第19話 ラウム留学
二人共、食事をそっちのけでしかめっ面をしている。
なかなかいいアイデアが浮かばないという所だろうか。
当事者である俺にしても、他人事を気取れる場合じゃない。
「そうね。いっそ国外に出しちゃおうかしら」
「国外へ?」
「そう。幸いと言っていいか、ニコルには干渉系魔術の才能があるでしょ? そして私たちは、魔術の教育に関しては最高な人材が知人にいる」
「マクスウェルとコルティナかい?」
「ええ」
「だがそれも、ニコルが俺たちの元から離れる事には違いないよ」
マクスウェルは大陸西方にある大森林に囲まれたエルフの国の重鎮だ。
しかもそこで魔術学院を運営している。
確かに世界において最高の魔術教育を受ける場ではあるが、それはこの地からは遥か遠い場所である。
ここに屋敷を構え、村の警護を一手に引き受けているライエルは、自分の都合で簡単に離れる訳にはいかない。
そしてそれは、マリアとて同じである。
「それに本人の意思も確認しないといけないわね」
「そうだな。ニコルはどうだい? 魔術を習いにマクスウェルの所に行ってみるかい?」
「それは……」
俺としても、魔術を使えるようになるというのは理想の一つである。
俺の第一志望は剣士であり、第二志望は魔法剣士なのだ。
残念ながら、この身体では剣術一本で一流になるのは難しそうだ。だが魔術で非力さを補えれば、剣士としての立身出世も夢ではない。
そしてその魔術の最高峰がマクスウェルであり、そこで講師をやっているコルティナだ。
コルティナは魔術師としては一流半と言う所なのだが、その思考速度と術式応用の広さが半端ない。
そしてマクスウェルは言わずと知れた世界最高の魔術師。
この二人に師事できるのなら、いくら出しても構わないとまでいう魔術師も多いだろう。
そして俺は、それが可能なコネを持っているのだ。
だが即答はできない。
今の俺は間違いなく5歳児なのだ。そんな俺が親元を離れるという判断を即決で決めてしまっては、怪しまれる事は避けられない。
「んー?」
という訳で、分からないという風に小首を傾げて悩んで見せた。
それを見て、ライエルは目にもとまらぬ速さで俺の元に賭けより、ヒゲの伸びた頬を擦り付けてくる。
「ぎゃー!」
「ああ、やっぱりニコルを手放すなんて考えられない! ずっとパパが守ってあげるからね!」
「アナタだけずるいですよ?」
反対側からマリアも俺に抱き着いてくる。
マリアはともかく、ライエルの頬擦りなど気色悪いとしか言いようがない。
俺は思わず身体を硬直させて、鳥肌を立ててしまった。
「はーなーせー!」
「ははは、いやだね!」
「ふぬうぅぅぅぅ!?」
全力でライエルを押し返しにかかるが、基礎体力が正に竜と赤ん坊である。
俺の抵抗むなしく、思う存分ぞりぞりと頬擦りされてしまったのだ。
「もう! いく! まくすうぇるの所に!」
「え、なんで!」
「ほら、あなたが無茶するからニコルが怒っちゃったじゃない」
「俺のせい!?」
こうして俺は、マクスウェルの元へ魔術修行に行くことが決まったのである。
もっとも、ラウムに入学するには最低でも7歳から。あと二年の月日が必要である。
それくらいならば王室の要求を凌げると、ライエルは見たのだろう。
だが、俺の修業が決まっても、ミシェルちゃんの都合もある。
そこで俺は翌日、ミシェルちゃんの元を訪れ、修業に付き合わないか誘ってみたのだ。
彼女の両親に関してはライエルとマリアが説得に当たっている。
そして彼女を説得するのは俺の役割だ。今、俺はミシェルちゃんの部屋で差し向かいで説得工作に勤しんでいた。
「ね? 一緒にラウム王国に行かない?」
「ラウムってエルフの国だよね? ニコルちゃんはそこに行くの?」
「うん。魔術を勉強しに行くの」
無論、俺一人で留学できるはずもない。念のため、保護者としてフィニアがついて来る事になっている。
そしてラウムの学院には、冒険者を育成する施設もあった。彼女はそこで射撃術に関する基礎を叩き込んでもらえばいい。
彼女も、この国に居座っては、あまりよい事が起きそうにない人材なのだから。
「でもパパとママが一緒に来れないし……」
「ラウムには寮があるよ。そこでわたしやフィニアと一緒に暮らせるし」
「うーん、でも……」
やはりこれが正当な五歳児の反応なのだろう。ミシェルちゃんはかなり渋って見せた。
だが俺としてもここは退く訳にはいかない。俺が留学する事はほぼ確定事項。そして留学から帰ってきたら彼女が徴兵されていた、なんて事態も十分に考えられるからだ。
彼女は今世で初めての友達。そんな最悪の事態は、是が非でも避けたい。
「でも……でもぉ……」
決断する事ができず、次第に涙目になるミシェルちゃん。彼女は戦闘系のギフトを持っているわりに、非常に気が弱い面がある。
この性格がある限り、彼女が実戦に出るのは心配でしかないのだ。
「引き受けなさい、ミシェル」
そこへ太い男の声が割り込んできた。
子供部屋の入り口から、ミシェルの父親が顔を出していたのだ。
「え、でも……」
「だいじょうぶなんですか? 彼女一人で」
「うむ。ミシェルの留学に関して、ライエル様から強く要請されてね。それに子供一人では無理があるという事なので、私達も一緒に行くことになったよ」
「ほんと!?」
パッと顔を綻ばせるミシェルちゃんだが、それは経済的にかなり思い切った決断のはずだ。
俺が心配そうにしているのに気付いたのか、父親は俺の方を向かって、ニカリと笑って見せる。
「ライエル様から経済的な支援を受ける事になってね。君の面倒も見る事になったよ」
「フランコさんは猟師だから、森があれば生きていけるのよ」
ミシェルの父親、フランコの背後からマリアが顔を出して補足する。
そう言えば彼は狩りで生計を立てていたはずだ。森に囲まれたエルフの国ならば、その腕を存分に振えるだろう。
両親と共に旅立てるとあって、ミシェルちゃんは一気に喜色満面となった。
無論すぐに旅立てる訳ではない。二年かけてじっくりと基礎を学ばねばならない。
それでも、彼女は自分の意思で未来を選び取った事に違いは無かったのだ。
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