第499話 実習が終わって

 それから二時間ほど、俺たちは森の中を彷徨い歩き、巨大な蛇であるヴァイパーとフォレストウルフという狼を一匹仕留めていた。

 課題の三度の戦闘を終えたので、少し早いが教員が待っている地点まで戻ることにした。

 まだ制限時間まで三十分ほどあるので、戻ってきたのは俺たちだけだ。


「お、戻ってきたか。妙に早かったな。リタイヤか?」

「いえ、課題が終わりましたので」


 教員の言葉に俺たちはモンスターの死骸の一部を提示した。

 ラウムキジとヴァイパーはその肉の一部。フォレストウルフは牙を持ち帰っていた。

 キジとヘビの肉はもちろん食用。牙は武器や装飾品に利用できる。


「小物ばかりだな?」

「相手に特に制限はありませんでしたので」


 しれっと答える俺に、教員は興味深そうな視線を向けてくる。

 そしてしばらく俺を観察した後、ニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「よしよし、お前はなかなか見所があるな。休憩してよし」

「はーい」


 無事合格がもらえたようで、一安心である。

 神妙な顔をしていたサリカやザナスティアも、安堵の息を漏らしていた。


「でも、本当によかったのかしら?」

「前も言ったけど、無理に大物を狙う必要もないし。気位の高い貴族なら、そういうの狙うかもしれないけど、まずは身の丈に合った相手から、ね?」

「ニコルの言ってることに従っとけば、間違いはないって。四階位まで行った俺らが保証するから」

「ニコルちゃんって案外セコいのな。俺はもっといいところを見せたかったよ」

「クラウドとサリヴァンは女性に接近禁止」

「なんでだよぉ!」


 まったくこいつは、ちょっと可愛い子を見るとすぐ見栄を張りたがる。

 気持ちはわからないでもないが、お前が浮気するとミシェルちゃんが怒るから自重しろ。

 それとサリヴァン、お前は少し自重しろ。妙な言動を取り過ぎるせいで、レティーナが全然目立てないではないか。

 そんな俺たちを見て、サリカはくすくすと笑い声を上げる。


「仲、いいんですね」

「クラウドと? そりゃ仲間だしね」

「そうじゃなくて、なんていうか……気持ちが近いっていうか?」

「そりゃ……いや、なんでもない」


 元男だし、といいかけて慌てて口をつぐむ。

 確かに俺は男の気持ちがわかる分、そういった精神的垣根が低い傾向にある。

 根っから女性の彼女が、その辺りを勘違いするのも、無理はないかもしれない。


「だがクラウドとだけは、断固として断る。なおサリヴァンは論外」

「そこまで!?」


 明確な拒否に、クラウドが悲鳴のような声を上げた。俺は男と付き合うつもりはないので、こればかりは譲れない。

 そこへ、数人の人影が近づいてくるのに気付いた。どうやら別の班が戻ってきたようだ。


「ほら、急げ! もう少しでキャンプ地だ!」

「いててて……もう少し静かに運んでくれ」

「贅沢言うな。お前がヘマしたせいで、課題を切り上げたんだぞ!」


 見たところ、冒険者の一人が肩に深めの傷を負い、それをもう一人が気遣いながら戻ってくるところだった。

 そして、彼らの担当していた生徒が口汚く罵っている場面が目に入った。

 教員もその様子に気付いたのか、慌てた様子で駆け寄っていく。

 俺も仲間たちに目配せしてから、その冒険者たちの元へ行くことにした。


「大丈夫か?」

「ああ、平気……とは言えないけど、命に別状はないよ」

「回復魔法は使えるか? 手持ちのポーションが尽きちまってな」

「自前の回復もままならんとは、まったくひどいハズレ冒険者を引かされたものだ」


 確かに回復をおろそかにするのは、身体が資本の冒険者としては褒められたことではない。

 しかし守ってもらう側の生徒がそれを口にしていいという物でもない。

 彼らの怪我は、生徒たちを護るために負ったものなのだから。例えそれが仕事とはいえ、罵るのは酷すぎる。


「ああ、基礎級の回復ヒールなら使える。待ってろ」

「手伝います。わたしも治癒光キュアライト治癒眠コンフォートなら使えますから」

「助かる」


 回復魔法は続けざまに効果を発揮しない。傷は一瞬で塞がるのだが、その効果が定着するまで、同じ魔法は効果を発揮しないからだ。

 ほんの一、二分程度とはいえ、戦闘中では致命傷になるタイムラグ。だから治癒魔法のバリエーションは多い方がいい。

 マリアはこの手札の数がずば抜けて多かった。


 教員が回復ヒールをかけ、続いて俺が治癒光キュアライトを重ねていく。

 この二つは別の魔法なので、連続して効果を発揮できる。


「助かったよ。感謝する」

「違和感はあります?」

「いや、特に。いい腕だ」

「それほどでも」


 実際、干渉系の治癒魔法は、治癒力が高くはない。

 俺自身の魔力の成長とともに、その回復力は多少伸びてはいるが、教師の回復ヒールの方が回復量は多いくらいだった。

 それでもこうして俺に声をかけてくるのは……まあ、今の俺が女だからだろうな。

 顔がかなり紅潮して見えるのだが、それは怪我で興奮したせいと思っておこう。それ以外の意図だと考えると、鳥肌が立ってしまう。

 そうこうしているうちに制限時間になったのか、次々と生徒たちが帰還してきていた。

 冒険者たちは皆疲弊した顔をしており、貴族の子息と一緒に行動することの気疲れを、余すところなく体験した様子だった。


 全員生還したところで、結果を教員が総括している。

 結局、課題をクリアできたのは俺たちともう一つの班だけだった。

 他の五つの班は時間が足らなかったり、冒険者が深手を負って続行不可能になった班ばかりだ。


「とりあえず全員揃っているな? まあ、初回の遠征なんだから、課題を達成できないのも無理はない。だがひとつ言わせてもらうと、冒険者に負担をかけ過ぎだ。それだけお前たちの援護の出来が悪いという証でもある」


 叱られ慣れていない貴族たちは、一様に渋い顔をしていたが、さすがに教員に噛みつく愚か者はいなかった。


「それでは今から学院に戻る。昼休みの後は今日の反省点をまとめ、レポートにして提出すること」


 本日の午後の授業時間は、そのための時間が取られていた。

 俺たちも課題は達成したとはいえ、いくつかの問題点も見つけている。それをまとめて提出すれば、問題はないだろう。

 課題を達成できなかった生徒も、それを守護していた冒険者も、皆一様に疲れた足取りで学院へと歩き始めた。

 だがこれも重要な経験である。


 冒険者の苦労を身を持って体験する。人を使うということは、彼らの今後の人生でも頻繁にあることだ。

 同時に冒険者も、身勝手な貴族という物を知ることができる。彼らの人生で、今後貴族と関わることもないとは言えないので、こちらもいい経験になっただろう。

 だからこそこの授業は、もっとも意味のある授業になると言えた。

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