第303話 独学
その夜、俺は自室のベッドの上で横になっていた。
よく考えてみれば、最近は外泊が多く、こうして自分の部屋でゆっくり横になるということは珍しいかもしれない。
先のコルティナの醜態というか痴態は、さすがに見ていられなかった。とは言え気持ちはわからないでもない。
俺だって女性に関してはいろいろと初めての経験が多い。
コルティナのようにのぼせ上ってしまうような、フワフワとした気分ももちろんあるが、それと同時にアレでよかったのかという不安も存在していた。
別れ際にコルティナは俺に向けて『ヘタクソ』という声を投げてよこしていたのが、今も気にかかる。
無論照れ隠しではあるのだろうが、やはり気にならない男はいないだろう。
「そういう面では、あいつも男心をわかってねぇよなぁ」
男は自信が欲しいのだ。恋焦がれた相手と添い遂げたのなら、相手からは満足したという言葉が欲しいのは当然である。
もちろん、実際に俺がヘタだったという可能性も……あ、あるにちがい、ない……?
「かと言ってこればっかりは誰かで練習するというわけには……いや、フィニアならさせてくれるか?」
口に出して、あまりの有り得なさに首を振った。
俺にとって彼女は妹分に近い存在だ。それに手を出すというのは、さすがに気後れする。
コルティナのように、前もって積み上げてきた経験があるのならともかく……いや、積み上げてきたか?
「俺とコルティナって、戦闘の経験しか積んでないような気が?」
男女としての会話なんて、壊滅的な結果に終わったことしか脳裏に浮かばない。
そんな相手にいきなり迫って、肉体関係を持つとか、いまさらながらどんな外道だ。
「やばい。俺、ひょっとして先走ったか!?」
よくよく考えてみれば、コルティナにはプロポーズを断られ、その後付き合おうとも言った覚えもない。
第三者的視点から見ると、なし崩しに彼女の好意を俺が一方的に知ることになり、いきなり現れ、関係を迫ったわけだ。
マクスウェルに唆されたとは言え、かなり外道な真似を彼女にしてしまった可能性がある。
「いやいや、俺も以前にプロポーズしたわけだし、感情的には問題ないはず。そう、これは自然の成り行きで不審な点は一切ないのだ」
自分に言い聞かせるように、ぶつぶつと独り言を漏らす。
コルティナも拒否はしなかったし、あの状況を見るに、これはこれで結果的にはよかったはずだ。
「つまり、当面の目的は、いかに俺の『技量』を向上させるかという点にある」
意識を切り替えるため、敢えて口に出す。
これは相手がいないと練習のしようがない問題だ。だが……
「待てよ? 練習も何も、格好の練習相手がいるじゃないか」
ミシェルちゃんは問題外、レティーナに手を出せば後が怖い。マチスちゃんも同様だ。
俺の周囲に、こういったことに協力してくれそうな相手はいない。
「だがしかし! 今の俺はまさに女! 練習できないなら自分で練習すればいいのだ!」
こうして俺はその夜、独りで『練習』に励んだ。
うん、これは人には言えないな……
翌日、俺は冒険者ギルドにやってきていた。
学院の長期休みが明けてしばらく経つが、この日はミシェルちゃんが都合がつかなかったため、冒険には出ないことになっていた。
理由は……まあ、ちょっと前の俺と同じく、女の子の日だ。
音楽室に向かって、演奏をこなして自主練習に励んでもよかったのだが、それよりも最近使ってないカタナの技量の低下が気になったのだ。
この頃、手持ちの武器が増えてきたおかげで、カタナというメインウェポンの一つがおざなりになってきている。
ここでクラウドのように訓練でもして、鈍らないように鍛え直しておきたいと思っていた。
地下に降りる階段を下っていくと、その先ですさまじい歓声が沸き上がっていることに気が付く。
これはクラウドが訓練しているときの熱気とはまた別の物だと感じられた。
だが今日は、特にイベントなどもなかったはずなのに、何事なのかと疑問に思う。
「はて……? またクラウドが何かやらかしたとか?」
俺は階段を下り、廊下を抜けて訓練場に入ってきた。
石畳に土を撒いて仮想の地面を作った訓練場の中央に、ギルド職員を含め、有り得ないほどの人だかりができている。
これでは上の業務に支障が出るのではないかと、心配するほどだ。
「な、なにごと?」
思わず呆然とした俺に、ギルドの職員が話しかけてくる。
「あ、ニコル様! ちょうどよかった。今日はライエル様がこちらにいらしてくれたのですよ!」
「へ、パパが?」
「ええ。クラウド君のこちらでの訓練が気になるとおっしゃられまして、急遽視察に訪れたらしいのです」
「ふぅん……コルティナの家にも寄らないで、めずらしい」
どうもライエルは正式にクラウドを弟子にしようと思っているらしく、その訓練も熱が入り始めていた。
クラウド本人が予想以上に優秀だったということもあるのだろう。だがそれは、虚弱でまともに訓練を受けれなかった俺からすれば、少しばかり妬ましい。
「ついでに他の冒険者にも稽古をつけていただいてますので、見ての通り大盛況です」
「みたいだね」
「怪我をしても、マリア様が癒してくれるので、安心です」
「それであの人だかり……」
見ると訓練場の一角には、別の人だかりができていた。
だがこちらは圧倒的に女性が多い。けが人は女性が多いのだろうか? ライエルも手加減してやればいいのに。
「でも、上は大丈夫なの?」
「ええ、ギルド長が業務を代行してくれてますので!」
「いや、あんたがしなさいよ」
部下に仕事を押し付けられたギルド長には、目を閉じて冥福を祈っておく。
それはそれとして、ライエルと他の冒険者の対戦か。それはそれで興味があるな。
「私もあちらに行ってみたい気もするのですけどね。ライエル様の雄姿も捨てがたい!」
「マリアのところに?」
「ええ、今日はお子さんを連れてきているらしく――」
「フィーナ!」
それを聞いて、俺は問答無用で駆け出していた。
こんな埃臭い場所にフィーナを連れてくるなんて、マリアらしくないぞ。汚れたらどうするんだ。
俺は冒険者を掻き分け、マリアの元に向かう。そこにはコルティナと同じくらい大事な俺の妹の姿があったのだ。
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