第131話 ジョークアイテム
その日はいつものようにライエルとマリアだけでなく、ガドルスもコルティナの家に訪れていた。
俺をこの街の近くで見かけたと報告するためである。
ガドルスもまた、俺の死に責任を感じている人物の一人だ。だからこそ、俺の転生をコルティナに負けず劣らず喜んでくれていた。
彼も今まで俺を探しており、これまでは北の国で情報を集めていたらしい。
伝えるコルティナも朗報とあってその表情は明るい。
場は和やかに進んだため、料理を提供するフィニアも、今日は気が楽そうだった。
「それにしてもレイドの奴、エルフの村に転生しておったとはな」
ジョッキを高く掲げ、いつになく顔を赤らめてガドルスが酒杯を呷る。
俺の無事を知って、かなり興奮しているようだった。
それに応えるように、ライエルも盃を重ねていく。フィニアと一緒に給仕をしているマリアも、笑顔が絶えなかった。
「まったく、何が『今は会えない』よ! 気取ってるんじゃないわよ」
「まあ、そう言いながらも顔がニヤけてるわよ、コルティナ」
「うっ、これは宴会だからよ、宴会! 私は空気が読める女だもの」
強がる彼女を、可愛い妹を見るような目で見つめるマリア。
そんな和気藹々とした雰囲気だったからだろう、俺は油断してしまったのだ。
「ニコルー、パパは会いたかったぞー」
「ふぎゃー!?」
微笑ましいマリアとコルティナの様子を眺めながら、果実水を口に運んでいた俺は、背後に忍び寄るライエルに気付くのが遅れた。
その結果、剛腕で抱きすくめられ、ヒゲの伸びた顎を頬に擦り付けられる事になる。
酔っぱらってタガが外れ、過剰な愛情表現を示すライエル。こうなってしまっては俺に逃れようがないので、諦念の表情でされるがままになっていた。
いつものライエルの姿。だがこの日は、これを見ていつもと違う反応を示す者がいた。
「ぶふっ!?」
酒を盛大に吹き出し、テーブルに突っ伏して笑いを堪えるクソジジィが一人。
そりゃ、俺がレイドである事を知っているのだから、この光景は冗談のようにしか見えないだろう。
他の仲間は『またか』という顔をしているのだが、事情を知るマクスウェルにとって、この光景は耐え難いものがあった。
「ライエル、レイ――いや、ニコルが嫌がっておるから、その辺にしておけ」
「お前こそ、なに酒を噴き出しておるんじゃ?」
「いや、ちょっと咽てしまっての。歳には勝てんわい」
ガドルスの追及に冷や汗を流しながら答えるマクスウェル。
さすがに苦しい言い逃れだとは思うが、このままでは爺さんの腹筋にダメージを与えてしまう。笑い過ぎで。
しかもライエルの暴走がさらに加速してしまった。
「なにおぅ、さてはマクスウェル、貴様ニコルを狙っているな? だがやらん、やらんぞ!」
「いや、将来有望なのはすでに知っておるが、正直いらん」
「俺の娘が可愛くないとでも言うつもりかぁ!」
「どう答えろというのじゃ!」
場は混乱の一途を辿り、収拾が付かなくなると思われたところでコルティナが声を上げた。
手を叩いて注目を集め、懐から小さな小瓶を取り出す。
「そうだ、これを飲まそうと思っていたのよ!」
それは白い神から贈られた、寿命を延ばすといわれていたポーション。
よく見るとライエルの髪はなかば白く染まり、その密度も寂しくなってきている。
マリアも若作りではあるが、よく見ると小じわが各所に見受けられるようになっていた。
俺が生まれ変わってはや七年。それまでに十年のブランクがある。彼等が老いて当然の時間だ。
「これは?」
「ちょっとした
「それは……」
マリアは少し口篭る。
確かに老いを実感できる歳になって、その薬は魅力的に映っただろう。しかしそれは自然の流れのままに死して輪廻を繰り返すべしという世界樹教の教えに反する。
彼女の宗派的に、手放しで喜んでいい申し出とはいかない。
「まあ、あんたが言いたいこともわかるけど、これは死を覆すような薬じゃないわ」
「そういう言い方もできるけど……」
ドラゴンの力を微かに取り込むことで、結果的に寿命を延ばす薬。死を覆すわけではないので教義には反しない。
そうコルティナは主張している。だがそれは、マリアにとってやはり詭弁のように感じざるを得ない。
そこでコルティナはもう一つの詭弁を弄した。
「それに考えても見て。まだニコルちゃんは七歳よ。これから成人するまで十年はかかる。それまであなたたちは現役でいられるの?」
「それは……」
「わたし達はもちろん、死ぬまで苦労しない程度の資産は持っているけど、あなたたちが健康でいられるかどうかは別問題なの」
「……………………」
「子供の成長に両親の健康は必須よ。それにあなたたちの後ろ盾がなくなったら、ミシェルちゃんも困るわ」
「……それは、確かに」
射撃のギフトを持つがゆえに、ミシェルちゃんは常に権力者に狙われる立場にある。
彼女が今、のんびりと学園生活を送れているのは、ライエルたちの後ろ盾があってこそだ。
「ニコルちゃんの生活を守るために、ミシェルちゃんの存在は必須よ。そしてそのためにはあなたたちが現役で居続ける事が必要なの」
戦えなくなった英雄ではなく、今なお最前線で戦い続ける英雄。それをライエル達に求めるコルティナ。
その主張は、間違いではない。だからこそ、ライエルは黙って小瓶に手を伸ばした。
「これをすべて飲み干せばいいのか?」
「三分の一で充分らしいわ。それにあくまで、そういう効果があると伝えられただけなの」
「……マクスウェル、どうだ?」
「すでに
マクスウェルの鑑定結果を聞けば、それは寿命を延ばす意図を持って、薬を口にする事になる。
だからこそ、敢えてマクスウェルは答えをはぐらかした。
今なら、そういう
「いや、いい。マリア?」
「ええ、私もいただくわ。そういうジョーク、嫌いじゃないもの」
マクスウェルの意図を受け、マリアもそれに乗る事にしたようだった。
薬を口にする二人を見て、コルティナは涙を流して喜んでいた。これで彼女の友と、まだしばらく一緒にいる事ができるのだから。
そしてそれは、俺にとっても喜ばしい事だったのだった。
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