第86話 いつもの戦場

 闇の中で俺と男の剣が交錯する。

 斬り結んでは位置を変え、より人目の少ない場所へと移動していく。

 そうする事でマチスちゃんから引き離し、同時に思う存分戦える場所へと誘導しているのだ。

 その意図は男も理解しているのか、敢えて戦いの場を戻そうとはしなかった。


「いいのか? 彼女を放っておいて」


 俺は走りながら、それを男に聞いてみた。

 男にとって、マチスちゃんの存在自体はそれほど大きな物ではなくなった。こうなってしまった以上、ホールトン商会と交渉を続ける事は難しくなったからだ。

 しかし、金蔓かねづるである女王華の種はまだ存在している。それはマチスちゃんの懐の中にあり、それを渡す場面も男は見ていたはず。

 それなのに男は、俺を消す事を優先していた。男は俺の問いに、ニタリとイヤらしい笑いを浮かべる。


「構わんよ。俺の本業は元々盗む事だからな。例え衛士が回収したとしても、お前を始末した後で詰所から盗み返せばいいだけの話だ」

「詰所に持ち込まれるとは限らないぞ。この街には、もっと厄介な場所もある」


 例えばマクスウェルの宝物庫とかな。野郎、趣味に飽かせてありったけの魔法技術で防犯魔法を仕掛けてやがった。

 なぜそれを俺が知っているのか? その答えは……防犯テストの侵入役に俺が協力していたからである。

 あの時はマジで死ぬかと思った。あそこに仕舞い込まれたら、隠密のギフト程度では忍び込む事は不可能だろう。


「六英雄か? そりゃお前、尻尾巻いて逃げるに決まってるだろ。確かに女王華の種の報酬はデカいが、国ごと潰せるようなバケモノを相手にする程の価値はねぇよ」


 損得勘定もしっかりしてやがる。ゲイルはどうかわからないが、その部下よりも遥かに頭は良さそうだ。

 それもそのはずか、非戦闘用のギフトで、あんな戦い方を生み出したのだから、頭が悪いはずがない。


 そんな会話を交わしている最中も、男の位置が微妙にずれる。また隠密を行ったのだろう。

 隠密のギフトはその気配を完全に遮断してしまう。しかし目の前に存在しているのに消えてしまえるほど強力なギフトではない。

 目の前に居ながら気配が消え、そして見えている存在を再認識する瞬間の、僅かなブレ。

 これを戦いの中で有効に利用している。


「チィ!」


 男が微妙に位置をずらした事で俺の鋼糸が空振りする。

 俺はほぼ常時、右手と両足の強化に毛糸を一本ずつ使用している。自由に使える残った鋼糸は二本だけだ。

 それも干渉系強化魔法の効果時間内という制限付き。

 短期決戦を意図してはいたが、それでも俺の方が圧倒的に不利である。


「その糸、厄介だな。なかなか近付かせてくれん」

「こちとらか弱い乙女だぞ。お前みたいな変態に近付かれてたまるかよ」

「ハ、ここまで暗殺に長けた乙女なんぞ、娼婦兼業の奴等くらいだ」


 男も両手の剣を巧みに操り、間断なく攻撃を仕掛けてくる。

 こちらも両足と右腕に糸の補助を使っているため、攻撃に使えるのは残り二本の鋼糸と右手のカタナ。

 手数ではほぼ互角か、こちらがやや有利な程度。

 しかし一撃の重さに圧倒的な差があり、カタナで攻撃を受け止める都度、俺の身体は宙に浮く。

 これは男の力が強いというより、俺が軽過ぎるせいだろう。


 こうして攻撃を仕掛け、受け、躱しながら、俺は目的の場所にやってきた。

 そこは毎夜訓練に使用している貯木場だった。

 ここならどこに何があるのか、俺は把握している。しかしここまで既に二分近い時間を浪費してしまっていた。

 残る時間はせいぜい一分という所だ。


「ようこそ、俺のフィールドへ」

「ふん、子供の遊び場に興味は無いね!」


 男はそう吐き捨て、こちらに迫ってくる。

 毒付きながらも、右側に材木を配置した位置取りで立ちまわるところが、実に隙が無い。

 側面に壁を立てる事で、横薙ぎの鋼糸の攻撃を防ごうという意図だ。

 鋼糸を鞭状に使用する俺にとってこの場は不利と思われがちだが、意外とそうではない。

 俺の鋼糸は攻撃よりも罠において多彩な効果を発揮するからだ。そして障害物の多いこの場所は、俺にとって格好の狩場と化す。


 腕を一振りし、男が壁にしている材木に鋼糸を当てる。無論、これでダメージを与える事は不可能に近い。

 しかし鋼糸を受けて材木の表面が大きく削られ、その木屑は男の正面に舞い散る。

 勢いをつけた男に、これを防ぐ手段はなかった。


「クッ、目潰しか」

「砂と違って木は軽いからな。結構長く飛んでくれるぞ」


 無論砂だって微細な物ならば、長時間宙を舞う。しかし同じ大きさならば、質量の軽い木の方が舞いやすいのも事実。

 そのまま俺はもう一本の鋼糸で男を攻撃するが、これはかろうじて男に避けられる。

 しかし視界を防がれた男は大きく体勢を崩していた。


 俺はこの機に正面から突撃し、カタナを振り下ろす。だが、これまた男が逆にこちらに飛び掛かってきた事で防がれてしまった。

 退かずに敢えて前に飛び出す事で、こちらの攻撃圏のさらに内側に潜り込んできたのだ。

 カタナも鋼糸も、攻撃範囲で言えば結構長い。特に俺の身体に比して、カタナは両手剣に匹敵するほどの長さがある。

 半ばタックルのような形で抱き着かれては、攻撃のしようがない。

 

 そもそも大人の男を支えられるだけの体力も、俺には無かった。

 そのまま地面に押し倒され、マウントポジションの形を取られる。この間合いならば、男のショートソードの方が取り回しは利く。

 俺に馬乗りになりながら、男は剣を振りかざし、俺の頭部目掛けて突き刺してきた。

 だが両手の剣で攻撃してくるという事は、俺の身体がしっかりと固定されていないという事でもある。

 俺は左手の鋼糸を使い、男の股から引き抜くように体を引っ張り出して、再び距離を取った。


「このガキ……子供かと思ったが、妙に戦い慣れているな。実は小人族ってオチか?」

「残念。正真正銘の七歳児だよ」


 糸により手足の筋力を強化しているとは言え、元のひ弱さをフォローしきるほどではない。

 それでも五分に戦えているのは、前世の戦闘経験があるからこそだ。

 だがそれも制限時間付きでの話だ。残りは数十秒しかない。ここらで勝負を着けねば、俺の方が危なくなるだろう。

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