第425話 キレる若者
翌日になって、俺たちはそれぞれ別行動することになった。長旅明けということで、この日は休息日に充てたからだ。
もっとも、単独行動は禁じているので、俺はフィニアと、ミシェルちゃんはクラウドと行動することになっている。
コルティナ? 奴はトリシア女医と飲みに行って酒が過ぎたらしく、今日は二日酔いで唸っている。何しに来たんだ、本当に……
「なんだか、わたしがいなくなってコルティナがだらしなくなった気がする?」
「ニコル様がいる間は、なんだかんだで気を張っていたみたいでしたから」
俺の愚痴にフィニアも愛想笑いで追従してきた。
コルティナはトリシア女医と同室だし、宿の者も気をかけてくれるそうなので、おそらく問題は起きないだろう。
俺としても、惚れた女が唸りながら悶える姿は、できれば見たくない。嘔吐するシーンとか見たら、それこそトラウマになってしまう。
男には、見ていい場面と、いけない場面があるのだ。
「それでフィニアはどこか行ってみたい場所とかあるの?」
今日は俺は街を見てみたいという漠然とした目的しかなかったため、行先はフィニアに任せることにした。
そして何より、彼女にあの破戒神と接触してほしくないので、それを見張る目的もある。
実のところ、フィニアには結構きわどい情報を知られているため、あの白いのが余計なことを吹き込みはしないか心配だった。
それを避けるためには、フィニアをあの破戒神の店に近付けないことが重要だ。
「そうですね、この街では槍が使えませんので、代わりの武器を用意したいです」
「あ、そっか」
言われて俺は気付く。フィニアの武器は破戒神から提供された伸縮する柄と短剣を合わせた特別性である。
その特殊さは一目でわかる物なので、人目のつく場所では使用しづらい。
今のフィニアは一見すると短剣と軽装の革鎧を身に着けただけの、駆け出し冒険者に見える。
一緒にいる俺も、軽装にカタナ一本という姿に見られるため、揃って武装の、特に防具の弱さが際立っている。
その上、二人ともかなりの美少女なので――
「よう、姉ちゃんたち。暇だったら俺たちと遊ばねぇ?」
「暇じゃないので出直して。どうぞ」
自然と、こういう輩に絡まれやすくなる。
俺は素気無い態度でお断りの言葉を投げ返したのだが、声をかけてきた者は全く引く気配を見せなかった。
俺たちに声をかけてきたのは、三人の若者たち。揃って腰に剣を下げているが、胸元には冒険者を示す冒険者証が吊るされていない。
つまり彼らは冒険者ですらないのに、武装している不穏な存在ということになる。
「そんな、つんけんした態度取るなよ。面白れぇ場所知ってるんだぜ?」
「そうそう。それに俺たちってこの辺じゃ結構な顔だしよ。仲良くしておいても損はないぜぇ」
「こう見えても剣の腕はそこらの冒険者よりも上だしな。俺らが本気出したら七階位も夢じゃねーって」
お決まりのナンパ野郎だった。しかしそれでも聞き逃せない自慢が一つ混じっている。
七階位も夢じゃない? 現在たった五人しか許されていない英雄の証明を、お前らごときが?
生前は俺も持っていたが、それを得るためにどれほどの死地をくぐってきたと思っている。
「それはすごいね。だけどさすがに七階位は大きく出過ぎじゃない?」
「マジマジ! 俺たちなら余裕で行けるって! な?」
「おう、邪竜とか余裕で倒せるって。六英雄とかいっても、あんなのに六人がかりとかヘタレすぎんだろ」
「俺らなら三人で充分だよな」
勢い込んでそんなことを捲し立てる三人。それを聞いて俺は頭の奥で何かがプチリと弾けるのを自覚した。
俺だけならともかく、ライエルやガドルスを甘く見るのは許せない。
あいつらの能力は紛うこと無き超一流。冒険者証すら持っていないゴロツキ風情に、こき下ろされるほど甘くない。
「そこまでいうんだったら、実力を見せてもらえるかな? そこに腕試しにちょうどいい迷宮もあることだし?」
「ちょ、ニコル様!?」
唐突に迷宮に行こうと言いだした俺に、フィニアは驚きの声を上げた。
それも当然の話で、前日の注意事項に勝手に迷宮に入るなと注意したのは、俺本人の発言だ。
朝令暮改にもほどがある――が許せない境界という物は存在する。
「わかってる。一人で迷宮に入るなってことでしょ? でも
「ですが……」
「この人たちも一緒だし、一人ってわけじゃないよね」
「それは言い訳です!」
「じゃあ、僕が一緒に行ってあげるよ」
そこに唐突に割り込んできた声がある。この声は昨夜、聞いた覚えがあった。
振り返ると、やはりいつの間にか背後に立つ少年が一人。
ジワリと毛穴が開くような戦慄は、相変わらずだ。俺だけでなく、フィニアもそれを察知したのか、その顔に警戒の色を浮かべている。
「おはよう。仕事はいいの?」
「朝はやってないんだよ。それに店主が起きてこないのに、使用人の僕だけで店を開くわけにはいかないだろう?」
「ニコル様、お知合いですか?」
「知り合いというか、知り合いの知り合いっていうのかな? それって知り合いでいいのかな?」
「あんだぁ、こいつ?」
首を傾げる俺にくすくすと含み笑いを浮かべる少年。その態度が気に入らなかったのか、いきなり割り込んできた少年にいきり立つ若者たち。
だが少年はまったく怯まず、どこ吹く風で自己紹介を始めた。
「やあ。僕の名前はバ……バ……えーっと、不本意だけどバーさんと呼んでくれるかな」
「ああ? ふざけてんのか、てめぇ!」
あからさまに偽名とわかる名乗りをされ、青筋を立てて怒り狂う若者たち。
だがまったくひるむことなく少年――バーさんは指を鳴らす。
その一瞬で、周囲の風景が一変した。
じめっと絡みつくような湿った空気。光一つ射さない闇の中。固く、それでいて弾力も感じさせる足元の床。
これはかつて一度だけ経験したことがある。世界樹の迷宮の感触だ。
「迷宮の――中?」
「そう。転移魔法を使わせてもらったよ。あ、灯りがいるね」
再び指を鳴らすと、周囲が光に照らし出された。呪文の詠唱も何もなかったけど、おそらくは
それだけで、卓越した技量を感じさせる。
周囲は三十メートル四方はあろうかという広い空間だった。そこに飄々としたバーさんの声が響く。
「ここは世界樹の迷宮六百層の守護者の間、守護者は地王アガレス。ワニみたいな巨獣だね。邪竜コルキスに比べれば、数段どころか十段くらい落ちるかな?」
「な、なななな、なんだってぇ!」
「迷宮の中ってマジかよ! ギルドの許可がないとは入れないんじゃ……」
「やべーって、マジやべーって!?」
平然と解説を始めたバーさんと、狼狽する若者たち。そんな彼らを放置して目の前の空間が歪みだす。
おそらくその、アガレスとやらが現れようとしているのだろう。
巨大な、十メートルを超えるワニの姿が目前に現れる。この大空洞ですら狭く感じるほどの圧迫感。
それを放置して、バーさんは気軽な声を上げた。
「さ、頑張ってね。僕たちは自慢の腕を見せてもらうから」
「ふ、ふざけん――」
若者たちが、いわば当然の怒りの声を発するより先に、アガレスの咆哮が広間を満たしたのだった。
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