第401話 甘い対応策
とにもかくにも、まずは俺たちに向かう注目をどうにかする必要がある。
ぶっちゃけると、要は顔が良い事が問題なので、傷でもつけてしまえばいいかとも思わなくもない。
しかしそんな真似をすれば、周囲の人間が悲嘆に暮れる。
フィニアは元より、ライエルにマリア、コルティナ、ミシェルちゃんに至るまで、ほぼすべての人間が、だ。
それに俺だけならともかく、フィニアやミシェルちゃんにまで傷を残すのは、俺の本意ではなかった。
「なあ、コルティナ。言い寄る異性を追い払う方法って知ってるか?」
「ん、なによ。ちょっと、ひょっとして浮気しているんじゃ――!」
コルティナとの逢瀬で、俺は現状の問題を解決すべく質問してみた。しかし彼女は、その質問を斜め上の方向に受け取ったようだ。
残念ながら、ニコルの姿の時に言い寄ってくる女は……いや、結構いるな?
しかしそれはきっぱりと断っているので別問題として、それ以外ではフィニアとかミシェルちゃんとか最近やたらべたべたとまとわりついてくる気がするが、あれは浮気じゃないはず。
「俺がモテないのはお前も知っているだろう……いや、最近はそれも勘違いと気付いたが、それでも近寄ってくる奴はいないんだよな。なんでだ?」
「知らないわよ!」
瞬時に膨れっ面になって、プイッと顔を背けるコルティナ。
浮気と勘違いした照れ隠しだろうが、そういう態度も可愛い限りだ。
今、俺たちはラウムの通りの外れにある茶店に立ち寄っていた。店の中ではなく外に席を配置して、開放的な雰囲気で楽しめるようになっている。
通りの外れにあるのは――馬車や馬が巻き起こす砂埃を避けるためだそうだ。
「いや、向こうの知り合いがそういう問題を抱えていてな」
「向こう? そういえばレイド、今は北部三か国連合にいるんだっけ」
「あ、ああ……そうだな」
正確にはその一歩手前のストラ領だが、距離としてはそう変わりはないし、否定するまでもないだろう。
コルティナは俺の言葉を疑いもせず鵜呑みにする。少々心が痛い。
本来なら他者の言葉を無条件で信じることなんてしない女なのだが、同じ六英雄の言葉に関しては例外だ。
そんな信頼を裏切る嘘を吐いている自分に、自己嫌悪の念が巻き起こる。
だからといって、すべてを打ち明けるわけにはいかないのだが。
「近くにニコルちゃんっていう、ライエルの娘がいるのよ。アンタまだ会ったことないでしょ」
「そう、だな」
いや、毎日会ってるぞ。鏡越しに。
「さっきの話で思い出したんだけど、すっごい綺麗な子だから、同じように困ってるかもしれないわ。よかったら手を貸してやってくれない?」
「き、機会があればな」
「それで……寄ってくる異性の追い払い方だったわね。私の経験だと、すっごくだらしない格好を見せると幻滅して寄ってこなくなるわよ」
「だらしない?」
経験というからには、コルティナもそういう真似をしたのだろうか?
