第444話 前日の密会
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その日のクファルの機嫌は、いつになく良かった。
この街に来る前の失敗から、ピリピリと張りつめた気配が撒き散らされていただけに、同行していた側近の三人――イーガン、ウーノ、スクードの三人は安堵の息を漏らしていた。
宿の食堂、その隅に集まった四人は、例によって人に聞かれては困る会話を、堂々としていた。
「クファル、今日は機嫌がいいのか?」
「ん? なぜだい?」
沈黙を好むクファルは、日頃余計な口を挟まれることを嫌う。
それでも、スクードは聞かずにはいられなかった。それほどに上機嫌を現していたからだ。
彼が実質リーダーであるクファルを呼び捨てにしているのは、ここにいる四人は表向きは同格ということになっているからである。
「いつもと違い、鼻歌を歌っていたからな」
「ああ、そうか。うん……そうだね、今日は機嫌がいい。長年苦汁を飲まされた相手に、一泡吹かせることができたからね」
「ほう?」
「それより、そっちの進捗はどうなんだい。連中、うまく踊ってくれそうかな?」
この街に来て、日々の生活に不満を持つ半魔人たち。彼らにとっては同胞ともいえる者たちだが、無能な者は必要ない。
召喚術に適性がなさそうな者たちは扇動に回し、市民を不安に陥れる役に立ってもらうことにしていた。
適性のあった数名はすでにスカウトを済ませ、偽の身分証を確保したのち、街を離れさせている。
「問題ない。すでに数名を雇い、そいつらを頭に百名単位の不満分子を掻き集めている。二日もあれば、武器も行き渡るはずだ。
「二日か……できるなら明日にでも行動を起こしてほしい」
「それは、かなり厳しいぞ。武装できないままだと瞬く間に鎮圧されかねない」
「それはわかっているさ。でも、こっちも少しヤバい相手に手を出してしまってね」
レイド――いや、ニコルに致命的な傷を負わすことに成功した。
自身の身体の欠片を埋め込むことに成功したため、おそらく数日、いや、三日と持たず命を落とすだろう。
単なるスライムの欠片ならば、
思い通りに動かすことも可能なため、いうなれば、生きたスライムを埋め込まれたことと変わらない状況だった。
ニコルを殺そうと思えばすぐにでも殺せるのだが、恨み骨髄の相手をあっさり殺すのも物足りない。
あの傷は癒すことができないのだから、せいぜいのたうち回って死ねばいい。そう思って彼はあえて余計な指示を出さずに放置していた。
「ニコル……っていえばわかるかい?」
「確か、ライエルとマリアの娘だったか?」
「ああ、その娘の顔を焼いてやった。ちょっと小細工もしておいたから、治癒の魔法も効かない。数日のうちに死ぬだろう」
「な――んだと!?」
彼らにとって、ライエルといえば散々計画を邪魔してくれた怨敵である。
その娘に手をかけることに成功したとなれば、これは喝采すべき大戦果といえた。少なくとも、彼らにとっては。
「君たちが喜ぶのもわかるよ。でも喜んでばかりではいられない」
「なぜだ?」
「本体が出てくるからさ」
ニコルが襲われたとなれば、ライエルだけでなく、母のマリアも出張ってくるだろう。
そして場合によってはコルティナやマクスウェル、ガドルスも出てくる。
単独で一軍に匹敵する連中と、一軍を率いらせれば世界で最も厄介な相手。
そんな連中が犯人、すなわち自分たちを狩りにやってくる。それもすぐに。
「今考えれば、少し短慮だったかもしれない。だが今はニコルの治療に手いっぱいのはずだ。その隙に事を起こし、ついでにその混乱を突いて僕たちも街から出る」
「出る……少し物足りなくないか?」
「そうでもないさ。同志の補充はできたし、街に不安をばらまくこともできる。そして僕たちを取り逃がしたことで、連中の面目は丸潰れだ」
娘の死を為す術もなく見守ることしかできなかった。仮にも聖女と名乗るマリアにとって、これほどの屈辱はない。
そして、娘を溺愛するライエルも、失意の底に沈むだろう。
それだけでも、彼らにとっては充分な成果だ。
「無論、世間にその事実が知られれば、六英雄の名も地に堕ちる。実質僕たちの大勝利ってわけさ」
「なるほどな。ではこちらの行動を少し前倒しにしよう。おそらく扇動された連中は騎士団に皆殺しになるだろうが……なに、役に立たない連中なら懐も痛まん」
「そうしてくれ。で、逃走経路だが、ウーノは西、イーガンは東。スクードは現場の指揮を。教皇は狙えるなら狙う程度でいい」
「しかし、本当に出てくるのかね?」
明日から二日間、南の七区で炊き出しが行われる。
これに教皇がお忍びでやってくるという情報を、彼らは得ていた。
この二日目を狙って暴動を起こし、そこに顔を出してきた教皇を狙う。そんな計画を立てている。
「出てくるさ。現教皇は半魔人擁護派だ。その半魔人が群れを成して暴れ出したとなれば、出てこないはずがない。スクードはその機会を狙ってもらう」
「まかせてくれ。今度は俺が世界樹教の連中に一泡吹かせてやる」
「南西の古着屋の裏に、世界樹の根が枯れた空洞がある。そこは街の外まで続いているから、そこを使って脱出するといい」
「わかった。よく見つけることができたな」
「本当に運がよかったよ」
いつかこの街を標的にする。そのために前世から調べていた情報だ。この機会に使わずして、いつ使うというのか。
やや得意げに胸を張るクファルに、仲間たちは誇らしげな視線を向けた。
「北の騎士団は最も動きが遅い。僕がそっちを使って抜けるから、君たちは東西から脱出するんだ」
「なるほどな。南で暴動が起きれば、真っ先に動くのは東西に駐留している騎士団というわけか」
「南の騎士団はどうしたんだ?」
「少し離れたところにある村に出征してもらってるよ。なんでも疫病がでたらしい」
ニタリと笑うクファル。いうまでもなく、彼の仕業だ。
「準備は万端、事を起こせば勝ちは確定。今こそ僕たちの力を世に知らしめる時だ」
酒杯を掲げ、乾杯する四人。
だが彼らの企みはすでに破綻していることを、知る由もなかった。
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