第84話 回収完了
部屋を捜索して出てき他アイテムは三つ。
魔法のかかった短剣と指輪。そして
目的の女王華の種は見つからなかったが、考えてみればあの軽薄そうな部下にそんな大事な物を預けるはずもないか。
となると、あのゲイルという男が隠し持ってる可能性が高い。
「ふむ、なら自力で持ち出してもらうか」
俺はそう判断し、再び罠を仕掛けに回る。
前世で悪徳貴族共を成敗して回ったので、こういう状況で行動するのには慣れていた。
まずはバルドと呼ばれていた護衛の男。足音から体格は良さそうだと判断して、俺では絞殺は不可能。
ついでにゲイルからも種を持ち出してもらわねばならない。
「ならば――」
今手元にあるアイテムを見て、俺は計画を練り上げていった。
まずやらねばならない事。それはマチスちゃんの身の安全の確保である。
そのために、バルドを部屋から出れなくする必要があった。奴の部屋のドアに鋼糸を巻き付け、がっちりと固定する。モップの柄なども使って鋼糸で固定しておいたので、そうそう破れなくなったはずだ。
幸い残り二人の部屋は窓から覗き込む事で確認できているので、間違いはないはずだ。
続いてマチスちゃんを街路へ連れ出し、人目の付く所へ放置。冷えないように毛布も掛けてやる。
人目の付く場所といっても、今は深夜。騒ぎになるには時間がかかる。
その間に俺は次の罠を仕掛けて回った。
バルドの部屋の下は厩があり、そこには二頭の馬と馬車が繋がれていた。
そしてその脇には飼葉の山が放置されている。
バルドの部屋は二階にあり、隣にはゲイルの部屋もあった。
俺はその構造を見てここに罠を仕掛けておく。
それから室内のランプから油を抜き、家中に撒いておいた。
これで火の回りが早くなるだろう。
最後にバルドの部屋の扉に
俺は一階から
この魔法、
その火力の強さと油の勢いを利用し、火の手は家中に一気に広がっていく。
俺は燃える家の中でただひたすら、待ち続けた。
「なんだ、火事か!? クソ、下の連中は何をやってやがる!」
やがてバルドの部屋から状況を察したのか、叫び声が上がり、ドンドンとドアを叩く音が聞こえてくる。
ゲイルの部屋でも微かに舌打ちの声が聞こえ、ごそごそと部屋を探る音が聞こえてきた。
恐らくバルドは身の安全を確保するために避難しようとし、ゲイルは女王華の種を確保しようとしているのだろう。
「扉が開かねぇ! こうなったら――窓から!」
予想通りの展開。バルドは窓を開けて街路を見た。そこには部屋から連れ出されたマチスちゃんと、そばに立つ俺の姿が見えるはず。
明確な犯人を目の前にして、バルドは完全にヒートアップした。
「てめぇのせいか!」
俺を捕らえるべく、窓から身を乗り出して叫ぶ。怒声が響き、飛び降りようとして――
「がふぁ!?」
そして断末魔が聞こえてきた。
窓の外には馬小屋と飼葉の山。そりゃもちろん、飛び降りるだろうな。
クッション性が高い飼葉の上に。
そこまで読めれば、あとは窓と飼葉の間に鋼糸を張っておけばいい。
飛び降りた勢いで、バルドの身体は勝手に真っ二つになってくれるという寸法だ。
同じく窓から顔を出したゲイルは、その死体を見てどう思うだろう?
彼は女王華の種を持ち出そうとするため、避難するタイミングがバルドよりも遅くなっている。
不審火に続き、さらに気を失ったままの人質が、これ見よがしに街路に連れ出されているのが見て取れるはずだ。
そして、そばには二つになって転がるバルドの死体。
この状況でバルドが窓から後を追う可能性は少ない。
ならば――俺は燃え盛る家に意を決して飛び込んでいった。
ギィと、小さく音を立てて扉が開く。
俺はゲイルのドアは固定していない。開けようと思えば、すぐに開けられる。
そしてゲイルも、侵入者の存在を感知しているだけに慎重に……ゆっくりと部屋から出ようとする。
それは俺にとって、もっとも狙いやすい瞬間だった。
外開きのドア。つまり
そのドアが開くという事は、壁とドアの間に、わずかな隙間ができるという事である。
そしてゆっくりと進み出る、ゲイル。
俺はその瞬間を狙って、ドアと壁の隙間から鋼糸を飛ばし、ゲイルをその位置に固定した。
そしてドアノブに鋼糸の片側を絡め、逃げられないようにする。
「グゥッ!?」
とっさに首と鋼糸の間に指を挟み、首を絞められないようにしたのはさすがだが、どのみち俺の膂力では絞殺は不可能だし、指を落とす事もできない。
俺の目的はヤツをその場に固定する事。
続いて俺は、隙間から刀を突きだした。
高さは奴の腹より少し上。刃を下にして全力で貫き通す。
「ガフッ――だ、誰だ……!」
「殺し屋だよ。悪いが返してもらう。色々とな」
その声に反応してゲイルは剣をドア越しに突き通して来るが……残念、その攻撃も読んでいる。
壁側に身を寄せていた俺に、その一撃は当たらない。
俺も前世の身体ならば、ドア越しに喉元を一撃できたのだが、今は無理だ。
そのままカタナに体重をかけて、ゆっくりと刃を下に斬り進める。
「ガァ――ぐふ、やめ……」
「やめないよ。あの子もそう言ったけど、やめなかったんだろう?」
「よせ……死ぬ」
「元より殺す気だ」
だが、ゲイルの声はすぐにしなくなった。
マチスちゃんをいたぶってくれた礼に、もう少しゆっくりと殺してやるつもりだったのだが、火の回りが予想より早く、煙に巻かれてあっさりと気を失ってしまったようである。俺が平気なのは、
ゲイルからカタナを引き抜き、家中に仕掛けた鋼糸を回収しておく。これが証拠になって俺が犯人だとバレても困る。
そしてゲイルの懐から、大事そうに抱えられていた女王華の種を回収しておいた。
これで俺の任務は完了、という事である。
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