第227話 冒険者ギルドでの依頼

 翌朝、俺は何気ない振りをして起き出していく。

 クレインの居場所についてはマクスウェルからコルティナたちに伝わる予定なので、俺は何もする必要が無い。

 というか、したら不味い。ただでさえ紙一重で正体を隠している状況なのだから、これ以上疑われるような真似はしたくない。

 正直言うと、真っ先に俺が転移して始末をつけたい事件ではあるが、ここはグッと我慢のしどころである。


「おはよ、コルティナ。フィニア」

「おはようございます、ニコル様」

「おっはよぅ、今日も元気ね。ニコルちゃんは身体が弱い割には病気にはかからないわね」

「鍛えているから」

「倒れるまで鍛えるのは勘弁して欲しいところなんだけどなぁ」

「パパとママは?」


 ふと周囲を見ると、事件が片付くまでコルティナ宅に下宿している、マリアとライエルの姿が見当たらない。

 いつもこの時間は起き出してきていて、鬱陶しいくらいに俺にまとわりつくのに。


「ああ、二人はマクスウェルに呼び出し食らっちゃったのよね。私は仕事があるから、後で学院で話すって」

「ふぅん?」


 気のない返事をしてみたのだが、無論俺にはその内容が予想できている。

 マクスウェルは早速クレインの居場所について、マリアたちに伝えようとしているのだろう。

 コルティナも一緒に行けば面倒はないのだろうが、さすがに教師という職を投げ出し続けるというのは、教育にも悪い。

 特に俺達くらいの年代というのは、微妙な感性を持っている……らしい。


「まあ、私も何日も学院を開けちゃうわけには行かないからね。もちろん、サルワ辺境伯については気になるところなんだけど」

「いざという時は、エリオット先生に代理してもらったら? 副担任なんだし」

「それがエリオットの奴も最近は護衛に囲まれてて、身動きが取れないのよね。当然といえば当然なんだけど」

「普通なら速攻で国に呼び戻されるよね」

「それだけ信頼されてるって事でしょ。あの鼻垂れ小僧が立派になったモノよ」

「その口調だと、まるでお婆さんみたいだね」

「なんだとぅ!?」


 早朝からコルティナとじゃれ合ってはいるが、おそらく彼女も明日……下手をすれば今日から学園には来れなくなる。

 クレイン・ストラ=サルワを放置することは、それだけ危険なのだ。

 エリオットの命を狙った大罪人。コイツを野放しにすることは、ラウム森王国にとって沽券に関わる問題である。

 そしてマテウスの顔を見た俺は、奴に狙われている。

 それを知るマリアやライエルだけでなく、コルティナも今回の件は早く片付けたいと思っているはずだ。





 案の定、コルティナが昼にマクスウェルの理事長室に向かった後は自習となってしまった。

 マクスウェルも出掛けたらしいので、コームかリリスの街に向かったのだろう。

 マリアだけは俺の護衛として家に残ってくれている。

 正直言うと、回復の要でもある彼女を欠いて暗殺者と対峙するなど、心配で仕方がない。


「コルティナ先生、また出張なんだって」


 放課後、ミシェルちゃんと合流した俺とレティーナは、クラウドと連れ立って冒険者ギルドへと向かっていた。

 前の一件以来、森に入るのは調査のため禁止されていたのだが、あれから一週間以上経って調査もひと段落したらしいので、今日から解禁されるそうだ。

 そこで今日は、待ちかねていたクラウドを連れて、森に入るつもりでいた。

 しかしいつもの通りそこらの野生生物を狩るだけでは面白味がないので、薬草探しなどの雑務を受けて獲物を探しならが依頼をこなしてみようということになったのだ。


「仕方ありませんわ。例の一件……といってもわたしはよくわかりませんけど、それが片付いていないようですし。それに出張じゃなくて私用の旅行扱いになるらしいですわよ?」

「それってお仕事なくなっちゃわない?」

「マクスウェル様の命なんですから、逆らうわけには行きませんわ。コルティナ様も六英雄ですけど」

「理事長と先生だもんね。そう考えると、コルティナ様の方が立場弱いのかな?」

「そ、そんなことは……あるんでしょうか?」

「なんで俺に振るんだよ? 偉い人のことなんてわかんねーよ!」

「ライエル様に稽古をつけてもらえる事になったのでしょう? 妬ましい!」

「……ふふ」


 騒々しい三人を見て笑いながら、俺は冒険者ギルドのドアを開く。

 森が解禁になったという事で、冒険者ギルドは夕方前にもかかわらず、混雑していた。

 大半が一仕事終えた冒険者たちが獲物の清算に訪れている様子だったが、中には久しぶりの森の解禁に『これからもう一仕事』と息巻く精力的な連中もいる。

 日も暮れようかというこの時間にご苦労なことだ。まあ、俺たちも人のことは言えないが。

 そんな大人たちの隙間を縫うようにして、俺はカウンターへと歩み寄っていく。


「こんにちは。夕方まで森で薬草集めしたいんだけど、だいじょうぶかな?」

「あら、いらっしゃい、ニコルちゃん」


 少し背伸びしてカウンターに手をかけ、台の上に顔を覗かせる。

 大人が肘をつく高さに設定されているカウンターは、俺にとってやや……いや、かなり高い位置にあった。

 まるでアゴを乗せるような格好になってしまうが、これもいつもの格好だった。


「そうね……森の境を探索するくらいなら構わないかしら? でも奥に入っちゃダメよ。最近オーガの目撃情報が上がってきてるから。もし出会ったら、何もかも捨てて逃げ出してくること」


 神妙な顔で受け付けのお姉さんが指示を出してくれる。

 こちらが子供だけだから、普通の冒険者以上に心配してくれている。しかしそのオーガは臆病者だから、そこまで心配する必要はないと思う。

 というか、すでにアレクマール剣王国まで移動しているので、出会いようがない。

 だからといって、それを指摘する事はできない。俺はその忠言に、同じく神妙な顔で返事をしておいた。


「わかりました。今必要な薬草ってなんですか?」

「エルフの村で風邪が流行ってるらしくて、ミルドの葉が不足気味かしら。あれなら街道沿いでも手に入るし、葉を十枚で一銀貨なら買い取れるわ」

「……それ、すっごくおいしいですね?」


 ミルドの葉は湿布などにも使われている、下熱鎮痛作用のある薬草だ。

 使用頻度も高いので、それなりに買い取り価格も高め。それにしてもこの報酬額は、いつもの倍くらいの値段がしている。


「貴方たちくらいの子には稼ぎ時よね。それだけにライバルは多いわよ? 街の近くのミルドの木が丸裸にされちゃう勢いなんだから」

「うゎ、それじゃ急がないと」

「そうね、気を付けていってらっしゃい」


 くすくす笑って俺を送り出してくれたお姉さんだが、俺は振り返って足を止めた。

 なぜなら、その視線の先で……クラウドが先輩冒険者に絡まれていたからだ。

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