第343話 正体不明

 俺はその足でマクスウェルの元に向かい、先の出来事を報告した。

 それを聞いたマクスウェルは、困った表情をして見せる。


「レイドの振りをした敵か。また妙な相手を……」

「おそらくコルティナの家に出入りする俺を見て、変装したんだと思う。声はかなり若そうだった」


 この状況のヤバさを、マクスウェルは理解していた。

 俺の正体を知るマクスウェルはその相手を警戒する理由がわかるが、それを知らないコルティナは無防備に俺の姿をした敵に近付きかねない。


「それほど見事な変装じゃったのか?」

「ああ、俺が保証する。あれは俺でも見分け付かないかもしれないな」

「その変装、魔法を使ったものかわかるかの?」

「魔法……その可能性もあったか」


 奴と剣を交えたとき、何度も違和感を覚えた。

 確実に捉えたと思った攻撃が、外れてしまったことだ。

 もし、俺が幻覚の指輪でやっているのと同じように、幻覚を纏っていたのだとすれば、体格のズレで攻撃が外れたという解釈もできるはず。


「だけど……なんだかしっくりこない」

「幻覚ではなかったかの?」

「最後にはなった糸、鈍いけど手応え自体はあったんだ。ただそれがどうも、な」

「納得いかんのか?」

「手応えはあった。だが肉を斬った手応えではなかった」


 俺の感想を聞き、マクスウェルはヒゲをしごきながら思案する。

 

「いくつか可能性はあるがの。一つは相手が人間じゃなかった場合じゃ」

「というと?」

「例えば、使い魔を使用した場合」

「人型の使い魔とか、聞いたことが無いんだが」

「そのまま使うとは言っておらん。使い魔に幻覚を纏わせることもできる」

「ふむ?」


 マクスウェルの意見を俺は腕を組んで吟味する。

 手応えが肉ではないということは、別の何かと言う可能性だ。


 例えば……毛の長い何かだった場合。

 長毛のウサギなどの動物だった場合、その毛を刈り取ってしまったら、肉を斬る手応えは残らない。

 使い魔なら切った毛は本体から外れた段階で土塊に戻るので、証拠になるものは残らない。


「確かにそれだとつじつまは会うかもしれないんだが……何か違う感じがするな」

「ほう、どう違う?」

「奴は不意打ちの抜刀を躱して見せた。そんな反応速度は使い魔では出せない」

「ふむ、ではゴーレムだった場合は? 反応速度は上がるし、視界をゴーレムに移す術も存在するぞ」

「ゴーレムだった場合も、納得できない。動きにゴーレム特有のぎこちなさはなかった。それに酸を飛ばすギミックまで使用していたぞ」

「なるほどのぅ。しかしここで議論しても答えは出ん気がするな。しょせん推論にすぎん」

「まぁな。問題はコルティナにどう警戒を促すかだ」

「それはワシの方から伝えておこう。幸いネタもあることじゃしな」

「ネタ?」


 そこで俺はマクスウェルから北部での出来事を聞かされた。

 魔法を感知するエリアで、見事な変装をして連絡を握り潰した存在がいたこと。

 それは今回の俺の経験と重なる。


「魔法じゃない変装か……ミシェルちゃんのところに聞き込みに来た話もあるから、合わせて警告しておけば、コルティナも気を付けるだろうな」

「うむ、じゃがその場合、お主を見分ける手段がない」

「メンドくせぇな。なんかないか?」

「なんでもワシに投げっぱなしにするでない。とは言え、そうじゃな……レイド、その男は匂いはどうじゃった?」

「匂い? そう言えば、特に何もなかったな」

「外見だけならどうとでも真似られてしまう。では特徴的な匂いを纏うというのはどうじゃ?」

「と言っても、俺とわかるような匂いなぁ。心当たりはないんだが」


 香水と言うのは確かにいい手かもしれないが、ありきたりなモノではあっさりと真似をされてしまい、意味がない。

 つけるならば特徴的な、他に真似のしようがない様なものを選ばねばならない。

 俺にはそれは全く心当たりがなかった。

 マクスウェルも心当たりがないのか、しきりに首を捻っている。


「貴重な香水というものならば、いくつか持ってはおるが……真似できないというほどではないの」

「俺もそっち系は一切興味がなかったからな。むしろ強い匂いは仕事の邪魔だったし」

「ライエルに相談しても無駄じゃろうな」

「あの朴念仁は、俺を超える」

「いや、それはない」

「なにおぅ!?」


 怒ってはみたが、確かに奴は俺より先に結婚している。そういう意味では俺より甲斐性があったということかもしれない。

 だからと言って、香水と言うおしゃれに興味があるようには見えないので、相談は意味がないだろう。


「ガドルス……問題外だな」

「酒の匂いなら嗅ぎ分けられそうじゃがな」

「こういうのはやはり女性が有利か。マリアかコルティナは、いい案を持ってると思うか?」

「期待薄じゃのぅ。他にない匂いと言うのが致命的じゃ」

「ワシらだけではキリがないの。外部の協力者に頼むしかないか」

「外部っても誰がいるんだ?」

「いつもの御仁じゃよ」


 マクスウェルが尊敬を込めて御仁という人物など、一人しかいない。

 そしてそいつの知識は、俺にとっても底が知れない。


「アストか。確かに奴なら何か考えてくれそうだ」

「じゃな。さっそく向かいたいが、時間はあるかな?」


 今の時間は夕方に差し掛かろうかと言うところだ。転移門ポータルゲートが使えるマクスウェルなら夕食時までには充分に戻ってこれるだろう。


「ああ、おそらく大丈夫だ。それにことは一刻を争うからな」


 とりあえず今回は追い払ったので、さすがに今日中にちょっかいは出してこないだろう。

 だが明日はわからない。できるならば、今日中に俺の確認手段を確保しておきたかった。


「準備は、まあ必要ないじゃろ。今回は早さ重視じゃ。行くぞ」

「おいおい、さっそくかよ」

「マテウスは張り込みをさせておるから、この家にはだれもおらん。戸締りするだけでいいんじゃ」

「さっさとしてきたら?」

「魔法で一括施錠できるんじゃよ」

「クッソ、無駄に便利なことしやがって」


 おそらくは施錠ロックの魔法を範囲拡大して家中に掛けるのだろう。

 現に目の前で詠唱するマクスウェルは、ただの施錠ロックの魔法とは思えないくらいの魔力を放出していた。

 一息に家中を施錠し、そして転移門ポータルゲートを開く。

 相変わらず無茶な魔力の使い方をしていると思うが、この爺さんにとっては負担にすらならない。


 そして俺は門の中に飛び込み、アレクマール剣王国へと向かったのだった。

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