第600話 受け入れるための戦い
なぜか俺は、ライエルと勝負することになった。
もちろん実剣ではなく、刃引きした訓練用の剣を使用して、だ。それでも俺やライエルの力で振るうと、軽く骨は砕けるだろう。
「なぁ、なんで俺がお前と勝負しないといけないんだ? お前のことは本当の父だと思ってるって、さっき言ったよな?」
「俺にもわからん。だが俺はもともと頭がいい方じゃない。そんな俺でも、このままじゃダメだって……納得できないってことは、わかる」
「それは――」
「もしお前が俺に勝てるのなら、間違いなくレイドなのだろう。だけど俺に負けるのなら――」
「レイドじゃない、と?」
俺の言葉にライエルは大きく首を振り、否定した。
「いや、そうは言わない。あの糸捌きを見て、レイドではないと否定するのは難しい。この模擬戦は無駄なのかもしれないが、それでも……ああ、よくわからん!」
訓練用の剣を振り、眉間にしわを寄せたまま、ライエルは答えた。
おそらく奴も、説明できない感情の奔流に弄ばれているのだろう。
自分を納得させるために、俺と戦いたい。脳まで筋肉でできているライエルらしい行動とも言える。
「まぁ、お前たちの困惑もわからんでもない。俺にできることなら何でもするから、遠慮なくいってくれ」
「アンタとの間に遠慮なんて――」
コルティナは途中で言葉を切った。その最中に俺の姿が目に入ったからだ。
そこに立つのは、明らかに前世の俺と違う少女の姿。八年間、可愛がってきた親友の娘の姿だ。
そのギャップに思わず言葉をなくしてしまったのと推測できた。
「マリアもコルティナも言いたいことはあると思う。俺だって立場が逆だったら、ブチ切れて何をするかわからなかっただろうな」
「だったら…………いえ、いいわ。確かにあんたの選択も理解できないでもないし。でも感情では受け入れられないのよ」
「ああ、それもわかってる」
こいつらにはつらい想いをさせてきた。そして今もその想いをさせている。
その償いは、いつかする必要があるだろう。それがどんな内容になるかはわからないが。
少なくとも、ライエルのように力尽くで納得させるという手段ではないはずだ。
それだけに、ややこしい要求をされそうな気もする。
「準備は済んだか?」
マリアと話をしていた俺に、ライエルが語り掛けてくる。
その目はいつになく真剣で、訓練時に見る目とは違い、実戦時の目をしていた。
それが奴の本気を物語っている。
「ああ、いいぞ」
俺も練習用の剣を一本手に取り、その他の複数の剣を自分の背後にばらまいておいた。
正直言うと気分が悪いが、ライエル相手に剣での戦いは勝てる気がしない。
俺が手に取った剣を構えると、ライエルはまさに鬼の形相で打ち込んできた。
俺は即座に身体全体に操糸の力を纏わせ、その打ち込みを受け止める。
ライエルの膂力もあるのだろうが、今日はこの力を使い過ぎている。身体に大きく負担がかかり、受け止めた瞬間、剣だけでなく腕の内側からもミシリと何かがきしむ音が聞こえたくらいだ。
俺が一撃を受け止めたことに驚いたのか、ライエルは一瞬動きを止めた。しかしこちらがその隙を突くよりも早く、蹴りが俺の腹に向けて放たれる。
これはとっさに左の手甲を使って受け止め、同時に後ろに飛び退くことで衝撃を逃がした。
後ろに跳躍し膝をついて着地した俺だったが、その時には左腕が上がらなくなっていた。
これは負担をかけ続けていたからだが、ライエルの蹴りで限界を超えてしまった結果だろう。
こちらの腕が上がらないと見るや、ライエルはさらに追撃を掛けてきた。
しかし俺もまだ右腕が残っている。大上段に斬り伏せに来たライエルの攻撃を右手一本で受け流し、残った左手はギフトの力だけで糸を飛ばす。
その方角はライエルの方ではなく、背後。ばらまいていた剣に向けてだ。
それらの剣の柄に糸を絡め、五本の剣を矢のように飛ばしライエルを攻撃する。
「なんだとぉ!?」
これはかつて、フィーナの誕生祝いを作るために、邪竜の巣で触手の魔神と戦った時の戦法だ。
