第228話 対人戦の経験

 クラウドに絡んでいたのは、このラウムの冒険者ギルドでも有名なベテラン冒険者だった。

 年の頃は二十代半ばから後半。燃えるような赤毛を逆立てた、特徴的な髪形をしている。引き締まった体躯を持つ如何にも俊敏そうな剣士だ。

 その目立つ外見から、俺も彼のことはよく覚えている。若手の有望株として、何度か受付嬢の話題にも上がった冒険者だ。


 クラウドの様子は絡まれているというより、詰問されているといった方がいい状況だろうか?

 肩を掴まれ、顔がくっつかんばかりに問い詰められている。


「本当のこと言えよ! なんでお前みたいな混じり物が、あの人と一緒にいたんだ? あの子のコネを使ったんだろ!」

「いや、それは間違いじゃないけど……」

「クソ、ちょっと仲間に恵まれたからって調子に乗りやがって」

「俺が言い出したわけじゃないですよ! ニコルのコネがあったのは否定できないけど」

「お前、わかってるのか? そのコネが欲しい奴がどれだけこの街に――いや、世界にいると思っているんだ」

「それは幸運だったと思ってるけど――」

「ああ、クソ! なんだか久しぶりに嫉妬の黒い炎が燃え盛ってるぜ」


 どうやら俺絡みのコネの話らしい。となると思いつくネタは一つしかない。

 ライエルに稽古をつけてもらっている場面を、誰かに見られたのだろう。

 さすが戦士たちの頂点に立つライエル。その稽古を半魔人のクラウドが受けるとあって、羨望の的になったらしい。

 そして嫉妬に燃えて、こんな状況になったのか。


「クラウド、困ってる?」

「あ、ニコル。いや、その……」

「げ、ニコ……ルさん!?」


 俺が問いかけると、クラウドは口篭もって言葉を濁した。そりゃ困っているとははっきりとは言えまい。当人が目の前にいるのだから。

 それに彼等も悪意があって絡んでいたわけではなさそうだ。

 しかし俺の連れを引き留めていたとあって、その冒険者の男もバツが悪そうな顔をしている。


「サン付けはいいよ。わたしの方が年下だし、駆け出しだから」

「いや、そういう訳にも……」

「でも、ゴメンね? 日が暮れるまでに一仕事したいから、クラウドを連れて行きたいんだけど」

「あ、はい、どうぞ! 引き留めて申し訳ないっス!」


 ライエル絡みで詰め寄っていた男にとって、俺はその娘。ぞんざいに扱っていい相手ではない。

 それを理解したうえで、クラウドの印象が悪くならないように、できるだけ丁寧に断りを入れる。

 どことなく先程の剣幕が吹き飛び、視線がフワフワと漂っている気がするのは、俺を前に緊張しているからだろうか?


「それと、パパもさすがに大人数を指導する事はできないの。クラウドはわたしの護衛として鍛える意味もあるから……これもゴメンね?」

「いえ! こっちこそ、言いがかり染みた真似をしちゃって、その……申し訳ないっス」

「でも、ケンカじゃないようだから、よかった」

「そんな事するはずないっスよ! ニコルさんに嫌われますから」

「クラウドの方が悪かったなら、嫌ったりしないけど……そうだ、今度時間が空いてたら、クラウドと手合わせしてみるのはどうかな?」


 ふと俺はこれは良い機会なのじゃないかと思いついた。

 クラウドは野生動物との戦闘ばかりがメインになっている。だが俺の経験上、恐ろしいのは人間の知恵と技の方だ。

 その対人戦の経験が、クラウドには圧倒的に足りていない。俺との手合わせ程度しか経験が無いため、戦歴が非常に偏っている。


「手合わせっスか?」

「クラウドも人間相手の戦いってあまりやった事ないでしょ?」

「あ、ああ……ニコルとの鍛錬くらいだ」

「ギルドの地下には結構広い訓練場が作られているし、そこを使って戦ってみたらどうかな? クラウドは対人戦の経験が積めるし、そっちの人……えっと?」

「あ、俺はケイルっス。今冒険者の五階位っス」

「五階位!?」


 ケイルという男の階位を聞いて、クラウドは目を剥いて驚いた。そして俺も、少なからず驚いていた。

 五階位というのは、超一流とまでは行かないまでも、一流と呼ばれて差し支えない腕の持ち主という証だ。

 もちろん、俺のように階位に現れない強者という存在も居る。だが弱者が強者と呼ばれる可能性はほとんどない。

 ギルドの階位認定はそこまで甘くない。


「一流の冒険者じゃない。今更パパの稽古なんて必要ないと思うのに」

「そういう問題じゃないっスよ。ライエルさんは憧れっスから!」

「その気持ちは、わからないでもないけどね」


 俺だって剣士を目指したクチである。ライエルという存在がどれほど眩しい存在なのかは、身をもって思い知っている。

 だが、五階位に上り詰めるまで自分を鍛えてきたのなら、それなりの自負もあるだろうに。


「クラウドはパパの稽古を受けている。そのクラウドと手合わせするという事は、間接的にパパの教えをクラウドを通して学べるという事になるんじゃないかな?」

「なるほど、それはいっスね!」

「良くねぇよ!? 五階位だぞ? 駆け出しの俺が敵うはずないじゃん!」

「いや、クラウド。勝つ必要とか全然ないし?」

「へ?」

「だからさっき言ったでしょ? 対人戦の経験を積むためだよ。クラウド、マテウスに負けたし」

「うっ!?」

「負けっ放しでいいわけないよね?」

「お、おう……」

「じゃあ、がんばらないと!」


 俺はクラウドのやる気を出させるため、軽く煽りを入れてから小さくガッツポーズをして応援してやる。

 ここまで追い詰めれば、クラウドも退くわけには行くまい。


「――わかったよ。俺も強くなりたいし、一流の人と戦えるって言うのは、確かに良い機会だ」

「じゃ、そういうことで。手合わせの件はまた後日でいいかな?」

「全然大丈夫っスよ! 期待して待ってます!」


 話をまとめたことで、さっそく薬草集めに出発することにした。俺はおろおろしているクラウドの手を引き、出口に向かう。

 しかし俺が周囲に視線を移すと、そこには苦い顔をしたケイルや、その他大勢の姿があった。


「ケッ、イチャつきやがって……」

「この私にも彼氏がいないというのに、あの歳で彼氏持ちですって?」

「彼女持ち爆発しろ。いや、クラウド爆発しろ。むしろさせる」

「バカな……俺たちのニコルたんがすでにクラウドの物だと?」

「手合わせにちょっと力は入りそうだ。殺意という名の力が……目覚めろ、俺の闇」


 お前等、勘違いも程々にしとけよ? 後、受付のお姉さんまで一緒に愚痴るな!

 勘違いの嵐に、思わず俺はツッコミを入れずにはいられなかった。

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