第57話 入学式の陰謀

 俺は大講堂の中で指定された席に座り、式の開始を待っていた。

 レティーナはあいにくと離れた席に座っている。隣の女子がこちらをチラチラと見ているのが、少しばかりわずらわしい。

 その視線に、自然と仏頂面になるのだが、こればかりは勘弁してもらいたい。

 そんな顔をしてる訳だから、威嚇しないようになるべく視線を合わさないように前だけを向いて、開会を待つ。


 講堂の脇には保護者たちの席が用意されていて、貴族の姿が数多く見られた。

 我が家もフィニアが来たがっていたのだが、今回はコルティナもいる事だし、平民の彼女が貴族と同じ列に並ぶというのもある意味可哀想な気がしたので、遠慮してもらった。

 生徒には身分制度を捨てるように念を押しているが、その家族まではどうかわからないからだ。


 そうして待つ事しばし、ようやく入学式が始まった。


 式のスケジュールを説明し、それから教師の訓示が始まる。

 欠伸が出そうになる話を半ば聞き流しながら耐えていると、やがて理事長のマクスウェルが登壇し、長々とスピーチを始めた。

 しかし、その内容があからさまに怪しい。


「えー、であるからして。生徒諸君には魔術学院の生徒としてぇ、あー、節度を保ち、身分に問わぬ公平な態度でー」


 いつにもまして暢気な、間延びした声で話を引っ張っていたのだ。

 なぜに時間稼ぎをする必要があるのか? ついにボケたか?

 俺がそう訝しみ、首を傾げた所で、入り口の方が騒々しくなってきた。


「ほら、早くしないと式が終わっちゃうじゃない」

「ごめんなさいね。慣れない術だから発動に手間取っちゃって」


 大きな声で騒ぎ立てる声に会場中の視線が入り口に集まる。

 その門を開いて中に踏み込んできたのは、コルティナと後二人――


「あ、まだやってた!」

「マクスウェル、ナイスだ」

「お待たせして申し訳ありませんね、マクスウェル」


 三人すべての声に聞き覚えがある。

 というか、なぜ来れた、ライエルとマリア!?


 ドヤドヤと会場に踏み込んできたのは、俺の両親と現在の保護者。

 ライエル、マリア、コルティナの三人だ。


 突然現れた三人の英雄に、会場が大きくざわめく。

 コルティナとマクスウェルの存在はすでに知られていたが、そこに来てライエルとマリアの登場である。

 これでガドルスがいれば、英雄勢揃いになる所だ。


「遅いぞぃ、三人とも」

「すまないな。マリアが魔法の発動に手間取って」

「あら、あなたの鎧の着付けが手間取ったのもあるでしょう?」

「俺のせいか?」


 ライエルは確かに見慣れない鎧を着ていた。

 鱗状の装甲を重ねたいいわゆるスケイルアーマーという鎧だ。しかもその鱗の色合いには見覚えがある。

 あれって邪竜コルキスの鱗を加工して作った鎧か?


「あ、いたいた。ニコル! 元気にしてた?」


 場の空気を読まずに、俺を発見して大きく手を振るマリア。

 会場の視線が、一気に俺に集中する。


「マ――ママ、なぜここに……?」


 俺はとりあえず、疑問をぶつけて場を取り成そうと試みる。

 その俺の問いにトンデモナイ答えを返すマリア。


「うふふ。私、転移テレポートの魔法、覚えちゃった」


 おい待て、いきなり何言ってやがる。その時の俺の気分を一言で言うと、そういう気分だった。

 テレポートの魔法は干渉系の、かなり上位に位置する魔法だ。言うなれば個人の位置という情報に干渉する事で、自身の存在を移動させるとんでもない魔法である。

 移動系の魔法は他にもあるが、特にテレポートの魔法は難易度が高い部類だ。移動系でさらに上位の魔法は、転移門ポータルゲートくらいしかない。

 俺が現在進行形で習得を目指している変身ポリモルフの魔法よりも、習得が難しい魔法である。

 それをいとも容易く習得した、だと……


「これで毎日、ニコルに会いに来れるわね!」

「かえって、どうぞ」

「もちろん帰るわよ。村を空けていられないもの。夜にちょっと顔を出すくらいしかできないわ」

「俺は別に泊まっても――」

「ライエル、独身女性の家に泊まるというつもり? 私に変な噂を立てるような真似はよしてよね」

「うっ」


 未練がましいライエルの発言をコルティナが遮った。

 彼女を敵に回すと、何をされるかわかった物じゃない。俺もアイツも、その辺りはしっかりと理解している。


「ホッホッホ、懐かしい顔が揃ったの。話を引っ張った甲斐があったわ」

「悪い、手間を掛けたな」


 よりによって、壇上から世間話を始めたマクスウェルに、横についていた教師が話しかけている。


「理事長、申し訳ありませんが……非常に申し訳ありませんが、時間も押しておりますので……」

「おう、そうじゃった! スマン、スマン。まー、そういう訳で勉学に励んでくれたまえ。以上!」


 それまで散々引っ張っていたにもかかわらず、実にあっさりと話を切り上げるマクスウェル。

 これには真面目に話を聞いていた生徒達もあんぐりと口を開けていた。


「よし、ライエル。お主この後は暇か。一杯どうじゃ?」

「いや、暇な訳ないだろう。これからニコルと一緒に――」

「なんじゃ、かつての仲間より娘を取るのか!」

「あたりまえだろ!?」


 飲み仲間の登場にテンションを上げるクソジジィ。そう言えば俺は前世もあまり強くなかったので、マクスウェルの晩酌には付き合えなかった。

 なので、いつもあの爺さんはガドルスかライエルを引っ張り出していた。


 なんにせよ、俺の両親の登場で、入学式がしっちゃかめっちゃかに掻き回されてしまった。

 しかも俺の顔が無駄に広がってしまった気がする。

 スタートからこの有様で、俺はこれからの学園生活に、多大な不安を覚えたのだった。

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