13



 ――――最初の違和感いわかんは、小さな胸の苦しさ。

 異常に気付く。苦しさは心臓から。

 心臓をつかむ。苦しさは消えない。

 丁寧ていねい呼吸こきゅうする。消えない。

 苦しい。苦しい。あれ、これ、苦しい。

 どうして苦しさが消えない。こんなに、こんなにちゃんと呼吸しているのに、酸素は体に取り込んでいるはずなのに、

 苦しい、

   苦しい、

    苦しい。

 心臓が、心臓が酸素を、空気を、呼吸を受け付けてくれない。

 どうして――――なぜこんな、呼吸が、呼吸が浅く、心臓が早く、裂ける、止まる、止まるとまる、このままでは心臓が止まる、死ぬ死ぬ死ぬ、なんで、何が原因でこんなこんなにも熱く、



 炎が、怖い?



 熱が視界のオレンジと共に消え失せる。

 途端心臓が空気を思い出し、俺はつんいになって必死で呼吸を繰り返す。

 胸の苦しさは呼吸の度に小さくなり、やがて消えた。



「……やはりそうか。いいや、これまでそう・・なっていなかった方がおかしかった……お前は爆炎に全てを奪われた。それに加え、人の痛みを無限に思い起こさせる『痛みの呪い』。心的外傷トラウマになっていないはずがない」

「トラウマ……」

「『痛みの呪い』、そして心的外傷トラウマ。たとえ治る見込みがゼロでないとしても、それは一体何年、何十年後だ? そんなか細い希望にすがって、私に絶望の中で待ち続けろというのか、お前は」

「お前の、ぜつぼう、」

「私の道に、お前は居た。だからお前に魔王を望み、導いた。だが、今はもう違う――――私の道を邪魔立じゃまだてするな、圭」

「――――リセル」

「じっくり考えろ。そして選ぶがいい、望む絶望平穏を――――その時が、私が魔女としてお前の前に現れる最後の時だ、けい………………今までよく頑張った。じゃあ、」

「リセルッッ!!!!」

「さようなら。圭」



 リセルが目を閉じる。

 リセルが、



「――――うん。体にはまったく以上、ないみたいね。私で検査できる範囲はんいでの話だけど」



 パーチェが、目を開けた。



 …………道は、閉じた。



「――――――…………」

「? どうしたのアマセ君、何か――」



 応えず、出口へ向かう。

 通路を通り、魔石を乗りぎ。

 自室の扉を開け、閉める。



 いいや。



 最早もはやここは――俺の部屋なのか?



 くずれ落ちる。



 音。

 耳障りな大きい音。



 痛み。

 音と共に手に伝わる、痛み。



 声。

 誰にも届かない、大きな声。



 何故なぜだ。

 何がいけなかった?

 俺は一体、何を間違えた?



〝――ごめんなさい、圭。ごめんなさい――――〟



 ふざけるな。



 お前の都合で、生かしておいて。

 お前の都合で、こんな場所に連れてきておいて。



〝お前はどうしたい。圭〟



〝お前は魔王になるんだ、圭――――なればこそ、私は魔女となってお前と一つになろう〟



 お前の都合で、散々人をき乱して。

 散々、希望を与えておいて。



 それを、今になって梯子はしごを外すなんて。



 余りにも――――余りにも、ひど過ぎる裏切りじゃないか。



〝――ありがとう、リセル。俺をここへ連れてきてくれて〟



「……ちがうっ、」



 ふざけているのは、俺だ。



   勝て。      圭ッ……!!



 都合がいいのは、俺だ。

 希望を与えたのは、俺だ。



        どうか、無事で。



 梯子はしごを外したのは、俺だ。

 裏切ったのは、俺だ。



〝――――ていてくれて、よかった〟

〝――な、何だと?〟



 あいつはあのときから、いつだって。

 なのに、俺は――――



〝――生き・・ていてくれて、よかった〟



「――俺が、戦力外最弱になってしまったんだ……」







 ――口に出して、改めて実感した。



 俺の希望は。

 この命の意味は、何もかも消え失せてしまったのだと。

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