第445話 西門での攻防
暴動が起きた直後、ウーノは西門に向かって足を速めていた。
今頃スクードがすでに不穏分子を扇動し、迂闊にも顔を出してきた教皇を害している頃合いだ。
街の中心人物が害されたとなれば、その捜査は街全域……いや、国全体に及ぶだろう。
それまでに少なくとも、このベリトから出ておかねばならない。
半魔人であることがばれないよう、深くフードをかぶり、周囲に視線を飛ばしながら門へと向かう。
裏道を渡り歩き、西門までできるだけ人目につかないルートを選んでいた。
その彼の前に立ち塞がる人影がいた。
「あー、済まないけど、ちょっと話を聞かせてくれないかな?」
ウーノの前に立つ塞がったのは、年の頃十七、八歳という頃の少年だった。
歳のわりに背は高く、肩幅もがっちりとしている。だというのに
「悪いが急いでいる。またの機会にしてくれ」
「うん、それはわかる。そういう相手を探していたんでね」
「なに?」
疑問の声を上げたウーノに、少年は得意げな表情を浮かべる。
「人目のつかない路地で、頭を隠して、やたらキョロキョロしている、単独もしくは二名以下の不審人物」
「……なんのことだ?」
「ニコルを……師匠を怪我させたクソ野郎のことさ」
少年――クラウドは指に嵌めた指輪を軽く触れて、その効果を解除する。
すると、彼の額に半魔人の証である角が現れていた。
ニコルがいつも使っていた幻覚を纏う魔道具。それをこの街にいる間貸し出していたのだ。
クラウドは半魔人で、その角を隠す必要がある。
そのために便利だろうと、彼女はそれを貸していた。それを先ほどまで使用していたらしい。
「な、何のことか、俺にはわからんな」
「コルティナ様が教えてくれたんだ。南で暴動が起きたのなら、首謀者がそれに付き合うはずがない。タイミングを合わせて街から逃げようとするはずだ。それなら東西の門が近くて、そこにくる確率が高い。俺たちで待ち伏せてくれって」
「いいがかりだ。なぜ、それが俺だと?」
「いったろ。さっきいった条件に合うのはあんただけだ。後はその下に半魔人の証の角があればビンゴだな。もしくは、スライムか」
「なんだと――」
ウーノがスライムという言葉に疑問を覚えた瞬間、クラウドは一息に間合いを詰めてきた。
腰に差した剣を抜き放ちざまに斬り上げる。
その斬撃は一般人ならば、躱しようもないほど鋭かった。
しかしウーノとて、それなりに修羅場を潜り抜けてきている。不意打ちとはいえ、真正面に立っている相手の攻撃をかわせないほど、油断はしていなかった。
斬り上げた攻撃を間一髪バックステップで躱すが、目深にかぶったローブが斬り払われてしまった。
宙に舞うフードの破片。その下からは、半魔人特有の小さな角が現れる。
「どうやら当たりのようだな。なら――覚悟してもらうぞ!」
「無茶苦茶だ! 俺だって確証はないだろう!?」
「だったら大人しくついてきて、しばらく拘束されればいいだけの話だ。コルティナ様も、怪しい奴は根こそぎ捕らえろっていってたからな。怒るのも無理はないが……本当に手段を選んでない」
相手を逃がさないよう、道の真ん中に陣取り、どっしりと腰を落とした姿勢で盾を構えるクラウド。
無論、道幅はあるため横をすり抜けることは可能だろうが、それを許さぬプレッシャーをウーノは感じていた。
「まったくさ……最悪な相手を怒らせたな!」
一声叫び、盾を構えたままウーノに突き進むクラウド。ウーノはその突進を横に飛んで躱し、懐から短剣を取り出して投げつける。
横合いからの攻撃を、クラウドは剣を振って打ち払った。
「くそ、軍師の犬が! 半魔人なら我らの仲間になればよいモノを」
「ニコルを傷つけたお前らの仲間になるわけないだろう!」
向きを変え、大上段から斬り下ろすクラウド。その剣をウーノは、二本の短剣を取り出して受け止めた。
距離を取ろうと突き放す蹴りを繰り出すが、それは盾で受け止められてしまう。
まるで岩を蹴りつけたような感触に、わずかに蹴り足が痺れる。
ウーノは腰を落とし、動きを止めてクラウドの攻撃に備えた。それに応じるようにクラウドは攻撃を――仕掛けはしなかった。
むしろ逆に、一歩距離を取って間合いを開く。
ウーノはその行為の意味を察することができず、一瞬だけ棒立ちになってしまう。
その直後――彼の両足に矢が突き立っていた。
両足に一本ずつ。それもほぼ同時に。
「ぐぅおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「悪いね。まあ、俺も一人なんていってないし、騙したわけでもないけどさ」
的確に膝を撃ち抜かれ、立つこともできず路地裏に転がるウーノ。クラウドは即座にウーノの持つ短剣を蹴り飛ばし、武装解除した。
ウーノは不意に受けた攻撃に、罵声を上げてクラウドを非難する。
「卑怯者が! てめぇ、な、仲間がいやがったのかっ!?」
「凄腕が一人、な。彼女もメチャクチャ怒ってる。殺さずに済むよう説得するの、大変だったんだぜ」
路地の影から、幽鬼のようにスッと姿を現したのは、ミシェルだった。
その顔にいつもの天真爛漫な表情はなく、恐怖を感じるほどの無表情。それが逆に、彼女の怒りの深さを表していた。
「ねえ、やっぱり殺しちゃお?」
「ダメだ。ほかに仲間がいるかもしれないし、アジトやらなにやら、聞き出したいことも多い」
「そ。運がよかったね」
何気ない会話のように聞こえたが、その直後には彼の左肩に矢が突き刺さっていた。
彼女がいつ矢を番えたのか、ウーノには理解できない早業だった。
「ぎゃあああああああああああああ!」
地面に転がり回り、苦痛から逃れようとするが、それは矢をより深く押し込むだけにとどまる。
そんなウーノを、虫でも見るかのような目で見つめるミシェル。
「後二、三本くらい、いけるかな?」
「そのへんにしとけ。俺の分も残してもらわないと困る」
「なら、しかたないね」
二人のやり取りを聞き、ウーノは絶望した。
このままでは逃げ切れない。世界樹教の拷問は他に類を見ないとも聞く。それに晒され、正気を保っている自信も、彼にはない。
何より、何とか生き延びれたとしても、仲間の居場所を吐いた自分を、あのクファルが許すはずがない。
この先にあるのは苦痛にまみれ、情報を搾り出された自分か、それとも――
「楽に、今死ぬか、か――」
ウーノは残った右手で腰に下げていた小さな袋を取り出す。
それを見てクラウドは攻撃を警戒し、ミシェルの前に移動し、盾を構えた。
しかしウーノはその中身を自らの口に流し込む。
口元からどろりとした液体が流れ落ちる。それはクラウドも見覚えのあるものだった。
「ディジーズスライムの!?」
ウーノが口にしたのは、クファルの身体の一部。
クファルがスライムであることを知らないウーノは、それが彼の用意した毒だと信じて疑わなかった。
クラウドが触れただけで昏倒したほど強力な毒を……ニコルに埋め込まれた欠片よりも遥かに多くの量を、一息に呷る。
「ごぶっ……」
流し込まれる粘液と、勢いよく吐き出した血液が混じり合い、流れ落ち、まだらな模様を地面に描く。
しかし、それを目にすることすらできず、彼は息絶えていた。
◇◆◇◆◇
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