第513話 フィニアの危機
ミシェルたちが依頼のために街を離れてから、三日が過ぎた。
ニコルはミシェルに会うため、今日も街に出ていた。護衛として、デンも同行している。
やはり女性一人で出かけるよりは、少年の外見とは言え男が一緒の方が、トラブルには巻き込まれにくい。不本意ではあるが、彼女としてもそこは認めざるを得ない。
それを見送ってから、フィニアは厨房へと訪れていた。
「今日の夕食、なににしようかな?」
日はまだ落ちていないが、ニコルが戻ってくる頃には夕食時になる。それに備えて食事を用意しておかねばならない。
この寮の料理長は信頼できる男だが、厨房の人間すべてが信頼できるというわけではない。
ニコルが口にする物に、何か混ぜられては一大事だ。
もちろん現在の主人であるレティーナにも、安全な物を食べてもらわねばならない。
「フィニアさん、います?」
「あ、はい」
そこへレティーナが顔を出してきた。
彼女は結構頻繁に厨房へ訪れるので、この光景は珍しくない。
貴族でありながら非常に親しみやすく健啖な彼女は、この厨房でも人気者だった。
「ニコルさんが見当たらないのだけれど?」
「今日はミシェルちゃんとクラウド君の所に行ってますよ」
「ああ、そういえば今日でしたわね、帰ってくるの」
「ワクワクした足取りで出て行っちゃいましたよ。本当に小さい頃から、ミシェルちゃんにべったりで」
「まあ、あの子を可愛がる気持ちはわかりますわ。子犬みたいですもの」
「カーバンクルさんが聞いたら、嫉妬しますよ」
ニコルにとって、家族と仲間は自分以上に大事な存在だ。
だからこそ、破戒神から預かったカーバンクルを妹のフィーナにつけ、護衛兼子守としている。
しかしカーバンクルが彼女にとって、大事なマスコットであることは変わらない。
子犬系少女のミシェルとモフケモのカーバンクルのマスコット対決があれば、どっちに軍配を上げるか苦悶する程度には、大事な存在である。
そこへ生徒の一人がやって来て、レティーナに声をかけた。
「レティーナさん、錬金科のマイヤー先生が呼んでましたよ」
「え? 特に心当たりはないんですけど……」
「わたしも
「そう? わかりましたわ、急いで行きます。フィニアさん、あとはよろしく」
「はい。お話が終わるまでにはお食事を用意しておきますね」
「たまには食堂でも飯食ってってくれよ!」
二人の会話に料理長が割り込んでくる。
ニコルが来てからは特に、彼女たちは自室で食事をとる機会が増えている。
ただでさえ利用者の少ない食堂を管理する料理長としては、寂しさを禁じ得なかった。
「そうですわね。今度ニコルさんと一緒に来ますわ」
「おう、待ってるぜ!」
ニカッと笑って親指を上げてみせる料理長。その仕草は貴族の通う学院の職員とは思えないくらい、野性的だった。
レティーナもそれに親指を上げて返す。
レティーナを見送った後、料理長は自分の仕事へと戻っていった。
それを愛想笑いで見送った後、フィニアは自分の作業へと戻る。
料理を完成までもう少しというところまで仕上げ、前菜などを前もってレティーナとニコルの部屋へと運んでおく。
彼女は四人分の食事を担当しているため、仕事量も通常の使用人よりも多い。
ワゴンに料理を乗せ、それを寮の外に取り付けられた回廊を使って三階へと運んでいく。
これは料理を乗せたワゴンでも移動できるように、階段ではなく坂道で作られた螺旋廊下で、主に使用人たちが使う通路だった。
彼女は二部屋分を用意するので、ワゴンもかなり重く、ニコルには理解できない隠れた重労働がここにあった。
二階と三階の間に差し掛かった頃、彼女の前に一人の男が立ちはだかる。
「やあ、お嬢さん。また会ったね」
「……レメク様、でしたね。お久しゅうございます」
「それほど前ってわけでもないんだけどね」
フィニアの前に立ちはだかったのは、カイン・メトセラ=レメクだった。
螺旋状になった狭い通路の中央を立ち塞がっているため、横をすり抜けることができない。
それは彼が、彼女を通す気が無いことを意味している。
「申し訳ありません。レティーナ様の食事を運んでいる途中ですので、通していただけないでしょうか?」
好意を持つ相手ではないが、仮にも公爵の子息なので、フィニアは丁重に対応した。
しかしカインにはその要請に応える気はさらさらなかった。それどころか、二階への入り口から、数名の生徒が飛び出してくる。
彼らはそれぞれ武装しており、剣呑な雰囲気を漂わせていた。
それを目にして、フィニアもエプロンの下に仕込んだ短剣へと手を伸ばす。
「少し君に話を聞きたいんだ」
「なんでしょう? 手早くお願いしたいのですが」
「君がやったのかな?」
「え……?」
カインはフィニアに『ファンガスを始末したのはお前か』とたずねていた。しかし、その事情はフィニアには理解できない。
もちろんニコルがそういう対処をしたことは伝えられていたが、カインの一言で理解できるほど、察しは良くなかった。
「しらばっくれるか? まあいい。レティーナ嬢も君を抑えられれば、今後は無駄な動きもやめるだろう」
カインはそういうと、頭の横まで腕を上げ、気取った態度で指を鳴らした。
それに呼応して背後から襲い掛かってくる生徒たち。
フィニアもその動きを察知し、ワゴンを後ろに蹴り飛ばして牽制を掛けた。
ワゴンの中には出来立てのスープなども入っていたため、それらが飛び散って動きを封じる。
同時にフィニアは前方へと飛び出し、カインへ肉薄していた。
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