第2話 神(自称)との邂逅


 それは明るくも有り、暗くもある不思議な空間だった。

 白とも黒とも認識できない、それでいて灰色と言う訳ではない色彩に視界が埋め尽くされ、天地の区別も空間の把握もできない。

 長年暗殺を生業とし、晩年は他の英雄達と共に冒険の日々を過ごし、斥候職を極めていた。

 その俺の知覚能力を持ってしても、全く状況が把握できない。


「はーろーぅ」

「誰だっ!?」


 突如聞こえてきた間延びした声。

 その声に誰何の声を飛ばすが、どこから響いてきたのか判別がつかない。


 だが声の相手は、自ら俺の目前に現れた。


 まるで白と黒の雲を掻き分けるかのように小さな人影が正面に現れる。

 目の前に立っているというのに、その気配は全く感じ取る事ができない。

 いや、それどころか女という事だけは分かるが、顔が全く認識できないのだ。

 顔は見えている。銀の髪も、赤い瞳も、艶やかな白い肌も。だがそれらを結合して認識できないのだ。


「誰だ、お前は……」

「わたしかぃ? わたしゃ神様だよ」


 神を名乗るわりには威厳を全く感じさせない声で、そう名乗った。

 いや、その声の質すら記憶に残らない。美しい声と言う事だけは分かるのに、印象に残らないのだ。


「これはどういう事だ? なぜ記憶できない……?」

「あー、それ? わたしのせいです。なにせ神様ですからねぇ。直視しちゃうとSANチェックですよ?」

「サン……なに?」

「いんや、こっちの事だから気にしないで。つまりわたしがそういう風に認識を阻害してるとでも思ってくれればいいのですよ」

「この空間もか?」

「そりゃもちろん」


 神を名乗る存在を目の前にして、認識を阻害された。

 本来なら欠片も信頼できないその事実を、俺はなんとなく信じる事にした。


 なにせ俺は死の淵に居たのだ。

 死んだ後なら神様と会ってもおかしくないじゃないか。


「という事は俺は死んだ、で間違いないのか?」

「ン、そですね。間違いなく、完膚なきまでに、これ以上ないくらい完璧に、死んでます!」

「その断言はして欲しくなかったかもな」


 元仲間のマリアなら、死なない限りは回復させるほどの治癒魔法を使いこなす。

 だが死者の蘇生は禁術に指定され、封印されている。

 魂は常に循環するものであり、不自然に留める事は教義が許さないのだと言っていた。

 そしてマリアは、その術式を知らない。つまり俺は、生き返る事は不可能だった。


「そうか、という事は俺も魂の円環の中に戻るという訳だな」

「まー、そうとも言えますけどねぇ」


 楽し気にさえずりながら、クルリクルリと舞い踊る神。

 だがそこから聞こえてくるセリフは実に意味深な含みを感じさせた。


「なんだよ。なんだか蘇生できそうな事言って」

「実のところ、蘇生は不可能です。ですがそれとは違う手段がない訳ではないですので。なかなか優秀なお仲間をお持ちで」

「は?」


 疑問符を浮かべる俺に、神は口元に手を当ててムフフとイヤらしい笑いを浮かべた。

 

「いいえ、別にぃ。ただわたしから言えることは一つです」

「なんだよ?」

「新たな地平へようこそ! 歓迎してやろう、盛大にな!」

「ハァ?」


 突拍子の無い事をぶちかました神に、俺は思わず言葉を無くす。

 だがその直後、急激に眩暈が起きて目の前が真っ暗になっていく。

 立っていたのか座っていたのか分からないが、視界がまるで香茶にミルクを垂らしたかのようにマーブル模様を描き出す。


「な、なんだ?」

「そろそろ術が始まったようですね。いや、こういう裏道突いてくるのはわたしも好きですよ」

「だから一体何が!?」

「元の世界に戻るんですよ。まぁ、成功率にちょいとばかり干渉しておきましたけどね」

「だから――」

「あ、干渉ついでに一つだけオマケしておきますねぇ」


 意味不明な事を呟き続ける、自称神。

 俺の意識はそこでプツリと途切れて、闇の中に沈んだのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る