第5話 洗礼の始まり、ヨソモノの終わり

1

「はい。ここがアマセ君の部屋よ。その魔石ませきに手を当ててみて」



 シャノリアに従い、直方体にかたどられた魔石に手を当てる。

 紫とピンクの混ざった色をした魔石があわく光ったかと思うと、カチリと音がして、寮室りょうしつのドアが開いた。生体認識せいたいにんしきとは大層な技術だ……そのくせ一方では、王様が統治する王政国家おうせいこっかだったり、日常的に傭兵ようへいが必要なほど世界がすさんでいたり……この世界の発展具合がいまいちわからない。



 鋼板こうばんでできた内開きのドアを開ける。中は想像とそう遠くない一般的な寮室、といった風情ふぜい。十歩も歩けば奥に突き当たる小部屋。簡素な勉強スペースに洗顔・シャワースペース――やはりというか、風呂はない――、トイレ――一応水が見えるから水洗のようだが、見たことがない形だ。これは慣れるまで時間がかかるかもしれない。地味に由々ゆゆしき問題だ――、そしてベッドが…………二段?



「おい、シャノリア。あのベッドは――」

「ああ。ここ、相部屋なのよ。個室が使える人は極僅ごくわずかでね」

「誰かと一緒なのか?」

「ふふ。聞いて驚きなさい、ケイ。なんとここ、相部屋だけど――当分の間、ケイ以外誰も使う予定がないのよ!」



 なぜか誇らしげにマリスタ。こいつ、知ってることを教えるときはやたらイキイキとするな。癖なのか。



「つまり……相方のいない相部屋あいべやってことか?」

「正しくは、『相方が休学中の相部屋』ね。ここ、プレジアの生徒会長君が一人で使ってた相部屋なのよ」

「生徒会長……が、いるのか。ということは、生徒会が……?」

「あるよ。生徒会とか風紀委員会とか、あと色々。意外と権力強いから、活動も活発らしいよ。どっちもよく知らないけど」



 特に気にする様子もなくマリスタ。だが、関係者でもない限り縁遠いのが生徒会というものだろう。

 ……しかし、その生徒会の長が休学中とは。



「別に詮索せんさくする訳じゃないが。何か病気なのか? その生徒会長は」

「ああ、病気とかじゃないの。彼の場合は……『公務こうむ』、って言った方がいいのかしら。お家柄、あちらも色々大変そうだし」

「……お家柄?」

「会長のギリート君は貴族きぞくで、家の仕事も大変みたいなんだ。家族も王国に仕えてて、手が離せないらしくって」



 ……キゾク。

 それはやはり、高貴な一族、という文字を当てる貴族なんだろうな。

 こんな世界だ、貴族がいたって何も不思議じゃない。



「ああ……アマセ君。貴族について教えるとね」



 俺の表情から察したらしいシャノリアが補足してくれる。



「今で言うリシディアの『貴族』は、昔リシディアにあった貴族制度の名残みたいなものでね。名前だけは残ってたりするけど、今ではほとんど公的な権力は持ってないわ。ただ、」

「例外があるのよ! シャノリア先生の『ディノバーツ家』とか、ギリート君とこの『イグニトリオ家』とか――私、マリスタの『アルテアス家』とかね!」



 ……何だと?



 シャノリアを見る。金髪の淑女しゅくじょはマリスタを見て苦笑するだけで――その言葉を否定はしなかった。



「……それじゃあ、お前達って……貴族なのか。それも、力のある?」

「その通り! ディノバーツ、アルテアス、イグニトリオ、そしてティアルバーの四つの家を指して、リシディア王国の『四大貴族』なんて呼ばれてるのよ! すごいっしょ!」



 目を最大限にキラキラさせてマリスタ。割と見慣れたその表情のせいで、四大貴族それすごいことなのかいまいち分からない。

 それを更に察してか、シャノリアが再び苦しい笑い声を漏らす。



「私達四大貴族の家は、当時、国の名前にもなってるリシディア家と一緒に、建国に関わった歴史があってね。貴族制度が廃れた今でも、それなりに力を持っていたりするの。……こちらがそのつもりがなくても、相手から敬意を向けられたり、とかね」



 なんだか影のある表情で、シャノリアが言う。

 考えてみればそれほどの家柄でありながら、一介の魔法学校の教師をしているというのは妙な気もする。屋敷の大きさや立地など、貴族と聞いてなんとなくに落ちることもあったが……恐らく他人には見えない苦労も抱えているんだろう。



