第32話 すべてをなくしたさいはてに

1

 炎が舞う。



 交差した剣光けんこうから発せられた火花が、神と魔女まじょ騎士きしを照らす。



 離れ、再度応酬おうしゅう



 剣身けんしん流麗りゅうれいり込みがかたどられた青き魔剣まけんルートヴィスハイゲンと、脈動する溶岩ようがんをその裂け目から光らせる起源きげんけんイディクリスが互いを弾き返し、周囲の大地をえぐり取りながら旋風せんぷうき散らす。



 血がかすむ。



 神がうなり、わずらわわしそうに魔剣を打ち払う。

 騎士は危なげなく体勢を立て直し、肩で息をしながら神を見据みすえ、切っ先をその喉元のどもとに合わせる。



 人間を創り、今は人間を滅ぼし支配し直そうと目論もくろむ神、ゼタン。

 人類を守るため、沢山たくさんの仲間達と共に立ち上がった男、クローネ。



 場所は活火山かつかざんの中。

 唯一ゆいいつかみ滅却めっきゃくせしめる、神域しんいきに至る火明ほあかりの在る場所。

 クローネは力の限り、たった一人で神に挑み続ける――――



 ――――それが、第二幕だいにまく終盤しゅうばん

 『英戦えいせん魔女まじょ大英雄だいえいゆう』、最後の戦いの幕開けとして展開される、創世そうせいしんゼタンの人間態にんげんたいと、大英雄クローネの一騎打ちである。



「そうら。火山がいている。お前の魂を呼んでいる」

「そうかな。俺にはお前を呼んでいるようにしか聞こえない」

何故なぜだ。手を抜かれているとわかっていて、勝つことなど出来ぬと解っていて、何故お前は闘争とうそうを続ける? 何故わたしたおそうとし続ける?」

「俺じゃない。お前だ。お前が人を、この星をそうるようにと生んだのだ。神よ」

「――――わたしが?」



 表情を変えないままつぶやくゼタン。

 素人しろうとに見ても、こいつの――ギリート・イグニトリオの怪演かいえんりは見事と言わざるを得ない。



 歌舞伎かぶき役者やくしゃのように、顔にいくつもの隈取くまどりほどこされ、ゆったりとしたすそを持つ衣裳いしょうを着させられておきながら、動きにくさを全く感じさせない。表情からも、いつものギリートが見せるすっとぼけた印象がすっかり消えている。



 こいつもシャノリアと同じ大貴族だいきぞくだ。もしかすると、この演目には小さい頃から慣れ親しんでいるのかもしれない。

 しれないが……それにしても、言ってしまえばたかが学芸会がくげいかいもよおしごとでしかない劇に、少々入れ込み過ぎではなかろうか。



「……莫迦ばかな。作品の堕落だらくを望む者がどこにある。わたしはお前達に完璧かんぺきを望んだのだ。完璧とは、おのが意思で堕落だらくに耐え抜いた先にこそ裏打ちされ存在する。お前たちは堕落を乗り越えられなかった。行き過ぎた自由を求め、行き過ぎた欲求を満たすため行動を始め、ついに柱々われわれにまで牙をいた――――そんな失敗作を誰が望んで産み落とすものか。そうでもなければ貴様らが自らの存在を、この戦いを肯定こうてい出来なかったというだけの話だろうに」



 ……それだけの長い台詞セリフを一度もまずに、しかもそれだけの情感を込めて言い切るか。

 大した奴だ。俺などトチらないだけで精一杯だというのに。



 その上、この戦闘せんとうもとい、殺陣たて



 体を呪いにおかされてしまっているケイ・アマセには、余りに荷が重過ぎる。

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