15



 かつてなぐり折られた左肩ひだりかたに触れる。

 すっかり失念しつねんしてしまっていた。



 居たじゃないか、つるぎの使い手が。



 振り返り、テインツの得物えものを見る。

 くすみ一つない、鈍色にびいろの光を放つ西洋風の曲刀きょくとう

 つばに当たる部分には球形の赤い宝玉ほうぎょくが輝き、魔力のうねりを現したものか、その周囲を乱れた銀色のうずおおう。



 殺気が、弾けた。



「君みたいな『悪性あくせい』を、いつまでも〝我々〟の世界にのさばらせない……ティアルバーさんが手を下すまでもない。このテインツ・オーダーガードが、お前をここで終わりにしてやるよ、異端いたんッ!!」




◆     ◆




 ナイセスト・ティアルバーは女中メイドには目もくれず自室へ入り、ドアを閉じた。

 初めてのことだった。



 父に帰宅の挨拶あいさつをしないのも。

 女中メイドに荷物を持たせなかったのも。



「――……」



 静寂せいじゃくやみが、少年を満たす。

 一歩を、み出す。



「――――」



 まだ、生温なまぬるい。



「――……、」



 歩く。

 歩く。

 めて、歩く。



 どれだけ歩いても、やはりその足は、少年の脳は――――血だまりを歩いた感覚を忘れてくれない。



 ローブの血のあとに触れる。



 両手を断たれ、目を見開くヴィエルナを――――死刑囚しけいしゅうを思い出す――――ケイ・アマセが、投影とうえいされる。



「――――ハ、」



 いな



 投影、する・・



挨拶あいさつも無しか。余程よほどい上がっていると見える」



 しわがれた笑い声が、ナイセストの背後をとらえる。

 ディルス・ティアルバーは、振り向いたナイセストの表情を一目ひとめ見て――のどを鳴らしてまた笑った。



「どうにも父には理解出来ぬな。ナイセストよ、お前は何がそんなに愉快ゆかいなのだ」

「いえ。ただ、不思議ふしぎだと」

「不思議?」

「ええ。どうしてこんなことに、早く気付かなかったのかと不思議でならない――これは俺の本意ほんいなのだと」

「本意。本意か!」



 呵々かか、とかわいた哄笑こうしょう

 ディルスはこの上なく楽しそうに目を細め、ナイセストを見た。



「多くは言うまい、だが――良い破壊・・・・であったぞ、ナイセスト。それがお前の歩むべき道だ、そ」

「俺の歩く道ですって?」

「の調子で、あの馬の骨をもつぶし――――」



 ディルスの喉元のどもとで、闇の切っ先が止まった・・・・・・・・・・



「――――――――」



 ディルスはまゆ一つ動かさず、息一つ乱さない。

 突如とつじょ向けられた所有属性武器エトス・ディミ――鎌剣コピシュ剣先けんさきを見ることも無く、ただ先までの笑い顔のまま、瞳孔どうこうの開いた目でナイセストを見つめる。



 ナイセストは、相手を試すような表情でディルス――剣を向けた我が主だったもの・・・・・を見下ろしていた。



「歩く道は俺が決める。貴方あなた指図さしずはもう、受けない」

「――――――………………」



 ディルスが体に力を込める。

 ナイセストは剣を下げ、かばんを床に落とすように置き、剣をおさめて部屋を出ていく。



 一歩。

 一歩。

 血だまりの中を、一歩ずつ。



「俺という人間・・矜持きょうじにかけて、この身に血で染める覚悟がようやく持てたよ――――奴を踏み潰すのは俺の意思だ。貴方あなたのじゃない」



 れ違う。



 視界から消えた「作品」へ、再度さいど当主は視線を向け、邪悪に微笑ほほえんだ。



「どこまでもけ。ティアルバーの最高傑作けっさくよ」



◆     ◆



 圭がスペースを出る。



 中には、



「くそっ……くそッ……ッ!!!」



 ズタボロになったテインツが、泣きじゃくりながら横たわるのみだった。

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