「そう!! ほんともー困っちゃいますよねー先生っ!」



 ……こいつからはそんな苦労を微塵みじんも感じないが。

 というか、お家柄がそれほどでありながらレッドローブというのはどういうことなんだ。マリスタ・アルテアス。

 初対面から決して印象は良くなかったが、ここまで階段を転げ落ちるように、俺の中でのマリスタのイメージは落下(下落・・なんてものじゃない。これはもはや落下・・なのだ)を続けている。



「まあそんなわけで、ギリート君がいないのは家庭の事情ね。他に質問はある?」

「あ、ああ……この後、出来ればどちらかに学校の案内を頼みたいんだ」

「はいはい! それなら私が行きますっ!」



 赤毛をはずませ、ぴょんと手を挙げるマリスタ。シャノリアがうなずいた。



「ええ、それじゃよろしく頼むわね、マリスタ。私は仕事があって職員室区画に戻るから、何かあったらそこまで来てね――とと、そうだった。忘れるところだったわ」



 金髪を波打たせるようにして振り向いたシャノリアが、黒いローブの内側に手を入れ、懐から眼鏡を取り出した。パッと見、何の変哲へんてつもないように見えるが――よく見ると、フレームの左右同じ場所に、薄いブルーの小さな魔石がついている。



「メガネか? どうするんだ、それ」

「この眼鏡には、レンズ越しに見た文字を、読める言葉に翻訳する魔法が込められているの。これがあれば自学習にも困らないと思うから、遠慮なく使って」

「……悪いな。ここまでしてもらって」

「私はあなたをここに紹介しただけ。その他は全部、プレジアからの支給品よ。至れり尽くせり、って感じよね。しっかり学びなさい――ケイ・・

「!」

「うふふ、私もマリスタに乗っかってみました。あ、嫌だったら言ってね、マリスタのも矯正きょうせいするから」

「え?!?!」



 「乗っかってみました」って。教師だろ、あんた。

 いや、別にどちらでも構わないんだが。



「……別に構わない。かく、色々と世話を焼いてくれて助かった。それには、本当に感謝してる」

「ええ、ありがたく頂戴ちょうだいしておくわね。それじゃあ、次はHRホームルームで会いましょ」



 ニコリとほほ笑んだシャノリア担任は、くるりときびすを返し、去っていった。マリスタが手を打ち鳴らす。



「さ! それじゃ、さっそく案内したげる! まずはどっからいこうか!」

「まずは部屋を見る」

「ガクーッ……って、まぁそだよね。うん。じゃ、私ここで待たせてもらっていい?」

「ああ。好きなとこにかけててくれ」

「んじゃ失礼してっ」



 芸人のようなリアクションを返してきたマリスタは、そのままスススと室内に移動し、学習スペースの椅子にぽすっと腰かけた。

それを横目に、俺も部屋の内装を細かく確認していく。……やはり、風呂は付いていないようだった。



「間取りも私んとことほとんど同じだねー。男子寮だんりょーだからなんか変わってないかと思ったんだけど」

「……ちょっと待て、マリスタ」

「はいきた『ちょっと待て』! それよく使うよね」



 マリスタが楽しそうに指をさしてくる。五月蠅うるさい奴だ……というか。



「……今、私の所と同じって言ったよな。お前も寮生活なのか?」

「うん、そだよ。女子寮で二人部屋」

「……そうか」



 あっけらかんと言ってのけるマリスタ。こいつのアルテアス家も大貴族というなら、ディノバーツていよろしく大きな屋敷があると思ったのだが……まあ、何か事情があるんだろう。深く詮索せんさくはするまい。



「親と一緒だとうるさくってさー。変にカタ苦しいし、寮生活の方が気楽だもん」



 何の事情もなかった。



「……そうか」

「ベッドにどーん!」

「おい」

「で、部屋はもういいの?」



 掛け布団にくるまりながらマリスタ。靴を履いていることを一瞬注意しかけたが……果たして日本式なのか外国式なのか分からず、ひとまず保留にした。

 そんなことより、大切なことがある。



「マリスタ……この学校に、大浴場だいよくじょうはあったりするのか?」

「だ……大、欲情よくじょう?? な、ないわよそんなの!! 何そのいかがわしい響き! 何屋さんよ!!」



 いかがわしいのはお前の頭だ。

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