第318話 共闘

 突然宙を舞ったゴブリンに、クラウドは唖然として空を見上げた。

 高々と、五メートルは打ちあがったゴブリンは、その頂点で腹の辺りから二つに分かれ、血の雨を降らせながら石畳へと墜落する。

 そしてその赤い雨の向こうには、一人の男が片腕を振り上げた態勢で立ち尽くしていた。


「お、お前――!」


 異様に長い腕に二刀を持った姿は、クラウドにとって忘れがたいモノだった。

 恐怖の対象であり、嫌悪の対象であり、超えるべき壁。

 今は敵対していないとはいえ、自分の腕を切り落とした、憎むべき男がそこに立っていた。


「マテウス!」

「よう、元気そうじゃないか、坊や?」


 だらりと腕を下ろし、まるで散歩のような気楽さで歩み寄ってくる。

 だがこれこそが、この男の戦闘態勢なのだ。

 必要な部分以外はすべて脱力し、そこから鞭のように腕をしならせ、とんでもない破壊力を生み出してくる。

 それは大盾を持つクラウドの防御を悠々と弾き飛ばすほどの力を秘めていた。


 マテウスは地に墜ちたゴブリンの死骸を見て、フムと一つ頷いている。

 しかし、その顔には納得いかないという表情が浮かんでいた。


「なんだよ?」

「ん? ああ。ほら、俺ってゴブリン程度じゃ相手にならねぇじゃん。つまり、俺、強いんだよな?」

「認めたくないけど……そうだな」

「なのに最近負けっぱなしでさぁ。ちょっと自信無くなってたんだよな?」

「知るかよ!」


 一つ吐き捨てて返し、クラウドはマテウスに向かって駆けだしていた。

 愛用の大盾を前方に翳し、マテウスの横をすり抜ける。

 そこには背後から襲い掛かったゴブリンがいた。

 マテウスの後頭部めがけて振り下ろされる爪を大盾で受け止める。


 同時にクラウドのすぐ横を、勢いよく剣が振り下ろされていった。

 その剣圧はすさまじく、ゴブリンの頭部を絶ち割り、あばらをへし折り、腰骨に当たってようやく止まるほどの威力を持っていた。


 人体……というにはやや小柄だが、ゴブリンの身体はその分皮膚や骨が固い。

 それを縦に両断するなど、クラウドには信じられない現象だった。


 頭蓋骨というのは身体の中で最も固いと言われている骨だ。

 それを叩き割り、肋骨をすべてへし折り、時には背骨すら打ち砕く。

 その一撃にどれほどの力が秘められているか、駆け出しのクラウドでも容易に想像できた。


「くっそ、お前、俺の時は手を抜いてたな!」

「そりゃ、ガキに本気なんて出さねぇって。いや、ニコル嬢ちゃんには出しても負けたけど?」


 言い合いながらも互いに背中合わせに立ちゴブリンに備える。

 対するゴブリンはと言うと、瞬く間に仲間を二体屠られ、完全に混乱していた。

 これがロードの支配を完全に受けていたのなら、狂乱して襲い掛かってきたのだろうが、半端な支配を受けていたのが仇となった。


 戦意は高いが狂乱はしない。そんな半端な状態ゆえに、逃げる判断が一瞬遅れてしまう。

 完全に出遅れたゴブリンに対し、マテウスは容赦なく剣を振るう。

 下からの斬り上げと上からの斬り下ろしを同時に打ち込み、今度こそ縦に真っ二つに引き裂いて見せた。


 同様にクラウドも盾を構えて突進していた。

 自身の勢いを大盾に乗せ、ゴブリンを壁に叩きつけて抑え込む。

 その場から逃れるべく、ようやくゴブリンは爪を振るいだしたが、時すでに遅し。クラウドの持つ長剣が盾の横から突き出され、ゴブリンの脇腹を深々と抉っていた。

 本来なら距離を取って逃げたいところなのだろうが、壁と盾に挟まれ身動きが取れない。

 そうやってもがいている間にもクラウドは剣身を抉って傷口を広げていく。


 やがて切っ先が重要器官を破壊したのか、ゴブリンは血を吐きグッタリと脱力した。

 クラウドとて、ニコルやライエルに鍛え上げられ、経験も積んでいる。

 一対一ならゴブリン程度に引けを取ったりしない。先ほどまでは数に翻弄されていただけだったのだ。


「なんだ、やろうと思えばやれるんじゃないか?」

「うるせ。さっきは数が多かったから手こずってたんだよ」

「そういう時は一体に絞って優先的に倒すんだよ?」

「後ろに子供がいるのに、迂闊に突進なんてできないっての」

「俺だったら気にしねぇけどなぁ?」


 元々暗殺者出身のマテウスは、誰かを守るという思考そのものをあまり持たない。

 ゴブリンを倒せと言われたら、背後に居るものを守ることなど考えずに突っ込んでいっただろう。

 それはパーティ戦を念頭に置いたクラウドにはできない考え方だった。


「まぁいいや。おい、そっちのガキ。見ての通りゴブリンどもが潜り込んできてる。さっさと親のところに戻ってろ?」

「ひっ!?」


 自分の命を脅かせたゴブリンすら相手にしない強者。その男に凄まれ、ひきつったような声を上げる少女。

 腰の抜けた少年を担ぎ、必死にその場を離れていった。


「そっちに行けばアーガスっておっさんがいるから、そいつに助けを求めな」

「は、はいぃ!」


 指さしていった方に、転がるように駆けていく少女たちを見て、マテウスは不本意そうに鼻を鳴らす。

 

「猫の軍師様に命じられて巡回してたんだが……どうもガキにゃ好かれねぇみたいなんだよなぁ。これじゃニコル嬢ちゃんがなびかねぇのも無理はないか」

「お前みたいな胡散臭いのになびく女なんて、そもそもいないだろ」

「お、言ってくれるねぇ少年。今度じっくり話をしようか。物理的に?」

「望むところだ。鍛錬の成果を見せてやるからな!」

「ハッ、そりゃ楽しみだねぇ?」


 子供に嫌われる体質だというのに全く物怖じしないクラウドを、面白そうに見やりながら巡回に戻るマテウス。

 その後ろを悪態吐きながらも付いていくクラウド。彼の巡回ルートは決められている。偶然だがマテウスが進む先も、同じルートを辿っていた。


「っんだよ、ついてくるなよ!」

「俺もこっちに行きたい気分なんだよ。坊やこそルートを変えたらどうだ?」

「巡回ルートは決められてんだよ」


 悪態を吐き合いながらも、周囲に鋭く視線を飛ばす二人。

 この日、彼らだけで十人以上もの人間を救うことになったのだった。



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