第163話 魔術師の思惑
少なくとも、エリオットは俺への連絡手段を持たない。それは押しかけられる心配がないことに繋がる。
つまり、俺の変装であるとバレる心配がないという事だ。
「そう考えれば、悪い事じゃないよな?」
「結果的にじゃがな。まあ、主導権を握っておると思えば、悪くはない」
マクスウェルは大きな事務机の上に置いてあったティーカップから、一口茶をすする。
カップから漂ってくる香りは、実に香り高く、美味そうだった。
「俺にも茶くれよ」
「なんだか、今日はやけに荒んでおるのぅ?」
「ちょっと思う所があったんだよ……」
妙になよなよした最近を思い出し、決意を新たにしたのが昨日。
その決意も一日と持たず、男を誑し込むという羽目に陥った。いや、自分で判断したことではあるのだが。
そういった行為を洗い流すかのように、今日の俺は自身の仕草に、いつもよりも男を意識していた。
「正直、初心を忘れかけていたので、しばらくは男らしく生活したいんだけど」
「じゃが初手は好感触だったのだろう? ならば畳みかける事こそ好手」
「それはわかってはいるんだが……気が重いなぁ」
マクスウェルはそうアドバイスしながらも、水差しから耐熱ポットへを水を注ぎ、魔術を使って湯を沸かす。
そのまま引き出しから茶葉を取り出し、カップへと注ぎ、俺に茶を振舞ってくれた。というか、蒸らせよ。大雑把な爺さんだな。
その間に俺も、茶菓子用の小皿を見つけ出し、そこに奴秘蔵のクッキーを盛り付ける。
どうやら生地に紅茶の葉を練り込んだ珍しいモノらしい。
「まあいい。なら早く事を済ますとするか」
「いや待て。ここは少しじらすのも悪くないかもしれん」
「どっちだよ!?」
「駆け引きという奴じゃよ。思いを募らせる時間も必要じゃろう?」
「そう言うモノか?」
「コルティナがそうじゃろ。二十年越しのお主にメロメロじゃ」
「だといいんだが……いや、いいのか?」
確かに転生してから、コルティナの仕草には生前には無かったモノがある。
むしろあそこまで一途だったのかと、驚愕すらしていた。
それが時間をおくという行為の成果ならば、確かに効果的かもしれない。
「でもそれほど長く間を置く気はないぞ? 俺はほら、育ち盛りだし?」
「あまり育っては……いや失礼。それは無論じゃな。何年も放置してお主の姿が変身後の姿に追いついても困るからな」
今の俺は十歳。変身後の姿は十代半ばから後半。育ち盛りだからこそ出せる外見差と言える。
逆に言えば、あと五年もすれば、俺はあの姿に追いついてしまう。
そうなれば、今回のたくらみは水泡と帰す。
「年単位の時間は必要あるまい。感触が良かったのならせいぜい数日。いや、来週までは引っ張るか」
「ふむ?」
一週間後に再会ならば、空白期間として適当かもしれない。
むしろ翌日に会いに行ったら、がっついた印象を与えてしまった可能性もある。
「なるほどな。なら来週に奴の家に会いに行くか」
「なんならメッセンジャーを勤めてやろうか? 街で待ち合わせなども悪くない手じゃぞ」
「その辺の調整は任せるわ」
次から次へと手を考えるマクスウェルに、呆れた息を吐きつつ、茶をすすりクッキーを口に運ぶ。
淹れてくれたのはなかなか良い茶葉のようで、鼻に抜ける香気が疲れを癒してくれる。
茶葉を練り込んだクッキーも香ばしさを増し、食欲を増進させた。
「……おいし」
口が小さいので一口で食えない。ポリポリと齧る俺を見て、マクスウェルは机に突っ伏して笑いを堪えていた。
「なんだよ?」
「その仕草で『男らしさ』を語られてものぅ……どこの小動物かと思ったわぃ」
「うるせぇよ」
俺は茶でクッキーを流し込み、用は済んだとばかりに理事長室から飛び出していった。
あれ以上一緒にいると、何を言われるか、わかったモノじゃない。
◇◆◇◆◇
音高く扉を閉めて、飛び出していったレイドの姿を見て、マクスウェルは大きく溜息を吐いた。
どうやら彼の真意は悟られていないらしい。
「気付かれていないのは重畳じゃが……あの朴念仁、いい加減学ばんものかのぅ」
今回の策、レイドに男を誑し込むという行為をさせる事で、女としての視点を気付かせる意味もあった。
つまり、何気ない仕草からコルティナやフィニアの好意に気付くように、特訓をさせていたのである。
かつてのレイドの死も、元を
女心を介さぬ彼の行為で互いにフラれたと勘違いし、ガドルスの余計なおせっかいを呼び込んだ。
そしてそのおせっかいの結果、魔神の召喚に立ち会ってしまい、命を落としたのだ。
もしガドルスが、おせっかいを焼かなかったら?
もしコルティナが、レイドの無作法に寛大だったら?
もしレイドが、コルティナに気を使い、理想的なプロポーズを行っていたら?
前世での惨劇は起きなかっただろう。だが前世からレイドという男は、居てほしい時にその場にいるという、不思議な巡り合わせを持っていた。
あの時もレイドがいなければ代わりに村が一つ滅んだかもしれないが、マクスウェルにとって、見ず知らずの村人より仲間の方が重要である。
全ては済んだ事ではあるが、また同じことが起きないとも限らない。転生してもレイドの巡り合わせの良さ、いや悪さというべきか、その特性は十全に発揮されている。
また妙なトラブルを呼び込む前に、コルティナとよりを戻してほしい
それに彼としても、ケンカ仲間であるコルティナには幸せを掴んでもらいたいと思っている。
だからこそ、レイドの朴念仁矯正を目指し、今回の策を考えたのだった。
「エリオットの半分でも女心がわかるようになれば……と思っておったが、エリオットの奴も結構『アレ』じゃなぁ」
彼も彼で、もう少し積極的に迫るかと思えば、意外と奥手な一面を見せている。
どうやら幼少時から王宮で過保護に育てた影響で、女性の扱いが苦手になっているようだ。
大仰な仕草で気取ってはいるが、それは扱いのわからぬ素人振りをごまかす演技のように思われる。
それに……
「プリシラ嬢ちゃんにあそこまで慕われておるのに、気付かんとはな……まるでレイドではないか」
個の時間を削ってまで護衛に奔走し、近付く女性には変質的なまでに敵意を抱く。
そこには仕事以上の感情があると、マクスウェルは見抜いていた。
「朴念仁を使って、朴念仁を教育する……か。それもまた、面白いかもしれんな。本当にあやつらといると退屈せんわい」
レイドの復活から、急に活気を取り戻した仲間達。
無論、レイドがニコルである事は気付かれていないが、それでも十年間の停滞した関係よりも遥かに良好になっている。
そんな仲間達を微笑ましい気持ちで眺めている、そんな立ち位置を非常に気に入っているマクスウェルだった。
◇◆◇◆◇
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