第87話 決着
互いに距離を取ったとはいえ、俺に睨み合う余裕なんてない。
残る時間は僅かなのだから、積極的に攻勢に出ねば、タイムアップを迎えてしまう。
幸い男の右目はいまだ視界が戻っていないため、そっちの死角を突く事にした。
とは言え男の右側は材木によって塞がれている。しかしそんなスペースでも俺の鋼糸は攻撃する事が可能だ。
鞭のように
ただ横薙ぎに払うのではない、槍のような攻撃。
しかしその攻撃を男も読んでいたのか、身を屈めてその斬撃をやり過ごした。
鋼糸の斬撃は、空振りした時のリカバリーに時間がかかる。
この空振りによって男は俺に隙ができたと見たのか、再びタックルを仕掛けてきた。
体重が軽い俺は、大人に押されたらあっさりと転がってしまう。その弱点を突こうという考えだ。
しかし俺も相手がそう動く事は想定内。残る鋼糸はもう一本ある。
上方から鋼糸を落とし、男を両断しようと試みる。
だがこれも、男に命中する事は無かった。
奴はタックルの最中にショートソードを地面に突き立て、急激に方向転換してのけたのだ。
壁にしていた材木から大きく離れ、広い空間に身を晒す。
そこは上下左右、どこからでも鋼糸の攻撃を受ける危険地帯でもある。しかし俺の鋼糸は空振りした後で、追撃する余裕は無い。
そして男は、再度こちらに向かって突き進んできた。
立ち位置を変え、俺の背後には材木の山がある。軽い俺の身体では材木に叩き付けられたら、それだけで気を失いかねない。
――泥棒が本業? 冗談だろ、恐ろしいほどに戦い慣れてやがる。
内心で男に向かって悪態を吐き、同時に感嘆する。
この男は俺のような幼児に対しても油断していない。常に最適解を導き出し、こちらの嫌がる行動をとってくる。
恐らくは男も、ちょっとしたミスで命を落とすような生活をしてきたのだろう。
だからこそ油断しない。例え子供が相手であろうとも。
背後に退路がないのなら、前に進むしかない。
俺はそう覚悟を決めて、カタナを突き出し、迎撃する。
正面に刃があるのなら、男もタックルには来れない。この突きを躱すか受けるかしないと、致命傷を負う。
案の定、男はショートソードを横に払って俺のカタナを弾き飛ばす。
元の筋力の違いから、俺のカタナは面白いように簡単に、宙に舞った。
そして残った方のショートソードで、逆に突きを放ってくる。
俺のカタナはすでに無く、鋼糸は二本とも非準備状態で使用不可。背後は材木の壁があり、前に体重をかけて突きを放ったので、左右に動く事もままならない。
完全に詰み。男はそう判断して歪んだ笑みを浮かべた。
だが――それは油断だ。
今までだって何度も斬り結んできたが、カタナは飛ばされなかった。
俺がその気になれば、柄に手を括りつける事だってできる。この男の攻撃程度で武器を飛ばされるなんて事が、あるはずがない。
それに思い到れなかったのが、敗因。
俺は左手を即座に腰の後ろに回し、そこに挟んでいた短剣を引き抜いた。
これはこいつ等のアジトから失敬してきた物だ。
魔法の品である事しかわからず、どんな魔法が込められているかもわからない。
それでも短剣である以上、斬る事は可能。
一瞬だけ、俺も隠密のギフトを発動させる。ここまで俺はこの能力を発揮していなかったので、完全に不意を突かれたはずだ。
男は目の前にいるはずの俺を一瞬だけ見失い、そして認識する。
その時には俺は密着するほど接近していて、男の左手を抑え込んでいた。
武器を持った手を糸によって補強された腕で封じられ、男は攻撃を止められる。
そして俺は、短剣を勢いよく男の腹に突き立てた。
「ぐふっ!?」
くぐもった悲鳴を漏らし、男の動きは止まった。
ヘソの少し下、やや左……男に取って右の脇腹。そこは腎臓のある位置でもある。
俺はトドメに短剣を捻って傷口を抉り、回復不能な傷を与えた。これでもう、高位の回復魔法を使わない限りは生き延びられないだろう。
男は大量に吐血し、俺の肩口を赤く染め上げる。
「終わりだ」
「まさ、か……こんなガキに負ける、とは……な」
「いい腕してたよ、お前」
ずるりと俺に圧し掛かってくる男。その身体を横たえ、俺は語りかけた。
無論、この男の事だ。どんな手を残しているか油断できない。俺は反撃に備えつつ、最期の言葉を聞き取る。
「この傷じゃ、助からねぇ、な……最期だ、顔を……見せろ、よ」
男の要請に俺は髪と口元、それと顔の半面を隠していたマフラーを取り、素顔を晒した。
煤で汚された顔と、長く夜風にたなびく青銀の髪。そして色違いの、紅と緑の瞳。
「なんだ、よ。本当にガキ……しかも女か。名前……は?」
「レイドだ」
「六、英雄の……同じ、名か」
「本人だよ。転生の魔法で生まれ変わったんだ。女になっちまったけどな」
「は、ははは……ははははは! マジか! 最後の最後で、でけぇ獲物を――取り逃がしち、まった……」
最期の力を振り絞って、男は哄笑を上げる。唾と血泡と撒き散らしながら、目を血走らせて。
そして最期まで笑いながら、やがて痙攣するような動きを見せて、息絶えた。
男の心臓が完全に止まっていることを確認し、俺は立ち上がる。
「まぁ、メンドくさい敵だったよ。お前は」
男の死体を見下ろし、俺はぽつりとそう呟いた。
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