺たちの元に、マクスウェルがやってくる。

 彼は捕らえた奴隷商の生き残りを尋問するため、席を外していたのだ。その結果を報告しに戻ってきたのだろう。


「マクスウェル、状況はどうだ? ウチの娘に手を出した奴は誰だ?」


 落ち着いた、だが底冷えするような声で、ライエルが問い詰める。

 ガドルスも腰に吊るした戦斧をポンポンと叩いて、気を静めようとしていた。

 それほどに、彼らの怒りは深い。自分の娘や親友の家族に手を出されたのだから、さもありなん。俺だって、こんな身体じゃなかったら速攻飛び出していたことだろう。


「ああ、どうもベリトとラウムを行き来しておる奴隷商人らしいの。ついでに例のタルカシール伯爵の暗殺にも一枚噛んでおったわ」

「ほほぅ……」


 警備の目を掻い潜って厳重な牢に忍び込み、伯爵を暗殺した連中。そこに奴隷商が絡んでいるとなると、話は変わる。

 ここ数年、この街で徘徊している悪党の尻尾を掴んだかもしれないからだ。


「ニコルが聞いた、隠刀流ジェンド派というのは?」

「それなら私が聞いた事があるわ。南部中央のコームって街を主軸にした都市国家群で暗躍してる連中よ」

「南部の?」


 南部のコーム都市国家連合。位置的には、アレクマール剣王国の隣。コームとリリスと言う街を主軸に南部一帯を支配していた都市国家群。

 本来はアレクマール剣王国もその一部だったのだが、後に独立し戦乱を巻き起こした経緯がある。さらに西方のジード連邦も同じく独立。今、大陸でもっともキナ臭い一帯だ。

 そして、ここはコルティナの故郷でもあった。彼女の率いるコーム都市国家連合とアレクマール剣王国は何度も戦火を交えている歴史がある。


「二刀流を主軸にした暗殺剣の流派よ。南部を散々暴れまわって、私も手を焼いた経験があるわ」

「よし、南部ごと滅ぼそう」

「やめなさい、ライエル。アンタが言うと洒落になってないから」


 スパンとライエルの後ろ頭を叩くコルティナ。

 目の前に勢揃いした英雄を初めて目にするクラウドは、口をパクパクさせてみていた。


「クラウド、人を指さしちゃダメ」

「いや、だって……六英雄だぞ? それも全員揃ってるなんて……」


 今さらなことを指摘して、驚愕しているクラウド。俺は一応その娘なんだから、こういう状況くらい予測できただろうに。

 冒険者を目指すクラウドにとって、六英雄は理想の極み。目指すべき頂点である。

 それが目の前に並び、漫才紛いの相談をしているのだから、脳が空転するのもよくわかる。

 だがお前、その六英雄の転生者に稽古をつけてもらっているんだからな? 転生については教えてないけど。


「で、誰がタルカシールの暗殺を指示したのだ? 黒幕はわかったのか?」


 低い声で話を軌道修正したのはガドルスだ。俺やマクスウェル、ライエルが話をずらすとこうして彼が戻してくれるのが常だった。

 発言が多い訳ではないが、だからこそ彼の言葉は皆が耳を傾ける。


「いや、しょせん下っ端しか捕まえておらんかったからな。詳しい事情を知る連中には逃げられてしまったようじゃの」

「逃げおおせたか……胸糞悪いのぅ」

「むしろニコル嬢ちゃんが下っ端を捕まえてくれんかったら、その情報すら手に入らんかったのじゃぞ? いや、ここはクラウド坊が見つけてくれなんだら、と言うべきかの」

「その点ではよくやったと褒めてやるわぃ」


 そう言うとガドルスはクラウドの頭を乱暴に掴んで振り回す。いや、あれは撫でまわしているのか?

 ぐりんぐりんと頭を揺すられ、クラウドは目を回していた。

 しかし悪い気分はしていなさそうだ。現に締まりのない恍惚とした表情を浮かべている。


「しかし一つだけ、連中が聞きだした単語があったようでな」

「ほう、なんだ?」

「逃げたマテウスと言う男と、奴隷商の頭が話していた内容に『ストラ』と言う単語が混じっていたようじゃ」

「ストラ?」


 俺はどこかで聞いた事がある単語だと思い、首をひねる。

 しかしマクスウェルはその答えを待つことなく、正解を告げた。


「このラウムの北の端、北部三ヵ国同盟に隣接する場所に、ストラ伯爵領と言う場所があってのぅ」

「それ、確かタルカシール伯爵の領地の隣……」

「そうじゃ。北部三ヵ国同盟のスリア領に隣接する、ラウムのストラ領。管理するのはクレイン・ストラ=サルワ辺境伯」

「ストラ=サルワ……どこかで聞いたような?」


 俺はぽつりと、そう漏らした。少し前、いや、かなり前に……そうだ、確か……


「ドノバンもストラ=サルワって名乗ってた?」


 魔術学院に入学する前、ミシェルちゃんと見学に行った日、俺にぶつかり絡んできた権威主義の少年。

 その名を今聞くとは思わなかった。

 この国では領地を持つと、姓と名の間に領地名が入る。ストラ=サルワだと、ストラ領を持つサルワ家という意味になる。

 レティーナの場合、ウィネ領を持つヨーウィ家という意味になるのと同じだ。


「確か、タルカシールはラウムのサルワ辺境伯を『我が友』と言っていましたね。魔術学院にも、息子が通っているとか言っていたような?」

「これまでは積極的な関与が認められなかったので、野放しになっておったが……これは決定的かもしれんの」


 エリオットの言葉に、マクスウェルは大きく頷く。

 この国の裏切り者を見つけた。そう確信している仕草だ。


「王族の血を引いているとは言え、たかが伯爵。エリオットに背くなど、大それたことをと思っておったが……どうやら裏が見えてきたようじゃなぁ」


 ラウムの辺境にいる大領主。その後援を受けているのなら、のぼせ上がって反旗を翻す可能性も無きにしも非ず。

 そう確信したマクスウェルの言葉に、その場にいた全員が頷いたのだった。

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