完全に不意を突いた。そう思って放ったというのに、ライエルはこれも反射神経だけで弾き飛ばす。
瞬時に最適解を選び取る戦闘術。敵に回すとこれほど厄介だとはな。
「だが、五本程度ではな!」
「まだ終わってねぇよ!」
まだ右手には剣が残っている。それにライエルは、俺の身体強化術については全く知らない。
先ほど俺が戦っていた場面を見られているので、俺が身体強化を使えるのは理解しているだろうが、それがどれほどのレベルかはわからないはずだ。
力任せに打ち込んだ一撃はライエルの防御を押し返し、踏み込みを留めるに至った。
ここで押し返せないと、勢いのままに押されまくり、敗北していたことだろう。
「せえぇぇぇい!」
「ぐっ!?」
無理をしてライエルを押し返したせいで、右腕の方もかなり危ない感触が走っていた。
あまり長くは戦えない。そう判断して、俺はここで一気に決めることにした。
ライエルに向かって体当たりを敢行し、肩口から奴のみぞおちに突進する。
体重の軽い俺とは言え、全体重を掛けた体当たりを急所に受けては、ライエルと言えど呼吸が止まる。
それを嫌って奴は半歩身体をずらし、脇腹で俺の体当たりを受けた。
身体の中心からずれた体当たりは俺の身体を反転させ、両者がくるりと立ち位置を変える。
それは俺の背後に、先ほど投げつけた剣が転がっている位置でもある。
それを再びライエルに打ち込んだが、
やはり一度見せた技では対応されてしまう。
「これで終わりだ!」
「ぬおっ!」
しかしライエルの体勢は大きく崩れていた。そこへ俺は、右手の剣を叩きつけた。
普通なら避けようもない攻撃。だがこれもライエルは躱す。崩れた体勢に逆らわず、地面に転がることで俺の右手の剣を避けてみせたのだ。
しかも倒れながらも俺の剣の右手首を打ち、右手の剣を打ち落とすことに成功していた。
剣を持っているが倒れたライエル。立ってはいるが、武器を失った俺。
状況的には、ライエルの方が有利。それは奴の認識でも同じだった。
武器を失った俺に反撃の術はない。そう判断しつつも警戒し、ゆっくりと立ち上がるライエル。
俺はその頭に向け、動かない左腕をギフトで動かし、振り上げる。
そこに一本の剣が落下してきた。俺は触れている糸を扱える。それは片手で五本の糸を扱えるということだ。
そして先ほどライエルに投げつけた剣は五本。弾いた剣は四本。
残る一本は弾かれ、周囲に散乱する剣の群れに隠れ、上空へと飛ばしていた。
そしてそれが、このタイミングで落ちてきたというわけだ。
「な、なに!?」
驚愕の声を漏らすライエル。そして俺は落下してきた剣を受け止め、その頭部に叩き込んだ。
体内への糸の操作を行っているとはいえ、すでに腱を痛めて動かない腕の一撃だ。
ライエルへのダメージは、ほぼ無い。それでも頭部への刃物の一撃は、致命傷と言っていい。
「勝負あり。ライエル、お前の負けだ」
その光景を見て、ガドルスが勝者の宣言をした。
ライエルも、頭部へ剣を受けたとあって、負けを認めぬわけにはいかず、おとなしく剣を下げた。
「俺の負け、か。あのニコルがなぁ……本当はレイドだったとはいえ、あのひ弱だったニコルが……あの……」
天を仰ぐライエルの目から、涙が流れ落ちる。
「ちくしょう、お前が見つかってうれしいはずなのに。ニコルの中身がお前だと知って憤るべきなのに、どっちの感情を選んでいいか、わからない」
「すまない……」
「俺はお前の父親だよな」
「ああ、それは間違いない」
「お前は『ニコル』のままなんだよな」
「ああ。生まれた時からな」
「なら、いい。お前は俺の『娘』だ。レイドでもな」
「……感謝する」
膝をつき、崩れ落ちたライエルの頭を、俺は優しく抱き寄せた。
その俺の身体を、ライエルは容赦なく抱き寄せる。
これでライエルの心に踏ん切りがついたとは思わない。それでも、俺を認めてくれたとは感じられた。
それだけでも、先ほどの模擬戦は価値があったのかもしれない。
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