自宅でのコルティナは確かにだらしない格好をすることが多かったが、むしろそこが日頃のキリッとした印象とのギャップを産み、魅力的に見えていたのだが。
それに、俺がだらしない格好をすると……むしろ喜ばれそうな気がする。
ニコルの姿で胸元を開き、谷間を見せつけ、腿までスカートをまくり上げて食事をとる。確実に昇天する冒険者が出るな。
「うーむ……残念だが、それは効果が薄いかもなぁ」
「そう? まあ、女と男じゃ、違いはあるかもね」
「いや、むしろ女だから問題だろう? 俺はお前のだらしない格好なんて見たら、その場で押し倒す自信があるぞ」
「ちょ、ちょっと、やめてよ! こんなところで……」
顔を真っ赤にしてあたふたと手を振るコルティナ。周囲に視線を飛ばして様子を探っているが、周りの男女も似たような会話をしているので、誰もこちらを注視していない。
いや、注目はされている。コルティナは世に名を轟かせた英雄だから。
それが胡散臭い男と一緒にお茶を飲んでいるのだから、注目されないわけがない。
問題は、それが俺ということである。
見るからに剣呑な雰囲気を漂わせている俺と、軍師コルティナ。この組み合わせで茶を飲んでいるとなると、何か企んでいると取られてもおかしくない。
だから誰も近寄ろうとしないのだ。俺に近付いてくる人間なんて、空気を読まない子供くらいだから。
「いや、待てよ……」
今俺たちの周囲には人がいない。コルティナは言うまでもなく、美女である。
表立っては俺たちが付き合っていることは、あまり知られていない。ならばコルティナの周囲に人だかりができていても、おかしくないはず。
現に学院では彼女の周りには人だかりがよくできていた。
それなのに今は、誰もいない。これは横にいる俺が剣呑な雰囲気を放っているからだ。
「つまり、不機嫌そうな雰囲気を出しておけば、誰も寄ってこない?」
「あー、そういえばあの昔の私も、不機嫌そうな感じを出していたかも」
「どうやら間違いないようだな。よし、その手で行ってみよう」
「アンタはするんじゃないわよ? ただでさえ周囲を威嚇して回ってるんだから」
「お、おう。自重する」
その後俺は、自分でも恥ずかしくなるような甘い時間を過ごしてから、別れを惜しみながらマクスウェルの元に向かった。
俺には時間が限られており、さらにこの姿でフィニアにも会っておく必要があるからだ。
「それじゃ、またね」
「ああ、また一か月後に」
軽く口づけを交わしてから、マクスウェルの屋敷に入っていく。
中ではマクスウェルがすでに待ち受けており、ニヤニヤした表情を浮かべていた。
「なんだよ?」
「なに、ワシにも人目というモノがあるので屋敷の前で不埒な真似はせんでほしいと思ってのぅ」
「見てたのかよ」
「使い魔を外で待たせておっただけじゃよ。お主がいつ来るかわからんかったでな」
「くそ、人が悪いな」
「それは生来の性格じゃて、大目に見てもらわんとなぁ」
あからさまにこちらをからかおうという意図が透けて見える。こういう時にまともに相手しても、勝ち目はない。
「それより、そっちの状態はどうなんだよ」
マクスウェルには、いくつか話を聞いておかねばならない。
その一つが腐敗貴族たちの動向であり、もう一つがミシェルちゃんの両親の様子だ。
「うむ、まだしばらく時間はかかりそうじゃ。ラウムに戻りたがる気持ちはわかるが、お勧めはせんよ」
「そうか……おじさんたちは?」
「そっちは今のところ、つつがなくやっておるよ。コルティナも気を配っておるので、迂闊に手は出せんと言ったところか。それとお主の暗殺も効果を発揮しておるようじゃ」
「リッテンバーグの首を獲ったのも、無駄じゃなかったか」
「うむ、充分な威嚇効果を発揮しておるな。じゃからといって、奴らの獲物を目の前に連れ戻すのは、やはり無理がある」
「ミシェルちゃんが戻ってくることで、変に刺激してしまうってことか」
「そうじゃな。まだ少し時間をおいてくれる方が好ましいわぃ」
こちらの状況は把握したが、それではミシェルちゃんが可哀想ではある。
その辺りをマクスウェルに相談してみると、ヒゲをしごきながら事も無げに答えを出した。
「ふむ、やはり寂しがっておるか。なら仕方ないな」
「解決策があるのか?」
「ミシェル嬢が戻ってこれないのなら、こっちから出向けばよかろう? 夫妻はワシがストラールに連れて行ってやるわい」
「本当か!」
確かにマクスウェルならば、それくらいは容易いはずだ。
しかし、マクスウェルはそこでもう一つの解決策も提示してきた。
「それにお主もそろそろ
「おお、ようやくそのレベルに達したか!」
「ようやくといっておるが、十五でこの魔法を使えるなど、通常では天才の域じゃからな?」
確かに経験を積んだ今の俺ならば、使える頃合いだろう。
しかしマクスウェルが言うように、この魔法を習得するには、普通なら数十年は修練が必要になる。
これは俺の
こうして俺は、帰還を前に新しい魔法を習得することにしたのだった。
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